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毒食らわば皿まで

作者: 白内 十色

 荒れ果てた大地の上を一台のバギーが走っていました。今にも壊れそうな古い車で、後部の荷台には荷物を満載にしています。

 服装からして旅人でしょうか。二人の男がバギーには乗っていました。一人はやや背が高く、普段はエクスと呼ばれています。バギーを運転しているのはこちらの方。口笛を吹きながらハンドルを操っています。

助手席に座っている方は対照的に小男で、今は体を丸めて、居眠りをしていました。名前はヘリウス。常にがたがたと揺れているおんぼろバギーでしたが、ヘリウスが目を覚ます気配はありませんでした。

 ふと、バギーの前輪が岩を踏みつけて跳ね上がりました。へリウスは衝撃で飛ばされて、フロントガラスに頭を打ちつけます。どかん、という派手な音がして、うめき声が続きました。

「なあ、そろそろ替えないか?」

 と、へリウス。

「何をだ」

 エクスが横も見ずに答えます。

「車だよ車。いい加減寿命だろう」

「そのための金は」

「無いが」

「無いよな」

 そろってため息をつくと、二人は前方を見渡しました。乾いた風が通り過ぎていきます。

「それで、目的地ってのはどこなのさ」

「もうすぐだ」

「昨日もそう聞いたが」

「一か月よりはかかるまい」

「お前の観光に一か月も付き合ってられるか」

「生きてるってだけで遊びみたいなもんだろう?」

「この先で金が手に入る予定は?」

「無いな」

「なら、生きてるよりたちが悪いや」

「違いない」

 しばらく沈黙が続きます。バギーがさらに2回ほど岩を踏みつけ、助手席のへリウスが居眠りを諦めたころ、エクスが急ブレーキを踏みました。

「見えたぞ、あの島だ」

 エクスの指さす先を見ると、荒れ地の途中に唐突に湖が現れ、透明な水をこれでもかと貯め込んでいました。そして、湖の中央には小ぶりな島が浮かんでいます。

「いいねえいいねえ、水だよ大量の水。ここ数日シャワーも浴びてなかったからね」

 エクスは車を湖の近くに寄せると、飛び降りて、今にも泳ぎだしそうな風情です。照り付けるような日差しの下を何日も走ってきたわけですから、水なんてものは黄金よりも価値があるように思われるのでした。

 対してへリウス。こちらはのそのそと車から出ると、あたりを見渡し、エクスに向けてただ一言、

「やめとけ」

と、言いました。

「なんだよ、人がせっかくさっぱりしようとしてる時に。さてはお前、泳げないんだったか?」

「違う。エクスは、ここをどんな所と聞いて来た?」

 へリウスは目を少し細めて、険しい表情で言います。口調も凄みを帯びてきました。手はエクスの首元を掴み、きょろきょろと辺りを観察しています。

「酒場で聞いたんだ。砂漠の向こうにオアシスがあると。そこに浮かんでる島にはちょっとした物語があってな、面白そうだから来てみることにしたんだよ」

「ほう、どんな話だ」

「俺に話をした奴はこんな題をつけていたよ。『毒食らわば皿まで』ってな」

 そう言って、エクスは話し始めました。


『毒食らわば皿まで』

 ある島に、大それた犯罪をしでかした男がおりました。男は誰よりも強く、男に勝てる者はおりませんでした。男はしばらくの間、暴虐の限りを尽くします。

しかし、男を見かねた周囲の者が団結して男を捕らえることにすると、事情は変わりました。男はやがて捕縛され、皆の前に引きずり出されます。

 男の前に、盃に入った毒が差し出されました。これは、この島の処刑方法で、自ら毒を飲み干すことで、罪を償うのです。もちろん、従わないものには強制的に飲ませるのでしたが。そこは、建前というやつです。

 男は抵抗しましたが最後には毒を飲むこととなりました。と言っても、効果の遅い毒でしたから、すぐに死ぬわけではありません。毒が効くまでの時間をただ待つことも含めてが罰なのです。

