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異世界の英雄を育てた私の晩ごはん  作者: 海野三矢子
一章 英雄、少年時代
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 久しぶりにゆっくりお風呂に入れてとても気分が良かった。

 室内はもう真っ暗になっていたので部屋の照明をつけてから、二本目のビールとスーパーで買った惣菜を持ってテーブルの前に座る。枝豆と唐揚げを買ってきたのでそれをつまみに今日は遅くまで飲んでやる。

 テレビのリモコンを取り、壁に寄り掛かったタイミングでドンッと壁を叩く音が聞こえた。背中に小さな衝撃があって、「えっ?」と振り返る。


 何かが壁にぶつかった?

 私の部屋は二階の一番奥の部屋で、今寄り掛かっている方の壁の向こう側には誰の部屋もない。音がしたのはちょうど私が寄り掛かっている辺りだ。

 壁に両手をついて耳をあてようとしたのだが、あったはずの壁は突然消えてしまい私の身体は支えを失い傾いた。


「えっ?」


 傾いた私の身体は消えた壁の先にいた人物の背中にしがみつく。

 私にしがみつかれた人物が振り返り、私を見る目は驚愕で見開かれている。でもきっと私も同じだ。一体何が起きた?

 至近距離で見つめ合う形となってしまったが、夜空に浮かぶ美しい月を思わせる金色の髪に、意思の強そうなアメジストの瞳。外国の子どもかしら? こんなに美しい子どもを見たのは初めてだった。小麦色の瑞々しい肌が多少汚れていてるが美しさを損なわない。少年にしては美しすぎるし、少女にしては凛々しすぎる。見る人の視線を釘付けにする中性的な容貌は神々しく、ぽかんと口まで開けたまま固まってしまった。


「えっ?」

「えっ?」


 二人とも「えっ?」しか言えない。


「あ、の……背中に」


 恥ずかしそうな声が聞こえる。自分の体勢を思い出して慌てて身を離した。


「ごめんなさい、重かったよね」

「いえ。重くはなかったです……ただ」


 ごにょごにょと右斜め上を見て何か続きを言っているが声が小さくて聞き取れない。ん? と聞き返したのだが答えてくれなかった。

 それにしてもこれってどういうことだろう。私の部屋の壁の向こうに、どう考えても有るはずのない部屋がある。冷静になって、私。私の部屋はアパートの一番端の部屋で、寄り掛かった側の壁には部屋はない。小さな小道を挟んだ向こうにビルがあるが、そのビルの中とも思えない。物置部屋のように狭い部屋だが、どう考えてもアパートにこんなスペースはないのだ。

 床に藁と布を集めた寝床とテーブルと椅子。電気はなく、暗い部屋を灯すのはテーブルの上に置かれた蝋燭だけらしい。衛生的にあまり綺麗とはいえない部屋にいる、美しい子ども。


 もう意味が分からない。

 それにしても……


「……何か寒い?」


 お風呂上がりでTシャツを着ていたのだが、半袖のシャツから伸びる腕は寒さから鳥肌が立っていた。今は五月でこんなに寒いはずがない。冷房がついているような部屋とも思えないし、冷蔵庫の中にいるような寒さだ。


「あの、もう夜ですから……そんな薄着だと風邪を引きますよ」

「いや、夜だけどこの部屋寒すぎないかな? 五月とは思えない寒さなんだけど」

「夜はいつも寒いですよ。今日はいつもよりまだマシなくらいです……昨日の夜は井戸の水が凍ってましたから」

「凍る? 真冬じゃないんだから流石に……」

「マフユ?」


 何か話が噛み合わないなと窓の方を見ると夜空に大きな緑色の星が見えた。


「……何あれ?」

「月のことですか?」

「月? あれが?」


 大きな緑色の月を見上げている時に気が付いた。アパート周りにあるはずの大きな建物が見えず、月を遮るものがない。

 突拍子もないことかもしれないが、ある可能性に気が付き呆然としている時に隣からくしゅんと可愛らしいくしゃみが聞こえた。よく見ると金色の髪が濡れている。このままだとこの寒さでこの子の方が風邪引いちゃうよ。


「ちょっと待ってて」


 穴を潜って自分の部屋に戻り、脱衣場からバスタオルを持ってくる。

 やはり私の部屋と子どもがいた部屋の温度差が違いすぎる。穴の所に戻ってくると子どもがこちらの部屋を窺うように覗いていた。照明が眩しいのか瞳を細め、不安そうな顔をしている。

 正直私も何が何だか分からず不安だ。しかし大人の私がしっかりせねば。


「お待たせ。タオル持ってきたから使っていいよ。ドライヤーも貸すからこっちの部屋においで」

「……あの、結界があるみたいで入れないんですけど」

「ケッカイ? あ、結界? そんなのないよ。遠慮せずにおいで」

「本当に行けないんです」


 子どもは眉を下げて困った顔をする。

 知らない大人の私を警戒しているのかと今更ながらに思ったのだが、子どもは本当に私の部屋には入って来ることが出来ないらしい。二つの部屋を繋いでいる場所に見えない壁があるかのように両手が何もない所を滑っていく。

 そんなはずはない。だって私は子どもの部屋にも入ったし、二つの部屋を行き来しているのだから。それに結界なんて非現実的な……


「……ちょっとごめんなさい」


 有り得ないと言い切るのは簡単だが、よく考えてみると昨日から非現実的なことの連続だった。宝くじが当たり、会社を退職し、壁に穴が空いて知らぬ部屋に繋がるなんて現実的じゃない。

 バスタオルを持ったままもう一度穴を抜けて子どもの部屋に戻る。


 どうやら私は自由に行き来することが可能のようだ。

 本当にこれはどういう状況なの!?


「と、とりあえずこれで頭を拭いて。あなたこそ風邪を引いちゃうわ」

「借りられないですっ、そんな上等な……俺なんかを拭いたら汚れてしまう」

「汚しても大丈夫だから気にしないで使って」


 金色の頭の上にバスタオルを乗せ、水気を取るために手を動かす。

 緊張しているらしくぴくりとも動かなくなったところわしゃわしゃとタオルで撫でた。タオルが水気を吸い、もう大丈夫かなと手の動きを緩め始めた時にぐうぅぅっと大きなお腹の音が部屋に響いた。


 今のは私じゃない。 


「もしかして今から晩ごはん?」

「……いえ、食事はしました。気にしないで下さい」


 気にしないで下さいと言ったすぐ後にさっきと同じくらい大きなお腹の音が聞こえた。

 子どもは胃の辺りを両手で押さえ俯いている。


「えっと、唐揚げあるけど食べる? スーパーの惣菜のやつなんだけど」


 ちょっと待っててねともう一度自分の部屋に戻り、テーブルに置きっぱなしにしていた唐揚げとついでに枝豆を持ってきた。ラップを外して唐揚げの入ったトレーを子どもに手渡す。

 子どもは手渡された唐揚げと私を困惑した顔で交互に見つめる。本当に食べていいのかとそわそわする子どもに、召し上がれと言うと「いただきます」と頭を下げて唐揚げを鷲掴みで食べ始めた。

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