57話 驟雨
「この!」
アルヴィ殿が対峙したという施しの天使、恐ろしい強さ。兵士たちを瞬く間に一蹴し、凌ぎきれたのは私とヴェルフだけ。ただ凌げただけで、こちらも手傷を負ってしまった。
「これが自然の意志だ。龍の子らが進化することで増えすぎた人間を淘汰する」
「それは阻止せねばならん」
その剣の腕は天使にも届く。ヴェルフ、やはり頼りになる男だ。
私は力一杯槌を振るう。確かに当たっているが手応えがない。こやつ、どういう幻術なのだ?
「ボルド、我らでは相手にならんな」
「これほどとはな」
「諦めて、進化を見届けるのだ」
天使は手を振りかざす。これは大きな攻撃が来るだろう、ヴェルフ盾の裏に隠れさせようと腕を掴むが、これでは間に合わない…
あわやという瞬間、黒い影が天使に襲いかかる。
「ご無事か?」
見覚えのある紳士。彼は!
「グラント殿!」
「心配ゆえ、手伝いに参りました。我らも老練の腕を見せてやりましょう」
私たちの肩を力強く、鼓舞するように叩くグラント殿。
息を整えゆっくりと構える。二人は連戦の猛者。私も負けてはいられない。強敵だが、決してアルヴィ殿の元に行かせるわけにはいかない。ここで食い止めるぞ。
「愚か者め、叶わぬことと知れ」
強い衝撃波、だがこのスキルと我が盾に防げぬものはない。
攻撃の終わりを見て、グラント殿の打ちこみ。さすがの縮地、ものの一瞬で天使の眼前まで距離を詰めた。
だが天使は何か手をかざすと、攻撃がそこで止まっているように見えた。
「防ぐか!ならば何度でも打ち込んでやろう!」
なるほど!攻撃を防ぐということは、効いていないのではなく、打ち消している。そこに必ず隙が生まれる。
私はなんと愚かか、あの見てくれに騙され、自然と守りの側に回っていた。だが攻撃こそが最大の防御である!ならばこんな盾はいらぬ、両手で槌を持てばよいではないか!
「ゆくぞ!」
ヴェルフも事に気がついたようだ。私も合わせよう。
「数が増えただけのこと」
翼が開き、閃光が輝く。
「怯みなどせぬわ!!」
槌を振りかぶり横に振る。翼を巻き込み、奴の胴に当たった。確かに手応えがあったぞ。
そして真上からの切り掛かり、続いて神速の正拳突き。
「愚かな者よ、これが自然の真意であるというのに」
二人の追撃も確かに当たっていたが、血も流れず、痛がる様子もない。
「だが、貴様らの剛毅は認めよう」
戦いの最中に相手を褒めるとはなぁ。余裕の表れだろうか?明らかに私たちを格下に見ている。
「あの男は諦めたようだが」
アルヴィ殿が空を見上げ立ち尽くし、周りに弓兵が倒れている。
「それはありえない。あの人は考えを巡らせているだけだ」
「どうだろうか?もしや、逃げることを…なに…?」
天使が蠍の方に目をやっていた。それを見逃さず、グラント殿が渾身の一撃を腹に向けて打ち込む。衝撃で後ずさりし、膝をつかせる。
「クッ…痛いぞ…」
みぞおちへの痛打、動けなくなること必至だ。今取り押さえなければ!
「余所見など、油断しすぎではないか?」
「こんなに早く弱点に気がつくとは、天は奴の味方か…これは部が悪いようだ…」
そう呟くや否や、体をつかんでいたが、すり抜けるように姿を蝗の群れに変えて空に飛び立ってしまった。
「逃げたか、曲芸師のような奴だ」
「ここは私にお任せて、お二人は早くアルヴィ様の援護に向かわれよ」
そうであった!早く行かねば!
「アルヴィ殿!ご無事か?」
ボルドとヴェルフが助けに来てくれたか。天使を倒したんだろうか?