男は最初は静かでしたが、次第にその瞳に狂気が浮かび上がります。死を間近に感じた人間ほど、どんなことをしでかすかわからないものです。男はおもむろに毒の入っていた盃をかみ砕くと、それを食べ始めたのです。

 あっけにとられる周囲の者が見守る中、男は盃を食べ終えると、自分の座っている椅子にとりかかりました。すなわち背もたれに嚙りつき、砕き、しまいにはすべてを腹の中に収めてしまったのです。

男はさらに机を食べ、草をむしり取っては口に入れ、土を食い、目につくもの全てを食べ始めました。木に嚙り付き、岩をかみ砕きます。まるで、男の胃に入るものには限りがないかのようでした。

 男の手が周囲の人間に向かうのは時間の問題でした。あまりのことに誰も男を止めることができず。男は食事を開始してしまいます。すなわち髪をむしり取っては口に入れ、皮膚を剥ぎ、血をすすり、最後にはその全てを食べつくしました。

 不思議なことに、何かを口に入れるたびに男の体は大きさを増し、力は強くなり、飲み込む口も広がるのでした。

 一層強くなった男の前に抵抗することもできず、一人、また一人と男に食われていきます。いよいよ止めることの叶わなくなった男は、やがて島の全てを食らい尽くし、その体も島と同じほどにまで膨れ上がりました。

 そして、湖を超えて対岸にまで手を伸ばそうとしたときに、ようやく最初に飲んだ毒が効き目を表し、男は倒れたのです。

 湖には今も、男の死体が残っています。その証拠に、島にある大きな岩を見てみると、どうも人の顔のようではありませんか。


「と、いうわけだ。見ろよ、あれがくだんの人面岩って奴だろう?」

 エクスが指さす方向を見ると、確かにそこには人の顔のように見える岩がありました。へリウスは腰に吊るしてあった双眼鏡を目に当てて人面岩を観察すると、

「なるほどな」

と、呟きました。そして、ため息を一つ。静かに、問いかけます。

「なあ、その話を聞いてどう感じた?」

 エクスは目を見開いて、それからきまりの悪そうに頭を一掻き。

「そりゃあ、昔話だろう? 子供に読み聞かせる類の、くだらない笑い話さ」

 違うね、とへリウス。

「昔話ってのは、往々にして真実を語っている物なのさ。かつて伝えたかった意味が風化しているんだ。思い出は塵となって消える。その上を俺たちが歩く。それで俺たちもいつかは塵になる。でも、少しくらいは残るもんだ。それが道理ってもんさ」

「難しいことを抜きにして話すとどうなる」

「男は毒によって死んだ。島は男の死体で出来ている。ならば、島には毒が残っているかもしれないと考えるのはどうだ」

「なんだ、たかが人一人殺す程度の毒だろう? 大したこともないだろうが」

「そこが、昔話たるゆえんさ。ああ、本題に入るまでにずいぶんな回り道をした。よく見ろ。ここは砂漠に残されたオアシスなんだろう? 俺には、植物の一本も見当たらないのだが」

 エクスは辺りを見渡すと、納得したように頷きました。確かにそこは荒れ地に唐突に出現したただの水たまり。木の一本、草のひと塊すらも、そこにはありませんでした。水を貯えるだけで、命は育まない不毛の地がそこにはありました。それは、中央の島も同じです。荒れ地の中に、人面岩だけがぽつりと取り残されていました。

