61話 怒りと理性
強い怒りは、体を拘束していた痺れを消し、もう一度立ち上がる力を与える。
「まだやれる」
「それは、どちらの意思かな?」
今までは怖い顔と思っていたが、もはやその恐れる気持ちも怒りとともに消えた。
「俺の思考を乱しているのはお前だ」
奴の姿を視界に入れると思考が乱れてくる。それは、ムカつく上官を見ている時の感覚に似ている。でも、もしそれが奴のカラクリだとすれば、そう考えると、思い通りになっている自分への怒りに変わってきた。
きっと、これが力を制御する方法だ。
「いいや。君の心が変化しているだけだ」
「バカバカしい。俺はお前が原因と確信した。そして、お前の正体も検討がついた。そしてそれを今から確かめる」
『やるぞ…』
目の前にいる、魔王の体に掴みかかり、揉み合う状況になる。
「まるで飢えた狼のようだ。君は獣と変わらないなぁ」
「黙れ!」
ベラベラと喋る口を、拳でカチ上げる。
歯と歯がかち合う音がし、口から血が溢れ出る。
「きぃ、きぁま!」
口を押さえて、魔力の防壁で身を覆う。
「どうした、もっと煽り文句をきかせてくれよ」
「ら、らまれ!」
「楽しそうなことをやっているね、私も手伝わせてもらおうかな?ふぅ。間に合った」
魔力の門から、魔王がもう一人現れ、防壁を魔術で打ち砕く。
「やはり偽物だったか」
「君ぃ、でもちょっと信じてたじゃないか。傷つくなぁ」
「まだ、顔見知り程度の関係じゃないか」
「確かに!ハッハッハ!じゃあ、合わせたまえよ」
「わかった」
魔王は瞬間移動を行い、偽物の魔王の背中に回る。
「素敵な羽だ、これはいくらで買ったんだ?ハッハ!」
笑いながら、羽をむしり取る。
「ほら!がら空きの腹に、痛いのを喰らわせるてやるんだ」
「言われなくても!」
跳躍して、腹部を殴る。拳は柔らかいみぞおちに突き刺さる。
「うぬっ…」
「わお、これは痛そうだ」
魔王は、同じ姿の偽物を、まるで社交ダンスのように、踊らせて、抱き寄せる。
「素敵な君。君はモノマネが得意なようだ。なら不幸にも人間に捕まり、体を絞られたカエルのモノマネはどうだい?」
魔王が突き放し、両手を広げると、魔力の壁が現れて、膝をついていた体を挟み込む。
「ぬぅ!」
偽物の魔王は、挟まれた体から、まるで豆が飛び出るように脱ぎ捨て、俺の体に体当たりしながら、距離を取るように四つ足で走りまわる。
立ち上がったその姿は明らかに不潔そうな、ネズミの顔をした背中の曲がった獣人だ。
「なんと!お前はラタトスクだな。まさか、お前のような薄汚い鼠風情が天使を語っていたとはねぇ。度し難い、度し難いぞ」
魔王が蹴り飛ばした抜け殻からは、不衛生なトイレのような匂いが漂う。
「人にも、悪魔にも、不死にもなれなかったお前が、私をバカにできるかな?」
背中を震わせると、尖った棘が服を破って現れ、それを抜き投げつける。それは巨大化し尖った銛のように飛来して、魔王の体にささる。
「ウグッ!」
棘は胴体を貫通していた。




