58話 恐れ
意識が何かに乗っ取られ、俺は何も持たない姿で白黒の世界に来てしまった。
何故か全身の毛が逆立つ。何か恐ろしいどこかに来てしまった、それだけが分かる。でもこれは夢ではない、確かに足の裏から地に立っていることを感じている。そして何かに監視されているような気がして振り向く。
「お前は…」
ありえない、俺が過去殺害した敵軍の将軍、だが何故お前が目の前にいる?
戸惑いをよそに、奴は俺に拳銃を向ける。
とっさに飛びかかり、右手から拳銃を奪い取る。しかし奪い取った拳銃は掴んだ手から砂のように消え去る。
「はっ…!」
気が付いた時には遅かった。胸を撃たれた。奴はまだ拳銃を持っていたんだ。
黒い血が流れる。だがくたばるわけにはいかない。
銃撃を食らいながら組みつく。後ろに回って、膝を蹴り、かかとを踏み抑え、その首を腕で絞め上げる。
「くたばれ!」
「ぐぅ…」
もがく力は弱い。
力を強める。
「死んだか…」
腕から離れた体は、倒れこみ白い地面に飲まれるように消えていく。
こいつは畜生だ、捕虜を惨殺し、街に毒を使って民間人を殺した。奴の最後は俺たちの部隊に捕らえられた後、民間の反抗勢力に殺された。そう、殺された。死んだんだ、それがなんで俺の前に現れた?
「何がどうなっているんだ…」
考える暇もなく、チンピラのような軽装の、様々な人種の若い男達。アサルトライフルや軽機関銃を構えている。
こいつは、治安維持任務に当たっていた時に戦った、反政府勢力という名の武装ギャング。活動費の為という名目で略奪を働き、違法な人体改造チップを売りさばき、高価な銃器、兵器を多数所持していた集団だ。
構成員は戦争難民が多かったが、一年足らずで壊滅させられた。しかし奴らの報復の方法が兵士、政治家の家族を狙う陰湿なやり方で、指導者のみならず、構成員の多くが死刑になった。
その奴らが俺を取り囲んでいる。
「なぜ撃ってこない…」
俺の記憶の奴らはこの状況で引き金を引かないはずがない。
取り囲む集団から、顔を目出し帽で覆った小柄な男が進み出て、目前にまで迫る。武器を持っている様子もない。
「お前は?…」
目の前の男の目出し帽を取る。顔の左側から肩にかけてひどく焼けただれ、白い義眼が入ったその顔。俺が追っていた、犯罪者のボスの一人だ。
「キョウフのきおくはアマイ」
首を両手で絞められ、体が宙に浮き上がる。
「お前!」
その顔がドロドロと溶け、別の恐ろしい顔が現れる。そのつらは目も鼻もなく、ただ口があるだけ。そして不気味なまでに舌が長い。
「君がいくら取り繕おうと、強い死の恐怖は身に残っている」
顔をその長い舌で舐められる。
「ぐっ…何が目的だ?」
「キョウフ、キョウフをよこせ」
「意味がわからん!」
強い力で地面に押し倒される。取り囲む者たちの顔も同じような顔で、口だけが不気味につり上り笑っている。
なんだ!何がどうなっている?
「クソッ!離れろ!!」
首を絞める力が強くなっている、周りの奴らが身体中に噛み付いてくる。
痛い、鮮明に痛覚が刺激されている、これは夢じゃない。
「ウマイ。アマイ」
足首や肩、至るとこが痛い。そこから血が滲んで、奴らはそれを舐め、美味いと言っている。なんだ?なんなんだ?わからない?ただ全身が恐怖で包まれている。
「あーん」
首を噛まれている。痛い。
理由はいい。このままでは、殺される。
腋を膝で蹴り上げる。姿勢を崩し俺の上に倒れた面の無い男の首を絞める。首の骨が折れる音が響いた。
「どうして?」
首を枝を折るように…
今、俺の腕にはありえないほど強い力が宿っている。なぜかは知らない、ただ切り抜ける為には戦わなければ。
足に噛み付く男の首根っこを掴み、集団に投げつける。
「キョウ…」
「黙ってろ!」
倒れながら、恐怖と呟くその顔を踏み潰す。トマトを踏み潰すように簡単に潰れる。
「たべさせろ!」
肩を掴み、押し倒され、首を噛もうと牙を剥く。鋭い獅子のような牙が喉仏に触る。
「くう…!』
その口の中に手を突っ込んで、顎を引き剥がす。
「ありえない…ありえない力だ…」
「ハッハッ、いいだろう?」
「お前…」
見覚えのある恐ろしい顔、まさか…
「強い力で敵を引き裂くのは気持ちいいだろう?」
後ろから、大きな蜘蛛が現れる。
「腹が減っていた」
幼い子供の声で、喋った、のか?…
羽を引きずる大きな蝙蝠
「我が主人の無念を晴らすため…」
呪うような低い声。
今、さっきまで戦っていた大蠍
「人間は私の住処を当然のように踏み荒す」
悲しみがこもった甲高い女の声。
「さあ、引き裂きたまえ。今の君にはそれができる。生き残るために力を振るいたまえよ」
魔王に手を取られる。




