56話 苦戦
「というのが現状だ。早いこと対処しないと手遅れになる」
王やその他の関係者に現状を報告する。慌てる者も出てくるかと思ったが、みんな冷静だった。
「こんな気はしていました。すぐさま民を避難させましょう」
「ダメだ、混乱を招いてしまう」
ただやはり意見が分かれ始める。だが王はそれを予見していたように机を叩き、視線を集める。
「我が命を下す!兵を招集し、正面城門に集合。その後敵を撃滅しろ!」
「ならすぐに兵士を招集します」
「いや!城の守りに回すべきだ」
「認めない!今までずっとずっと守ってきた。そのせいで兵士も民もこの地も多くが傷ついた。これで終わりにするのだ!我が父の剣に誓おうではないか!必ず勝利すると!」
王は机に剣を突き刺し、拳を突き上げる。
『必勝!必勝!必勝!』
城内に響き渡る歓声、彼らの結束の強さを強く感じた。
集まった兵士は五十人ほど、万全の状態で英気がある兵士を選んだ結果だ。
「どうです。勝てるとお思いか?」
ヴェルフと兵士とともに行軍しながら会話する。ヴェルフの表情には自信が見て取れるが、やはり上官としての公平な判断をしているのだろう。
「わからない。それに施しの天使とやらがまた現れたら厳しい状況になる」
「そうですか。ですがもし其奴が現れても、あなたは使徒だけに集中してください。あなただけがとどめをさせるのですから」
「ああわかってる。でも…」
「面妖な天使など、私は恐れません」
前列の兵士達がざわめき始める。
「何が起きている?」
「前方に蠍の使徒、どうやら羽が生えている模様です。現在は羽を休めている状態です」
先鋒として偵察に向かっていた兵士が報告する。
「羽化したのか。砂嵐がおさまるのを待ったからだな」
「ですが、こればかりは仕方がない。ですがまだ羽が生えたばかり。急ぐぞ!!」
距離は近い、早足で現場に向かう。
「あれか…」
黒い甲皮に覆われた巨大な蠍、前回の蠍を上回る大きさ、大型トレーラー2台分はありそうだ。そして背中から昆虫のような薄い羽が生え、しかも全体的に体のあちこちが凸凹と歪んでしまっているようで醜い見た目になっている。
こちらを見つけ体を動かすと、キリキリと金属が擦れて軋むような音が鳴る。
「気づかれた」
兵士達が武器を構え始める。その瞬間、大爆発が起きて砂が吹き上げられる。
その場にいた皆が驚き、上を見上げる。
空には羽を高速で羽ばたかせ、その巨体を浮き上がらせた蠍の使徒が襲いかかってくる。
「避けろ!」
兵士の一人が鋏に捕らえられ、もがく体の胴体と腰の間を断ち切られてしまう。
空から捕まってしまった兵士の血が降り注ぐ。
その血の中から、飛蝗の群れが現れて頭上から降り注ぐ。それは人の形に集結する。
「進化の邪魔をしてはならない」
頭の上に施しの天使が迫る、その手には魔力で作られた剣が握られている。
「させんぞ!」
施しの天使の急襲に、まるで予想していたかのようにボルドが攻撃を大楯で弾き飛ばし、ヴェルフが斬りかかる。
「クソ!どういう手品だ」
「アルヴィ殿は蠍を!こちらは引き受けます!」
「歩弓兵は彼らを援護しろ!」
『はい!』
弓兵達が空に向けて矢を放つが、この射撃は無意味な威嚇射撃にしかならない。ライフルの射撃は命中していてもほとんど効いている様子がない。相手はただ上空を旋回しながら、こちらが隙を晒すのを待っているようだ。
「飛行機に撃ってるみたいだ」
「ミサイルとやらは使えないのか?」
「熱源がないと誘導できない。燃える物を体に突き刺してくれればいいんだが」
「それは厳しい注文だな」
「何か空から落とす手がいるな」
銃や矢は意味がない。ミサイルも無理。原始的だが縄や網で空から落とすしかないか。
重りを縄につないで投げつけるボーラという物がある。それをなんとか引っ掛けられれば、空から落ちてくれるかもしれない。成功確率は低いだろうがやってみる価値はある。
