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90話 噛み合わない

「服を脱いで!」

 逃げる様に二人の店に入るや否や、外套を引っ張られる。

「汚れたのはそれだけだから」

「ダメ!全部脱いで!汚れているから!!」

 跪いて、ベルトを押さえられる。

「おい。勝手に触るな」

「ご、ごめんなさい…」

「今日は特におかしいな」

「だって!どこに行っていたんですか?何度も探したのに!あの不気味な魔女は、聞いても何も話してくれないし、いくら探しても見つからないし!」

「探すことはないだろ」

「もしもの時誰を頼ればいいの?この街だって安全な場所はないのに」

「俺はあんたの騎士じゃない」

「わかってる!だから私はあなたの従者になるって言ってるの!」

 面倒な女だ。突き放せば、余計にへばりつこうとしてくる。俺の意思を気に掛ける様子もない、ただ自分のことを考えてくれという様子だ。

「そうか。でも俺は従者は求めてない」

「じゃあ、飼い犬でも構わないから」

「もう好きにしてくれ…でも犬は家に上げない」

「うん。じゃあ脱いで」

 余計なことは言わずに黙って従おう。

「下着は?」

「勘弁してくれ…」

「まあ許してあげます。じゃあ、しっかり綺麗にしてあげるから、そこで待っててくださいね!」


 下着一枚で、椅子に座る。こう言うのは風呂上がりだけで十分なんだよ…よその家でやるもんじゃない。

「すみません…」

「お前なぁ。もっと強気に言ってやれ、じゃないと…」

「アーサは元々気の強い人だ。それが盗賊の手によって砕かれたせいで、ああなってしまったのかもしれません。でも、あの時私はアーサより、荷物を優先してしまった…」

「合理的な判断だ。あんた一人で立ち向かっても勝ち目はなかった。でもあの女は理解してない。自分を置いて逃げた奴だって思い込んでる。一言言ってやれ、助けを呼んだ。でもノロマなギルドのせいで後回しになったって」

「そんなこと言っても何にもならない…。アーサの思いは、あなたにしか向いてない」

「あのな正直言うとな、迷惑だ。お前が結婚相手だ、自分でなんとかしてくれ。じゃないと買い物にも来にくいだろ?」

「でも…」

「でもじゃない。これ以上情けない姿を見せるな」

「…」

「なぁ、あんたこの事件で殺された男を知ってるんだろ?まずはそれを教えてくれ」

「ええ。商品を卸してもらってましたから。でもそれが何になるんです?」

「いいから教えてくれ」

 内容は、まあ小汚い真似をしてたって話だ。貴族の名前はカール・グラフ、商売人もやってる地方貴族。元は都にいた貴族議員。だが政務の才能が全くないから、仕事を与えられず、都を追われて商売人をやってるらしい。だが、もちろん商才がなく、都から卸していると言う木工製品や楽器は、職人を脅して下働きさせて作らせてるって話だ。貴族の名前を傘に好き放題してる。金がないと都に戻れないんだろうな。


「ならそれを強請りの種にしろ」

「そんなことできるはずないじゃないですか!」

「ずるい真似する奴には多少強気に言っても構わない。せっかく衛兵たちじゃ知り得ないことも知ってるんだ」

「それは…」

「貴族はもう死んでるんだ」

「もし夫人に恨まれたりしたら…」

「衛兵に売るんだよ。事件の解決にあんたが協力したってなれば、見る目も変わるんじゃないか?」

「そうですかね…」

 レナルドの自信はなさそうだが、一代でこの店を大きくした商才は確かなものだ。交渉術もしっかり身につけているはず、今は彼の自信が砕かれているが、賞賛を受ければ少しは変わるかもしれない。


「アルヴィ様?なんでそんなに仲良さそうなんですか?」

「いや…」

 ニコニコしているが、怖い…目が明らかに笑ってない。

「お話なら私からするって言いましたよね?なんで先に話してるんですか?」

「ごめん、アーサ」

「出て行ってください。邪魔ですから」

「わかったよ…」

 レナルドは静かに、立ち上がる。その腕を掴んで座らせる。

「おい。行く必要ないぞ。ここはあんたの家だ」

「アルヴィ様?」

 机の上に手を乗せて、顔を近づけられる。目には光が宿っていない。

「家主を追い出すなんて真似をしてほしくない」

「そうですか。なら仕方ありません」

 渋々という表情を見せたが、いつもの張り付いた様な笑顔に戻り、洗濯に戻って行った。


「やっぱり精神に問題がある様だな。これは時間をかけて良くなっていくのを待つしかないと思うな」

「私にそれができますかね?」

「最後まで付き合ってやれよ」

「そうですかね…」

「まだ時間が経ってない、時間が経てば、俺が助けた事実も薄まっていくし、あんたが側にいた時間の方が勝る」

「でもアーサはあなたのことばかり考えている」

「あんたはどう思ってるんだ?」

「それは…確かに思ってます。アーサのことを。でも心が完全に離れてる」

「元に戻りたいんだろ?」

「ええ…戻りたい。盗賊に襲われる前に。本当はアーサのために戦いたかった。でも武器なんて使ったことなかった。だから誰かに頼むしかなかった。情けない。情けないです…」

 確かにアーサに聞こえてるはずだ。洗濯の音が止まった。これはレナルドのことを気にしてる証拠じゃないか?


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