96話 追走
「はぁ…はぁ…」
マルシアめ、腕を引っ張って走った割に体力が無いのか、ちょっと走っただけで疲れたみたいだ。
「運動不足だな」
「その通りだね…レームってば元気だなぁ…」
「レームは口だけ老人だからな。ほら背負ってやるから、いくぞ」
「悪いね…」
マルシアを背負う。ドワーフは骨太って聞いてたが、マルシアはかなり軽いな。皇女殿下を背負った時よりも軽い気がする。余裕で走れそうだ。
「あんた、ちゃんと食ってるのか?痩せすぎも健康に悪いぞ」
「うーん。最近は君のおかげで研究熱に火がついてね。家になかなか帰れてなくて」
「健康第一だぞ」
「ドワーフは頑丈なのさ。なんたって穴掘りで鍛えられてきた血が流れてるからね。それに、あの透明寄生虫の正体も気になるし、蠍の使徒が残した、振動する水晶のことも気になってるし」
「俺が仕事を増やしてるみたいだな」
「うん!退屈してないよ」
マルシアを背負って通りを早足で歩く。詰所が視界に入ってきた。前方で騒ぎが起きてる。火柱が起きてるように見えた。レームが魔術を使ったのか?
「何か起きてるよ!こんな街中で炎はダメじゃないか!」
「ああ、早くいくぞ。捕まってろ」
マルシアが肩を掴む。足の速度をあげる。近付けば近づくほど、鉄がかち合う音が聞こえる。戦ってる。
詰所が視界に入った。
「どういう事だ!?」
「衛兵同士で戦ってるよ!?」
衛兵が衛兵を攻撃している。レームとボルド、そして正気に見える衛兵もいる。だが長柄の武器を持っている衛兵の行動がおかしい。明らかに仲間を狙って武器を振っている。
「お主ら!神父が逃げおおせた!追うんじゃ!!」
レームが、詰所の裏口を指差す。
「わかった」
ボルドは余裕で凌いでいるし、レームはこういう戦いには向いてい無いが、飄々と攻撃をかわして立ち回っている。二人の心配はいらない。
「マルシア降ろすぞ」
「僕は、この辺りの衛兵を呼び集めてくるよ」
「ああ。頼んだ」
仲間同士で戦う衛兵をすり抜けて、裏口に走る。金属の扉が切り裂かれたように開かれている。外された手錠も落ちている。
「酷いなこれは」
裏口を守っていた衛兵の胴体が横断されている。どういう芸当かわからない。
「向こうに逃げたな」
足跡から追いかけている衛兵も多い。俺も早く行かないと。
「またか」
逃げた神父を追う、その道中の曲がり角には必ず、人の手や指や足が転がっていて、少しした先に衛兵が倒れていて、それを介抱する衛兵がいる。道中倒れていた奴らは口を揃えて、腕に鎌が生えていると溢す。姿の想像がつかない。だが悪知恵があることは確かだ。
角から奇襲して、わざと致命傷にならない傷を与えて、追手の数を減らしている。スナイパーみたいな真似している。
「おい、どこに追い込んでる?」
「今、この先の壁に追いやるように包囲してる。壁面の鶏小屋に向かえ」
「分かった」
もう注射剤が無い。レイレイ謹製のポーションを渡す。
「早く追ってくれ。奴を逃しちゃまずいぞ」
壁に追い立ててる?でも壁を登っていた、逃げられる可能性が十分ある。追い詰めるべきは上も横も封じ込められた場所だ。
「早く追いつかないと」
走る。また曲がり角で兵士が倒れている。ポーションを投げて、先に向かう。
「どれだけ倒されてるんだ」
「どけ!どけ!」
曲がり角から、男にぶつかる。奥から何人も走って逃げてくる。
「クソ、邪魔だ!」
「動き回るな、家で待ってろ」
「はぁ?あの切り裂き魔はイカれてる。家の中に入り込んでくるんだよ!」
そういうことか、追手を巻くために、わざと民衆に攻撃してるのか?
頭が働くやつだ、身軽な斧槍兵の正気を失わせて、騎兵が入れない場所に逃げる。自由に動ける兵士に致命傷を与えずに追手を減らす。しかも集まってきている追手を巻くために民衆に攻撃して逃げ回らせて、道を詰まらせている。
道を変えても、変えても、奥からどんどん逃げてくる奴らが現れる。狭い道から走って逃げてくるせいで、走る速度を下げざるをえない。
「クソ…間に合わなかったか」
手間取りながらも、追い詰める予定だった鶏小屋に着く、だがもう姿はない。ボロボロになった衛兵達がうなだれているだけだ。俺を迎えに来ていた衛兵も、神父を追いかけていたようだ。
「無事だったか」
「アルヴィ・アーセナルか。神父は壁を登って逃げていった、いや神父では無いな。蟷螂人間とでも言うべき姿だった」
「カマキリ人間?やっぱりそういう類か」
「ウルーヴヘジン、ライカンスロープ。変容することで肉体が異常発達し怪人と化す化け物。その仲間でしょうか」
「姿はカマキリなのか?」
「ええ。三角の頭、腕には鋭い鎌を持っていた。恐ろしく凶暴で、撫でるように人の身を切り裂いていた。これを見ろ」
地面に落ちていたのは、まさしく黄緑色のカマキリの腕。人の腕と同じ大きさになっている。人間であることを示すように、そこから赤い血が流れているのが不気味だ。
「切り落としたのか?」
「なんとか一太刀。はぁ…でもこの惨状では衛兵長に示しがつかない」
「壁の外を追うか?」
「いいえ。指示を仰ぎましょう。壁の外を追うには準備が要る」
「そうか。神父はどうやって逃げ出したんだ?」
「尋問を始めるために牢から出した時、神父がちょうど裏の扉の前に立った時。体が変容して」
「それで逃げ出したわけか」
「そういうことです。人狼という予想もあった、だから銀の手錠をつけていた。それでは不十分だった…」
だろうな。姿を見た奴が誰もいなかったから、予想するしかなかった。最悪を想定してしたのに、その上を行かれた。前例がない怪物が現れ、被害が膨らんでしまった。
壁の外を追うには協力がいる。一度集まってこれからどう動くかを決めよう。




