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82話 改悛


 彼は目的を果たして帰っていった。彼からは表情は見て取れないが、立ち振る舞いから疲労が見えていた。彼についていた女たちもそれに気づいていた。彼はこちらを見て、手伝うぞという雰囲気だったが、彼の仲間たちが引っ張って帰らせてくれた。今はゆっくりと休んでもらいたい。


 蠍の使徒の件で、曖昧になっていた問題が今押し寄せてきている。でも部外者である彼は、その問題に手を貸してくれている。でも、ここからは我々がやるべきことだ。

 私にその資格があるかはわからないが。でも結局私はここに残ることにした。だが降格処分を受け、兵卒からやり直したいと訴えたが、王は聞き入れてもらえなかった。ならば与えられた役目を果たすまで。

「兵士長。全員の身元の確認が取れてません。言葉も通じないし、その、怯えてしまって話してくれないんです」

「すまない。亜人らの言葉は私も理解できない。彼なら理解できていたんだが。でも、怯えているか…」

 しかし、亜人たちが、我々人と関わっている時点で、もはや帰る場所があるとは思えない。

「アルヴィさんですよね。あの人、明らかにふらふらしていて、危ない感じでした」

「ああ。だから、黙って帰らせておいた。それにこれ以上引き止めるのは間違っている気がする」

「そうですね。じゃあ僕、一度戻って話せる人を探してきます」

「頼む」

 言葉が通じない亜人は、神の加護を受けていないと聖職者たちは言う。でも、大きな戦争があってからは、融和が始まっていることも感じる。でも政を司る場所に、亜人がいる所が見たことがない。せいぜい辺境ぐらいだろう。だから、こうして溢れる亜人が身寄りを失い、ろくでもない者供らに頼らざるを得ないのかもしれない。

 それゆえに亜人は怯えている。

「彼ならどうする…」

 アルヴィ様、あのお方には偏見が少ない。この地に毒されておらず、無垢だ。だから亜人は彼に安堵の表情を見せたように感じた。それにあそこまで懐かれていたのかもしれない。

 難しい…私も心のどこかで分かり合えない生き物を見ているような感情がある。でもそれではダメなのだろう。

 突然の大声が響く。

「ヴェルフ!よくやったぞ。あれ、アルヴィはどこいったんだ?」

「お、王よ。どうしてここに?」

「亜人が助かったって聞いてな。でも彼らを保護するのに難色示す奴らもいたから、俺が直接見にきたんだ。それで、アルヴィは?」

「彼は疲れがひどいようで、先に休んでもらいました」

「そうだよな…働きっぱなしだったもんな。それじゃあ状況は?」

「獣人、数は八十ほど。言葉が通じず、難儀しているところでして」

「よし。なら俺が話してみる」

「会話できるんですか?」

「いや、できない!でもなんとか伝えてみる。俺はお前らを助けるってことを」 

 そうして、王は亜人たちに歩み寄り、身振り手振りで対話を必死に行われる。


 あのお方は、そういうお人だ。父王を超えると息巻いておられる。

 そしてその若さは、腐敗していた政治に新しい風を吹かせていた。時代が変わる瞬間にいると信じることができた。

 でも蠍の使徒が現れたことで、立ち行かなくなった。

 私は無力だった。どれだけ戦ったところで、何度でも襲ってくる相手に完敗した。いや、私一人が負けて死ぬのならまだよかった。でも配下を多く失ってしまった。

 戦で死んだのならまだ受け入れられた。でもたった一体の理不尽な存在に殺され、戻って来ないものも多くいた。

 帰らぬ者たちを探す日々、しかし帰ってきた遺体は、小虫に食われ、ボロ切れのように打ち捨てられていた。一つ一つと見つけるたびに、心が痛くなった。

 私は力は強かったが、弱かった、心が。その弱さのせいで自らの手で配下を殺した。救いの手を切り落とし、命を奪った。もし彼が、あのまま死んでいたのなら、私はこの世の全てに背くことになっていた。

 あの怪物は翼を生やし、多くの命を奪っただろう。その事実を牢獄で理解してから、手の震えが止まらなかった。だから、もう自らを諦めた。心をあの力に委ねてしまおうと思った。

 でもアルヴィ様は私を救い、許した。私の力が必要だと言ってくれた。全ての人々に背いた私に、機会を与えてくれた。もう一度、国を守るために戦う意思を思い出させてくれた。それが嬉しくも恥ずかしくもあった。

 私は何をしていたんだという自責の念が強くなった。しかし戦いは思い出させてくれた。共に戦い勝利を分かち合う名誉を。その名誉を味わうために私は生きてきたことを。もう一度、仲間達と戦いたいと思わせてくれた。


「ヴェルフ!こいつらに戦い方を教えてやるのはどうだ?こいつらは兵士として食うに困らない。こっちは失った兵士を支度できるし、いい案だと思わないか?」

「ええ。良い案ですね」

「ならヴェルフ。やめるとか言わずに、こいつらの育成に努めてくれないか?」

「お許しをいただけるのなら、粉骨砕身する覚悟です」

「頼む。お前はこの街一番の兵士だからな。その技術をみんなに教えてやってくれ!」

「はっ!承知致しました」

 もう一度、王に、この街に住む民に尽くそう。それしか私にはできないのだから。


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