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72話 心滅

「落ち着いて。落ち着いて」

 双子に体を押さえられて、抱きしめられ…体の匂いを嗅がされている?

「もう終わった。だから正気に戻って。落ち着いて」

そうだ…俺は…

「どうなった?」

「大丈夫?」

「凄いことになってたけど。元に戻ったのね?」

「戻った?…」

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 誰かの呼吸音が間近で聞こえる。

「なんだこれ?…」

 右手に何か赤い塊を握っていて、手は血に染まっている。目の前には、血だるまの誰かが浅い呼吸を繰り返していた。足元に脱ぎ捨てられたヘルメットにクドラクが手を伸ばす。そこには血が溜まり、湯だったのかと思うほど湯気がたっていた。

「心…臓を…返せ……」

 どうやらクドラクは目が見えなくなってる。だから熱を頼りに動いている。でも心臓はもう動いていいない。だから熱を持ったヘルメットに近づいている。

「俺は…何をしたんだ?」

 吸血鬼の心臓を止めるなんて…何をしたらそんなことが出来る?

「狂戦士…貴様は……血狂いの龍…怒りに燃え…伏す龍」

 血狂いの龍人?戦闘中の記憶が全くないせいで、何も思い出せない。

「あなたはおしまいよ。舐めてかかった相手に返り討ちにされたの」

 シャーディアが、落ちている心臓を踏み潰して、クドラクの胴体を持ち上げて、影から光の当たる場所に投げ、魔法陣で動きを止める。

「そのまま夜明けまで待ってなさい」

「クソ…同胞達よ…」

吸血鬼は仲間を呼ぼうとした。だが、その力らすらなく、ぐったりと顔を落とす。

「同胞も、もうすぐ狩りつくされるわ」

「我らも落ちぶれたものだ…目の敵のように追い回され、獣のように狩られるなど…」

「あなたはお父さんを殺したじゃない!当然よ!」

「吸血鬼は誰かを殺す。共存もできない奴はそうなるのよ!」

 双子は憤りを隠せないのか、クドラクのボロボロの体に向けて魔術を放つ。

 サキュバスは家族のつながりは人間よりも強い。サキュバスという種族が、性に強い結びつきがあり、信仰する故に、子を産んだ母体と、それを産ませた父は大切な存在であるというのがサキュバスの風習だ。

「貴様らのような依存種が、我らの血統を語るな!ガハッ…」

「動いたらダメ。地面に伏して、ただ死ぬ時を待ちなさい。あなたがお父さんを生きたまま解体したみたいにね」


「むぅ。もう終わってしまったようだ」

「ちぇっ!クドラクなんて上位種を素人に倒されちまうとはな」

「残りの雑魚どもを倒してきてくれ」

「あいよ」

 閃光を放つ一つの影が空に飛び立ち、建物の上から、全身真っ黒のコートに黒い帽子を被った背の高い男が、目の前に降り立つ。


「驚かせてすまない。私は吸血鬼狩りを生業としている、アルカード。まあ、私の名などどうでもいいだろうが…」

 アルカードという名の男は、倒れる吸血鬼の顔を掴み、口に大蒜を噛ませる。

「これでこいつは、朝までぐっすりだろう」

「ニンニクが苦手ってのは本当なんだな…」

「苦手ではなく、奴らの大好物だ。だが幻覚作用があるので、これを食せば当分は目覚めない」

 アルカードはこちらに向き直す。腰には血がポタポタと滴っているスパイクメイスと、真っ赤に染まった鞭が目立つ。まさしく吸血鬼狩りの武器。しかし、その顔は透き通った白い肌の、色男といった風、いや女と見間違えるぐらいの整った顔立ちだ。

「君が倒したのかな?手が血に濡れている。それでは手が滑るだろう」

 水の入った瓶で手の血を洗い流して、ハンカチで拭ってくれた。とても親切な人だ。

「どうやらそうらしい」

「本当に彼が倒したの。クドラクは手も足も出せずに、八つ裂きの血だるまにされて心臓を抉り出されたの」

「ねえお母さんは?あの人に任せて本当に大丈夫なの?」


「ご安心を。彼女はもう無事で…」

 僧侶風の坊主頭の体の大きな男が、双子の母親を連れている。それに気づいた双子が、その男を退かすように飛ばして、母親の無事を喜ぶ。

「よかった。呪いは消えたんだな。感謝する」

「いえ、礼を言うのはこちらです。拙僧の名前はアシュヴィン。アシュヴィン・ハリという名の一介の僧侶にて。強い呪いに罹っていて、あのままでは朝まで耐えれたかどうか。手遅れになる前に助けられて安心いたした」

「アルヴィだ。あんたも吸血鬼狩りの狩人か?」

「ええ、狩人…」

 アシュヴィンは暗い顔になってしまった。

「嫌な言い方だったか?悪い」

「ああ!どうかお気になさらず。夜なので、少々疲れてしまっただけです」

 アシュヴィンは気にしないでくれと言ってくれたが、なんとなく、あまり狩人と呼ばれる事をよく思っていないのかもしれない。余計なことを言ってしまった。

「それではアルヴィ君。いや!友達でもないのに失礼をした。アルヴィさん。事の顛末を聞かせてもらませんか?」

 アルカードの態度は腰が低い、丁寧というより、おどおどしていると言っていいのかもしれない。

「アルヴィで構わない。だが記憶がないので何も話せない」

「それは私たちが話します」

 双子達、よく見れば髪や服が煤けている。地肌にも火傷の跡が見えた。まさか…俺がやったのか?

 さっきから嫌な予感しかしない。絶対何かやらかしてる。


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