「水筒を借りるぞ」
バックに入っているロープに、水が満杯に入った水筒を五つ括り付ける。即席だが、要は遠心力を産みさえすればいい。あとは順当に絡みつくはずだ。
爺さんに教えてもらって、飛んでる鴨を捕まえたこともある。要領は掴んでる。
よしやるぞ。
「こっちだ!こっちに来い!」
皆から離れて挑発する。必ず集団からはぐれた奴を狙ってくるはずだ。
奴が来た時に備えて、ボーラを大きく振り回し、投げつける準備をする。
好機と見たのか急降下しながら、真上からその太い尻尾を使って急襲される。
「これは無理だ」
『軽戦士の回避』で攻撃を避ける。
使徒が高速で羽を動かしている影響で砂がまき上る。あの巨体を動かすのにはかなりのエネルギーがいるだろう。必ず疲れてくるはずだ。
「危ない!戻れ!!」
兵士達が援護射撃で、蠍をまた上空に追いやってしまう。
「撃つな!」
「何言ってる!?死にたいのか!」
「頼む、いい角度から来てくれ」
理想は低空から鋏で捕らえにくることだ。できる限りまっすぐ来て欲しい、確実に当てたい。
「無茶だ、戻れ!」
やはり来た。まっすぐ俺を捕まえ、そのまま上空で殺そうとしている。
静かな殺意が向けられているのを強く感じる。でも戦場ではいつものことだ。怖くても手は動く。動かせなければ死ぬだけだ。
「かかれ!」
大きく振り回してボーラを投げつける。
ボーラは蠍の使徒の右鋏に絡み、腕を捕らえ、使徒は姿勢を崩して地面に墜落する。
しかし次の瞬間、凄まじい爆発がまた起こる。
飛ぶときに発生する爆発かと思っていたが違う。体から煙が出ているのを見ると、自らを中心に何らかの力で爆発を起こしているのがわかる。
「無駄だった」
繋げていた水筒がそばに転がってきている。もちろん腕についていたボーラは衝撃でちぎられてしまっている。
「奴を飛ばさせるな!!撃て!」
指揮官の掛け声で兵士達が弓を構える。
蠍は金属が軋む音を鳴らしながら、射掛けられた矢をはじき返すように、体を震わせ始める。一瞬体表が発光した後、再度爆発が起こる。
爆風に耐えるため、地面に伏せる。
「どうなった…」
バラバラに砕けた矢が弾き返され、さっきまで弓を引いていた兵士達が吹き飛ばされ、倒れてしまっている。
ルルはどうなった?…兵士達は無事なのか?
ただ心配をよそに。奴の狙いは俺になる。
「まずい…」
爆発が来る。回避では避けられない、矢避けも意味がない。
「ハッ…!」
最大限の力で衝撃波の魔術を放つ。
爆発の波に衝撃波をぶつけて相殺する。だがそれでも体がひっくり返り、後方に転がるほどの強い衝撃をぶつけられる。
俺が使う衝撃波の魔術では、攻撃を軽減するのが限界、これを続けるのは危険だ。
だが奴は情けも容赦ない。再度体を震わせはじめる。
「閃光…煙…」
魔術の爆発は煙を出さない。煙が出る爆発は人工的な爆発に近い。そういえば爆発の前に金属が軋む音がしていた。関節の軋みの音かと思って気にしていなかったが、発火する物質を分泌していたという可能性がある。
火薬で爆発してるなら、水に弱いかもしれない。なんでも試してみよう。
地面に伏せながら、足元に転がっていた水筒を掴み、投げつけ、ライフルで狙いを定める。
「当たれ…」
息を吐き、引き金を引く。
パシャンと水筒が砕ける。
中身の水が飛び散り、振りかかると、蠍は突然羽を動かし始める。
また砂が巻き上がり、姿を確認できなくなる。
蠍の使徒は水をかけられたことに気がつくと、距離を取るように空に飛び上がってしまった。
困った。奴には本能の中にある知性のようなものを確かに持っている。同じ手には乗らないだろう。
弓、ライフルの弾丸は前回現れた蠍と違い、全く効いている様子がない。機関銃で掃射するのも考えたが、動きが取れなくなるのは危険がある。
今の状況では手詰まりだ。この場で対抗できる方法がない。




