97話 夜は暮れる
被害者は重軽傷合わせて計五十名、死んだ者は三人。詰所の裏を守っていた二人と、逃げる寸前の神父を掴んだ衛兵が殺された。死人は少なかったが、民間人にも被害者がかなり出た。操られていた衛兵達の意識もまだ戻らず、南の衛兵の大半が、壁の外を追う余力は無いとして、他の地区の衛兵を招集して再度捜査をやり直すことになった。
結果としては惨敗だ。情報不足が招いたと思う。向こうの動きも早かった。手間取ることなく逃げられてしまい、こっちは対応が後手に回ったことで逃げられてしまった。
「もう帰ろう。わしはもう疲れた。熱心なのはいいが、無理してやるでない。お主、足が痙攣しておるぞ」
「ああ。治療もひと段落した。運搬は今来た衛兵たちの任せればいいか」
「マルシアは?」
「いても立ってもおられんというので、研究室に戻ったぞ。あの糸虫が、何かしらしでかしたのは確実じゃからな」
「そうか…」
座ると一気に疲れが来た。それを見ていたボルドが、肩を貸してくれる。
「歩いて帰れるぞ」
「アルヴィ殿、車に乗ってくだされ。送らせてください。今回ばかりは、私も強引に行きますぞ。ルル殿に何言われるか分かりませんから。言い訳を考えておいてくだされよ」
ルルも心配してるだろうな。全く、双子達の引っ越し祝いの日だってのに、恐ろしく疲れた一日になった。
でも衛兵たちが追うことはできなくても、ドローンなら信号が届く限界まで探索できる。
「分かりましたぞ!まだ何かやる気ですな。あなたが腰に手を当てて、ベルトに手を掛ける時は何かしら考えている時です」
「お主、まだ何かやるのか?」
「ああ、ドローンなら追えるんじゃないかって思ってな」
「はぁ…もう休むんじゃ。明日でよかろう?今は興奮しておるんじゃ。寝転がったら泥のように眠ってしまうぞ」
「外に逃げたんだぞ。魔物に襲われて死なれたらどうする?」
「それは気がかりですが、向こうも承知の上で行動しているでしょう」
「お主、ほれ!帰るぞ」
「分かった」
レームに腕を引かれ、荷車に乗せられる。
確かに、二人の死もあって気が立っていた。だが奴を捕らえて動機を聞き出すまでは納得できない。
「お主、急くでない。奴の逃げ口はあらぬ。歩いて壁外を出歩けば命はない。必ずここに戻ってくるわい」
「あいつの正体は何だ?東の鬼か?」
「違うよ」
突然後ろからニオに話しかけられる。
「ずいぶん長いこと寝てたな」
「ここは私の目覚めに向いてない場所。いつもどんよりしていて、寒くて、寝る時間も長くなる。感知も鈍るし、アルヴィの声も聞こえにくい」
「それは多分カバンに入れたままだったからだな…」
「お主、この娘がか?」
「うん。私はニオ。あなたは知ってる。私のお母さんと会ったことがあるよね」
「ん?わしが?」
「無い?」
「わしの記憶では、龍に会ったのは一度だけじゃ。その龍は何万年も眠っておる龍。お主はあの龍ではなかろう?」
「うん。違う。神が消えた時に、お母さんもこの世界から消えた」
「それでは会えぬではないか?」
「そうなのかな?…」
ニオがこちらを向く。
「いや、俺にはわからん」
「うーん。見た目が似てる。名前はグリームで」
「何と?わしの若い頃名乗っていた名ではないか…」
「あなたは年老いてからレームと名乗った。違う?」
「うーむ。なぜそれを知っておるのか?」
「わからない。記憶違いかも」
ニオは恥ずかしいのか、俺の後ろに隠れてしまった。
「名前を変えてたんだな」
「まぁの。若い頃の話じゃから、知っとるのはわしの旅仲間だけと思っておったわい!それで奴は何が違うんじゃ?」
「うん。あいつ使徒だよ。あの戦士と同じ」
「ヴェルフのことか?」
「そう。でも力が弱い。力が身体中を巡ってない」
「馴染んでないのか」
「あの腕、龍血の混じりが少なかった。多分、再生力はあっても不死身じゃないかもね」
「どうやって使徒になったのかのぉ?」
「わかんないよ。どうやって使徒を作るか知らないし。でももしかしたらだけど、血が薄まる原因があるのかも」
「何じゃ?」
思い当たる節がある。ラタトスクに見せられた幻影の使徒たちは、強く怒ってるように見えた。ヴェルフも兵士を死なせたことで、恨みを抱いていた。
「恨みか?怒り?」
二人は首を少し傾げる。
「わかんないけど、でも、それならアルヴィは一時の決意だったから、龍化で済んだってことになるね」
「うむ。わしもそれは納得できる。強い感情の、その歪みに、力を与えると言う誘惑があれば、たやすく怪物となろうて。その感情が強ければ強いほど、それに飲まれるであろうな」
「私は怒りを我慢できる、えらい龍だけどね」
ニオはなぜか得意げだ。
「神父も同じかもしれぬな…人の悩み、人の死、それに長く触れておったのだ、少なからず良い気持ちにはならぬであろうな。その暗い感情につけ込む、悪魔。うむ…納得いってしまうのぉ」
最初の貴族が殺されたのも、職人の悩みを聞き、それを解決してやりたいと思ったからなのか?あの二人も…
「そうか…」
だが…なぜ二人の命を奪った?…悩みの種、原因は俺だった。殺しに来るなら俺じゃないのか?…
「力が馴染まぬというのは、罪の意識か?」
「感情を持つ生き物には馴染まないのかも。はぁーわ。眠たいなぁ」
ニオが大きなあくびをして、鱗に戻ってしまった。もう、レイレイの店が見える。
「見よ、ルルが同じところをぐるぐる回っとるわい。心配でたまらぬようじゃ」
「ああ…」
双子が気付いたようで走って近づいてくるのが見えた。




