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87話 別れの挨拶

 窓を開ければ、良い風が部屋に吹き込む。

「今日は良さそうだ」

「ああ。やり残したことはないか?」 

 花の都から戻った後は、王女殿下の手伝いやら、ヴェルフの部下の兵士達と鷹狩りに出たり、色々としているうちに数日たった。双子達も荷物を纏め終わったようだ。もう今日去るとしよう。

「大丈夫。あっちの奴らも待ってるかもな」

「多分な。今頃春が訪れているぞ」

「起きた?」

 ナディアが部屋に入ってくる。

「朝ごはんできてるよ。いやー今日でここで過ごす最後の朝なんだよね」

「後ろ髪を引かれるか?」

「ううん。これからが楽しみかな。もう表に出るなって言われなくてもいいんだもん」

「そうか。ならよかった」

「アルヴィさんも一緒だもんね」

 相変わらず悪戯小悪魔だ。ルルが呆れて部屋を出て行ってしまった。

「ルルさんは冗談がわからない人だなぁ」

「ちゃらついた奴が嫌いなんだ」

「私は一途だけどね」

「どうだか?」

 いつもの仕返しだ。そう言い残して部屋を出る。

「酷い!逃げないで!」

 ナディアが追いかけてきて、背中に飛び乗ってくる。

「こうしてやる!」

「おいおい!」

 姿勢が崩れて地べたにへたりこむ。背中に重みを感じる。

「あら、朝から元気なのね。続きはお船でしたら?」

「そうだねアルヴィ」

「遠慮しとく…」


 朝食を済ませて、王に別れの挨拶をするために宮廷に向かう。双子達は先に荷物を持って船に向かって行った。

 門の前に、俺が来ることを予見していたかのように王自らが現れる。隣には不機嫌そうな王女も一緒にいた。

「早い出立だな!もっと滞在してもいいのに」

「もう帰ることにした。あっちのことも心配だしな。それと色々と世話になったな。感謝する」

「それはこっちの言葉だ。妹にもよくしてくれた。ほら、お前も別れの挨拶を」

「あなた、私の家臣になるんじゃなかったの?」

 王女は頬を膨らませて怒っている。

「いや。なるとは言ってないぞ」

「むぅ…」

「こいつは本当に…」

 呆れた様子で王女の頭を押さえつけるように撫でる。

「なぁアルヴィ。俺とお前は友だ。これからも困ったことがあったらなんでも言ってくれよな。できる限り手を貸す」

「ありがとう。俺も何かあったら手を貸すよ」

 王と握手を交わす。すると王女も手を差し伸べて、強引に握手を交わす。そして手を振り解く。

「もう行きなさい、あなたやることがあるんでしょう。モタモタしない!」

「みんなの元気を取り戻したいという心、尊敬する。うまくいくことを祈っているよ」

「あなたなんかに祈られなくたってやってやるんだから!でも…あなたの行く先に幸運があることを私も祈っててあげる…」

 王女は持っていたナイフを右肩に背伸びして乗せる。

「俺も健闘を祈る。でも無理するなよ」

 王が腰に下げた剣を引き抜き、肩に乗せる。これがこの地の戦に出る者への祈りの方法だ。

「さあ、お前は港まで送ってやれよ。悪いな…俺はもうやることがあるだよ。全く王様はつらいぜ」

 王は手を振ってから、とぼとぼと歩いて行ってしまう。

「じゃあ、私の馬車に乗ることを許してあげるから。行きましょう。グラントが待ってるから」

「先にヴェルフのところに、別れの挨拶に行きたいんだが」

「あの男何をしているのかしら。真っ先に来るべきでしょうに」

「まだ今日立つとは伝えてないからな。知らないのかもしれない」

「でも、お兄様は今日が良い日だからとすぐに気がついて迎えにきたのよ」

「寝てるのか?」

「そんなわけないじゃない。あの男は日が出る前には起きて、兵士と一緒に調練を始めるの。随分精を出して訓練していたから、調練で気がつかなかったとかが理由でしょう」

「行ってみよう」

 兵舎に向けて進む。ヴェルフは高官の位置なのにいまだに兵士と同じ宿舎で寝泊まりしている。兵士長を辞任してからは、野宿で警備に当たっていたと聞いた時は驚いた。


「やってるな」

 亜人の男達が、兵舎の周りを走っている。その先頭にはヴェルフがいた。こちらに気がつくこともなく、一心で訓練に励んでいるようだ。

「むさ苦しいからこんなところ来たくはないないのだけれど」

 王女の姿を見つけた兵士の一人が、先頭を走るヴェルフに話しかける。それでこちらに気がついたようで駆け寄ってくる。

「まさか行かれるのか?」

 ヴェルフはことに気がつくと頭を押さえてから、深々と頭を下げる。

「すみませんでした。見送りすらできないところだった」

「突然だったからな。気にしないでくれ。もう今日帰ることにする。いろいろと世話になった」

「いえ。それは私こそです。あなたが居てくれなければ私は…」

 いつもの厳しい表情だが、その瞳から涙がこぼれ落ちる。

「おいおい。泣かないでくれ」

「私はあなたと出会えて良かった。最悪の出会い方をしてしまったが、あなたは私を許し、そして気にかけてくれた。最大限の感謝と畏敬の念を抱いています」

「俺はヴェルフに助けられたんだ。お互い様だ。それに前を向けるようになったみたいだしな」

「ええ。私はここに残ります。贖罪のために向き合うことを決めました」

「強いな。まあ俺への贖罪は貸しにしとくよ」

 涙を流すヴェルフの肩をトンと叩く。

「もし勝てぬ相手に出会い、躓いた時は私を思い出してください。どんな場所であろうと駆けつけ、命尽きるまで戦う覚悟です」

「必ずな」

 固い握手を交わす。すると周りに兵士たちが集まる。

「アルヴィさん!行くんですね」「俺たちのことも覚えておいてくれよ!一緒に戦った戦友なんだからな!」

「そうだ、あれやりましょうよ!」

 兵士たちが一斉に武器を構える。それを空に掲げて交差させる。

「さあ!英雄が帰還するぞ。無事を願い、剣の舞をお見せしよう」

 手拍子の音が響くと、兵士たちが掛け声を上げながら一斉に、剣を掲げながらステップを踏む。これは祝勝会の時にも見せてもらった剣舞だ。

「神よ!俺たちの祈りを聞いていてくれ!」

 兵士たちが無事を祈る聖句を述べながら、剣を掲げて踊る。これが戦いの神への祈りだ。最後の言葉を言い終えた後、その祝福を受けるためにその場にいる皆で一斉に武器を振る。

 腰の拳銃を抜く。ルルも弓を掲げ、グラントが拳を掲げる。王女もナイフを掲げている。先導も鞭を掲げている。その場にいる人々が自らの武器を掲げている。

「彼らの無事を祈り。剣を捧げる!」

 その掛け声と一緒に空砲を撃つ。

「ふぅ。こういう仲間内でやるのもいいものだ」

「今日はいい日だ。俺らの俗っぽい願いも多分聞いてくてるぜ」

「アルヴィ様、是非港まで見送らせてください」

「ああ。行こう」

 少し別れが惜しい気持ちが増した。でも行かないと。 


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