「ああ、天使はどうなった?」
「突然姿を変えて去ってしまいました。倒れた兵士たちはグラントが運び出しています」
グラントも来てくれたのか。あの男はかなりの手練れ、天使を退けたのも納得できる。
「残念ながら、こっちはかなり困ってる」
上を見れば上空を円を描きながら旋回している。飛行機を相手にしてるみたいだ。
「悠々と飛んでいますな。あれでは私の攻撃は届かない」
「疲れるまで耐えるしかないか…」
「奴の気が変わったらどうするのです?」
「水が効くんだな?見ていたぞ」
「ルル!よかった、無事だったか」
「ああ、とっさに地面に伏せたおかげで、隣にいた二人と私は助かった。それでどうしようか?かなりの難敵のようだ」
「何度も襲ってきていたのは今回の奴でしょう。矢を弾き返してくるところが同じだ」
「残念ながら今の俺らには有効な手がない」
「城まで撤退しますか?あそこにはワイバーン用の兵器も、火筒もあります」
「それじゃあ落とせないわ。私にもっといい考えがあるのだけど?」
ニオが自信ありげに腕を組んでいる。
「何か策があるのか?」
「私を空に向けて放ちなさい。雷を呼んであげる」
「そんなことが出来るのか?」
「私は始まりの龍の分身、天気を変えるなんて余裕よ。それにあなたは雨が降ればいいと願っていたでしょ?でもそんな奇跡を待つのは無理、だから諦めた、違う?」
「確かにそうだ。でもそれを撃ったとして、トドメはどうやって刺す?」
「それはあの暴れん坊蝙蝠の石に頼ることにするわ、私の力と相反する力だから不安はあるけど」
「問題ないのか?お前は要だ、不確定なことはしないほうが…」
「もうゴタゴタ心配しない!やるの?やらないの?それを決めて」
「わかった…やろう」
差し出された手を握ると、大型拳銃に姿を変える。それを握り、空に向けその重たい引き金を引く。
けたたましい龍の咆哮を鳴らし、凄まじい衝撃が渦を巻いて空を穿ち、雲が大穴を開けて天から赤黒い光が放たれる。ただその衝撃波はとても冷たく、カメラアイが曇る。
すると空が急に暗くなり、ゴロゴロと雷を伴って雲が立ち込み、雨が降り始める。
「凄いぞ!」
仲間たちも歓声を上げている。天気を変えるなんて芸当がまさかできるとは思いもしなかった。
「ふぅ…」
人の形に姿を戻したニオを抱きかかえる形になる。その顔から疲れが見える、相当無理をしているようだ。
「少し息を整えさせて…」
「もう一度できるか?」
「頑張るわ。でも三度目はないからね」
「ああ。失敗はしない」
目の前に羽を濡らした蠍の使徒が地面に降り立つ。
体をよじりながら爆発を起こそうとしているが、濡れたせいで爆発が起こらない。やはり火薬に近い物質を摩擦することで爆発を起こしているようだな。雨が降ったことは反撃のきっかけとなった。
ニオにペンダントを渡し、弾倉により貫通力の高い徹甲弾を装填する。側に立つ三人も武器を構え、敵を見据えている。雨で足取りが重くなろうと、必ずここで仕留めなければ。
「ここで倒す」
セレクターをフルオートに入れて弾倉を打ち切る。
爪で体を守っている、だが確かに弾丸は甲殻を貫通している。黒い体液が出ているのが証拠だ。
「切り込むぞ!」
「ルル、尻尾を狙え」
弾倉を新しく交換する。
「分かった」
キリキリと弓を引く音がする。そうして小さくアイスエンチャントと言った後、氷を纏った矢じりが尻尾の根元に刺さると、霜が発生する。その部分は衝撃に弱くなる。5.56mmの弾丸でも当たれば、そこから亀裂が走るはずだ。
しっかり狙いをつけて、引き金を引く。命中した弾が尻尾を半ばまで砕き、引っ張ればちぎれそうなぐらい破壊する。
「これで一つ武器を奪った」
それを見ていたヴェルフが回転しながら剣で切り落とす。
蠍は素早くと横移動しながら、ヴェルフを睨んでいる。その背後から、ボルドが槌を力一杯古い足を叩く。
「足も貰ったぞ!」
体制が崩れるが羽を動かすことで一瞬で姿勢を整え、極低空だが体を浮かばせ、体を回転させながら鋏を振り回す。
「二度目はない」
同時に二本放たれた矢は濡れた羽を凍らせる。そこに射撃を行い、羽を砕く。
奴が目に見えて弱っているのがわかる。
「ニオ!いけるか?」
「ええ、体の熱も下がってきたところよ」
「トドメだ」
「分かった…」
今までになかった、両手で支えるのもやっとな重さの大口径のライフル。いやレールガンと言うべき姿に変形する。そこから伸びるコードが腕に突き刺さり、そこから血が吸い取られていくのがわかる。
『アルヴィ、あなたの血をちょうだい。思ったより、魔力の再生が遅いみたいなの。ごめんね。でも大きいこっちの方が好みでしょ?さあ、レバーを押し込んで』
「ああ。派手に行こう」
大砲に流れていく血が熱くなっているのを感じる。これが魔力を吸われている感覚か。
レバーを押し込むと、より一層流れる血が熱を帯び、銃口の奥が輝きを放つ。
喉を鳴らすように高音を鳴らし、その砲身が目の前の相手を殺すことを待ちわびるように、小刻みに振動をしている。
『さあ、引き金を引きなさい』
言葉に従う。
鳥のような高い発射音を鳴らし、鋭く尖った血の楔が突き刺さり、貫通する。
息を飲んだ瞬間。
内側から針のように分裂した棘が甲殻を穿ち、体内から四方に飛び出す。
もがくこともなく蠍は静かに絶命した。
その巨体は形も残さずドロドロと崩れ、さっきまでの存在はただの黒いタールだまりに変わってしまった。
「ふふん。どうだった?センシャ?それの記憶を借りて真似して見たの。テッコウリュウダンって言うのでしょう?リュウダンだなんていい名前ね?」
ニオは無邪気に笑っている。
「ああ…字は違うがな」
どっと疲れた。立ってるのもやっとだ…
「あら。アルヴィは疲れたのね?私はあなたの血のおかげで元気になったけれど」
「そうか…」
頭が痛い…割れるようだ…
「ああ!大丈夫?ねぇ…起き…」
なんだ?意識が何かに乗っ取られたような…わからない…強い恐怖を感じる…周りの景色がぼやける、何も聞こえない…何が起きてる?…




