70話 祭りの終わり
「入って!」
貴族の家だが、普通の家と大して変わらないんだな。もっとギラギラした豪邸かと思ったが、違ったようだ。
「待っていたよ!!」
小柄な男に飛びつかれる。
「どうした?」
「あなたにお会いしたかった。あの時は大した礼もできず、すまなかった」
「ギルドから報酬は受け取っている」
「君は私の命よりも大切な人を救ってくれた。それなのに私は気が動転していて、礼をせねばと翌日訪ねた時にはもう別の所に行ってしまっていてね。そのまま言いそびれてしまっていた」
握手をした手をブンブンと振るわれる。
「そ、そうか」
「すまない!さあ席に着いてくだされ」
玄関から、客間に入ると異臭が漂う。
『アルヴィ。気をつけて』
ニオが悪臭で目覚めたようだ。
ああ、俺もわかった。血が焦げる匂いだ。別に鼻が効くわけでもないが、この匂いは死体が焼けてる時に出す匂いだ。すぐにわかった。戦場で焼けた死体から匂っていた。
「なあ、何か焼いてるか?」
「へ?」
気色悪い。こいつら上級吸血鬼だ。
「客に共食いさせるのは、あまりに礼儀知らずってもんじゃないか?」
調理場に見えた。あれは動物の腸じゃなくて、人の腸だ。クソっ…気分が悪くなってきた。
「お前ら、ここの家族全員の皮を被ってるな」
どうする?このままでは死ぬ。ドアに向かってゆっくり後ずさりするしかない。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
あの二人は吸血鬼に脅されてるだけか…それに、あの双子はサキュバスに見える。多分だが、体臭を嗅いだせいで俺の思考が乱された。でもこの焼ける匂いで目が覚めたってことか。
「逃げないでくださいよ」
ゆっくりと近づいてくる。その言い表しようのない威圧感に背筋が凍る。
「俺の体が目当てか?」
だが吸血鬼を相手に銃は効果が薄い。再生力が異常に高いせいで、裂傷の傷はすぐに治る。吸血鬼ハンターは肉を削るための鞭と、骨を砕くためのメイスを持つ。でも今、その手段はどこにもない。
「私も本意ではないんです。ですが我らは追われる身。逃れるには、別の誰か、になるしかない」
「なんで俺の体がいるんだ?」
「あなたは、今まさに王の信頼を得ている。そこから私が王に会い、その体をもらう」
なるほど。王様の体に乗り移れば自由になんでもできると思ったわけか…
「それは、いいよとは言えないな」
誰もが、今日は油断している。その隙を闇に潜む者たちは狙っている。全く…ここは蠍の使徒だけじゃなく、それ以外の問題も溢れている。ギルドが無いせいか、国が気付いていない、災いの元が至るところに存在している気がしてしまう。
「黙って譲ってくれれば、苦しめずに殺す。約束しよう」
ドアまでが遠い。このままではやられる。
「クソ!」
フラッシュバンを投げ、双子を引っ張って出口まで走る。
出口のドアにまで黒い影が伸び、その影から吸血鬼が姿を表す。
皺の寄った爺の顔だが、異常なまでに発達した筋肉に黒い体毛を持ち、しかも耳が短く、牙が長い…こいつクドラクか。純血種だぞ…
「待つんだ」
「勘弁してくれ…」
あの筋肉は金属も引き裂く。銃弾なんて物は簡単に弾き飛ばされるぞ。
ジリジリと客間に戻される。
まずい事になった。この違和感に気付きながら、ホイホイと誘いに乗ったことを後悔している。
「やぁあ!」
「待て!」
気圧されていたシャーディアが、吸血鬼に飛びかかる。
「ギャッ!」
その首は両腕に捕まれ、たやすくねじ切られる。首があらぬ方向に曲がってしまっている。
「お姉ちゃん!!!」
「助けようという度量に絆されましたかな?でも無理なことはよく知っているでしょう?」
ああ。今の俺にはどうしようもない。だから本気で逃げるしかない。でもシャーディアの攻撃で、詠唱の隙ができた。
手から衝撃波の魔術を放つ。それはあり得ないほど、強力な衝撃を生み、吸血鬼が背にしていた壁ごと吹き飛ばす。
「なんだ!?」
蠍の使徒が落とした水晶が今まで以上に振動している。まさか、これが原因か?
「どういうことですか?私の住処をよくもここまで破壊してくれましたね」
「ここに吸血鬼がいるぞ!!!!!」
いつもは出さないほどの大声で叫ぶ。
こうするしかない。吸血鬼は一対一では勝ち目はない。
周りにいた人々は動揺するが、事態を察し逃げ始め、あたりにいた衛兵たちが集まり始める。
「余計なことをしてくれる…死ぬ前の晩餐をせっかく用意して、もてなしてあげようと思ったのに…」
クドラクが大きく口を開くと、つんざくような超高音の音波を発する。
「聴いちゃダメ!」
後ろからナディアが俺の耳を抑える。
「お前は!?」
「いいの。大丈夫…だから…」
ナディアの耳と目からは血が出ている。大丈夫なわけがないだろ。
耳を抑えるナディアと倒れるシャーディアを引いて、そのまま回避で大きく距離を取り、建物の影に入る。
「なんだあの音波…耳が痛い…」
「仲間を呼んだの… その…ごめんなさい。お母さんの命を守るためには、従うしかなかったの」
「吸血鬼に脅されたら、仕方ない」
クソ。とんでもない事になった。俺がこの世界に来るまでの一番の脅威だった吸血鬼、それの残党は未だにいたるところに残っていると聴いていたが、目の前に現れるとは思わなかった。
「シャーディアはまだ生きてるな?」
「うん。まだ生きてる。首が痛いけど」
魔族はさすがにしぶといな。首を折られても生きてるとは…
「お母さんを助けに行かないと!あいつに呪いの楔を打たれてるから、ほっておいたら殺されちゃう!」
「お願い。助けてくれる?」
だが、元をたどればこいつが俺を惑わした。どうする?信用できるのか?でも二人は真剣な眼差しだ。
「ああ。報酬はもらうぞ」
「解呪は私たちでやるから。あなたにはお母さんが育てた、下級吸血鬼を倒して欲しいの」
「了解した」
「その、早いかもしれないけど、ありがとう。大好きよ」
「ごめんなさい…」
双子に力強く抱きしめられるが、それを突き放す。
「信用したわけじゃない。お前らはこれから態度で示せ」
「もちろん。お母さんを助けなきゃ」