「なるほどなあ。荒れ地が長すぎて気付かなかったぜ。大した死の土地だ。トカゲの一匹も居ないときている」

「入るなといった意味が分かったろう」

「ああ、痛い程な。それにしたってこれはいったいどうしたんだ? 無茶苦茶な汚染じゃあないか。人間の仕業か?」

 問われたへリウスは肩をすくめて、

「多分そうだろう」

と言いました。その反応を受けてエクス、

「そりゃ、昔話からの教訓ってやつか?」

 へリウスの回答は、

「少しは自分で考えたらどうだ」

でした。しばし時間が流れます。そのうち日が暮れそうになったので、へリウスは野宿の準備を始めました。

 テントと焚火が完成したころ、エクスが思考から戻ってきて言いました。

「これは戦争の物語だという説はどうだ」

 見直した、という顔を浮かべてへリウス。携帯食料を相方に渡しながら、続けるように促します。

「男ってやつが周辺国に戦争を吹っ掛けたんだ。それで、連合軍に鎮圧された」

「ほう、それからどうなった」

「『毒食らわば皿まで』ってことだろうな。男は、つまりその国は、戦争を止めなかった。話の雰囲気からすると、自爆でもしたんじゃないか? 男が膨れ上がる描写とか。それで毒がまき散らされたってわけだ。はた迷惑な奴だ。周辺国も道づれだったんだろう」

 携帯食料を食べ終え、答え合わせは、と訊くエクス。

「俺もそう思う。だが、真相は知らん」

と、へリウス。

「どだい、昔のことを推測しようなんざ無理がある。すべて消えたんだからな」

 しばらく黙った後、それだけでは味気ないと思ったのか、

「まあ、戦争があったことなら、証拠がある」

と、続けます。

「人面岩をよく見ればわかるんだ。シミュラクラ現象って知ってるか」

「しんみりクラゲ?」

「そうじゃない。シミュラクラ。穴を三つ、逆三角形に並べると、それは人の顔のように錯覚される。この人面岩も同じだ。詳しく見てみろ。とくに目の部分だ」

そう言って、エクスに双眼鏡を渡します。

「なるほどな」

「そうだ。人面岩は天然の岩石をくりぬいて作られた要塞だったんだ。穴が開いているところは砲台だ。人の顔に見えるのは、砲台がちょうどいい位置に置かれたからだろう」

「つまり戦争はあった、と」

「そうだな。それも、そこそこ大規模な奴だ」

 もう日が暮れ始めていたので、二人は眠ることにしました。もともと、二人ともあまり考えるような旅をしていませんでしたから、今日は特に疲れたのでしょう。

焚火に砂をかぶせて火を消し、寝袋に入ったところで、エクスがぽつりと聞きました。

「なあ、本当のところは何があったのか、知りたいとは思わないのか?」

 横の寝袋からはこんな答えが返ってきます。

「そうだな、知りたいには知りたいが……。一人じゃあ無理だ。難しいことは学者先生にでも任せれば良いさ」

 その後は、寝息が続きます。砂漠の月明かりの下で、過去の残骸と、今を生きる二人が、共に夢を見るのでした。


 翌朝、荷物をまとめてバギーに乗り込み、威勢よく出発しようとした二人でしたが、突如バギーを強い衝撃が走ります。何かに乗り上げて前輪が跳ね上がり、後輪は砂に足を取られ、バギーは瞬く間に横転しました。

「だから車を替えた方がいいと言ったじゃないか。サスペンションが弱ってるんだ」

 そう愚痴を吐いてへリウスが車から降りた時、ふと地面をみたエクスがあるものを発見します。

「おっと」

「ほうほう、こりゃまた」

 そして、それを見て、どちらともなく笑いだしました。

「くそう、妙なものを見つけちまった。これ、売れるか?」

「売れるさ。古代の遺物ってやつは学者先生が高く買い取ってくれるんだ。物好きなもんだ」

「内容がこれでもか?」

「知らん。買わせるさ。交渉次第だ」

 二人が拾ったのはいわゆるモノリスでした。黒い石の板にこの地方の少し古い字体で、文字が記されているのです。

 二人はバギーを起こすとモノリスを積み、近くの町へと走っていきました。湖の方向を振り返ることもありません。ただ、笑い声だけが風に乗って伝わってきました。

 モノリスにはこう書いてあったのです。


『それでも私たちは戦い続ける

 私たちの信じる正義のために』


裏設定ですが、エクスが酒場で飲む酒は一軒につき三杯までなのです。

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