76話 人攫い
扉が開き、幽鬼の侍女が入ってくる。
「奥様、マハー様の使いがお怒りで。お館様の亡骸を引き渡せと、それと早く謁見をするようにと」
「分かってるから…アルヴィ様。私からの願いを聞いていただけますか?」
「他に頼れる人はいないのか?突き放すようだが、俺もろくな人間ではない」
「私の半生は根無し草で、頼れる人なんて娼館の主人ぐらい。でも二人にそんなことをしてほしくない。二人には魔術の才能がある、それを捨てさせるのは惜しいのです。ですからどうか二人を。養子でも妾でも構いまんから、面倒を見てください」
頭を床につけて、頼み込まれる。
暗示をかけたのは、俺に願いを聞かせる算段だったのかもしれない。
「だが何故俺なんだ?自分で言うのもなんだが、素性不明の怪しい男のはずだ」
「あなたは優しい人です。私を慮って治療所に運んでもらい、お代も払ってくれました。それに昨夜の出来事、それだけども信用するに足ると私は思います。もう頼れる人なんていないんです」
「今なら二人を連れて逃げることもできるだろ」
「そうよ、お母さんも一緒に逃げればいいじゃない。アルヴィさんにまた頼ることになるけど」
「だめよ。私はここが気に入ってるの。それにお父さんの葬儀を見届けないといけないから」
「アルヴィ。お母さんを運んで!」
「ナディア、分かって。私が無事だったのなら、知らせを出すから」
二人は、母親に抱きつき泣いている。
その空気を裂くように、扉が大きな音を立てて開き、強面の男が、侍女を押しのけて、三人入ってくる。
「おい、さっさとしあがれ!奥様がお待ちだ」
「わかりました。ほら、二人とももう行きなさい。昨日のうちに荷物はまとめておいたから」
「おいおい、逃すと思ったか?」
一人の男が立ち上がった双子の髪を両手で掴んで、引き寄せる。
「何してる」
力ずくで双子を引き離す。二人とも怯えている。
「あんたは誰だ?」
首を掴まれる。テーブルにある拳銃に手が伸びる。
「アルヴィ様、乱暴はよして」
ライラーに手を掴まれ、止められる。
「おいおい、糞サキュバス。もう間男を作ったのか?」
「彼は関係ない、私たちを助けてくれた人だから、今日は休んでもらっていたの」
「そうか、じゃああんたは出て行け」
「ああ、行くぞ」
双子を立たせて背中を押す。
「おいおい。そいつらは奥様の物だ」
「いいや、こいつらは俺が報酬でもらった女だ」
双子を部屋の外に追い出し、侍女に預ける。
「どういうことだ?」
「私が約束しました。アルヴィ様、もう行ってください」
どうする?銃は持った、こいつらを殺すこともできる。でもその後は、どうなるかわからない。だが、ここで引けば、双子は確実に助けられる。
ライラーを見つめる。彼女は首を横に振り、もう行けと目で伝えている。
「行かせんぞ」
「離せ。俺はもう行く」
肩を掴む手を、払いのけて部屋を出る。
「アルヴィ様。ありがとう。どうかご無事で、二人にもどうか」
「ああ…」
ここで、余計なことをすれば、状況が悪くなると俺は思う。二人を助け出すことを優先するべきだ。あの様子だと、本当に懸念通りになりかねない。
部屋から出ると、強い力でナディアに腕を掴まれる。
「お母さんを助けて!」
「無理だ、短略な真似をしたらどうなるかわからない」
「じゃあどうするの!」
「まずはここから離れた方がいい」
「お母さんは!?」
「ナディア、落ち着いて。アルヴィさんの言う通りよ。ここで私たちが捕まったら、お母さんがしてくれたことが全部無駄になる」
「あんたはどうする?」
「私は屋敷に取り憑いた幽霊ですので、離れたところで消えて、舞い戻るだけですので。ですが、出口ぐらいはご案内しましょう」
「頼む」
玄関に向けて歩く、すると外に人だかりができているのが見える。
「何故あんなに人が集まっている?」
「昨夜の掃除をお願いしたのでその人たちかと、それと野次馬半分、その中にもしかしたら紛れているかもしれません」
「人目につかない出入り口はないのか?」
「裏口はありますが、彼らは裏口から訪問してきたので、そこは避けた方がいいかと」
「包囲されてるじゃないか」
「別居中とはいえ、一応身内に含まれるんです、裏口から入ることも許されますから」
「正面から出ると中に何が紛れているかわからないが、俺らも同じように人混みに紛れることができる。裏口から出るなら、待ってる奴に警戒しないといけないが、数人なら無理やり押し通ってもいい」
「ごちゃごちゃうるさい奴だな。全部聞こえてんだよ」
しまったと、気がついた時には、後ろから硬い何かを投げつけられた。
痛い。立ち上がろうとすると、蹴りを腹に入れられる。
昨日の夜から体がおかしい、全身筋肉痛みたいになってるし、関節も凝り固まったみたいに動きが悪い。これではまともに戦えない。
「逃げろ」
「逃げさせないんだわ。こいつら売らなきゃ、割に合わないんでね」
双子が軽装の男に捕まる。
「お前ら、人売りの輩か」
船に乗ってる時に聞いたぞ、亜人種を捕まえて売る奴らがいると。
「触らないで!」
捕まっていた二人が、炎の魔術を同時に使う。
「てめぇ!」
男の服が燃える。慌てて服を脱いだ。隙だ、撃て。
「チッ。外した…」
片腕をあげると、震えて狙いが定まらない。こんなに近い距離を外してしまう。
だが双子が隙を逃さず、手のひらから火炎を噴射して、追い立てて逃げさせる。その後ろから、もう一人が摑みかかる。
銃を構えたせいで、後ろから踏みつけられる。
「もう。むさ苦しいおじさんですね」
「どこから現れた?なんだ?……体がうごかねぇ…」
侍女が後ろに回っていて、金縛りで仕留めてくれた。
「アルヴィ。やっぱり辛いんだね」
双子に体を起こされる。
「すまない」
双子の母が休めと行った理由と、どこかに行かせたくなかった理由が今わかってきた。全く、計算高い女だ。
「正面からお逃げください。そして、どこか安全な場所へ」
「お母さんはどうなったの?助けに…」
矢が飛んでくる音がした。
矢避けの風を使う。ほぼ同時に矢が窓を割って壁に突き刺さる。
「しゃがめ」
外れたようだ。だが次の矢が風にあたって軌道が変わった。
数人が弓を引いてる、でも意図的に外してる。ならこのまま出口に進め。




