140話 渡りに船
「悪いね旦那。今日は乗せられないや」
ケビンは俺たちを乗せることを渋っている。
「頼む。いつもの倍出してもいい」
「いやいや。金の問題じゃない。馬が行きたがらないんだよ。吸血鬼ってのはおっそろしく強い。馬ってのは敏感なんだよ。恐怖を感じ取ると馬小屋から出たがらなくなる」
「都まで歩いて行けって言うのか?山を二回超えるんだ、二日もかかる」
「馬が動かないんじゃ仕方ないだろ?それか鈍感な牛にでも乗るんだな。悪いがもう店じまい。他のところに行っても同じだと思うぞ。とにかく今日は動物全部がおかしい」
「どうする…軍馬を借りてくるか?訓練された軍馬なら怯まないだろ」
「旦那やめときな。馬を盗むのは武器や鎧を盗むよりも罪が重いぜ」
「盗むとは言ってない。借りる…いや…結局返さないと同じか…」
「困っておるのぉ」
「ああ。レームなにか考えは…」
いつものように杖を携え隣に立つよく知った老人。
「戻ったぞぉ!とんでもないことになっとると聞いてな、飛んで帰ってきたわ」
杖で尻を小突かれる。
「驚いた。北の海を越えたって聞いたが」
「わしを誰だと思っとる。チョチョイで帰れるわい。それより、そなたら都に行くのだな。それは良くない。都に向けて吸血鬼が集まっておった。ルル、そなたのところに出たような大きな蝙蝠も大量にな。それとのぉ…背中を向けてるお主、見覚えがあるぞ。顔を見せい!」
レームが杖を向ける。それは雷を帯びているようで青い白い稲妻を発生させている。
「いや…まさか貴殿と見えるとはな」
オズの表情が強張っている。強張っているのか?豹の表情はわかりにくい。だが確かに体が強張っている。
「ふん。魔術も呪術も使えん其方が、今更出てきて何をしておるか」
「私は忠義ものでね。死した主人の意思を尊重しているのだよ」
オズは余裕を見せた動きをしたが、杖が喉元に近づくとまた体が強張り動きを止める。
「それは大変よろしい。まあ、其方にはさほど恨みは持っておらん。だがそれだけではあるまい。どうやってこの者を追った?」
レームは杖でオズを薙ぎ払う。オズの髭が雷に触れて火花を散らす。
「やめてくれ。正直に言うとも。彼はハルファスの権能を与えられている。それを嗅ぎ取っただけだ。私が生きている間は術を操ることも触れることも許されないし、死すれば現世に止まることなく主人の本に戻ることになる。私が悪魔らしいことを何もできないことは知っているだろう?」
「知っておる。だが悪魔に油断することは許されんからのぉ。どうじゃ?未だ制約はしっかりと生きておるか?ほれ」
「うぐっ…」
レームは炎を宿して燃え盛る杖でオズの太ももを突くと、オズは鼻から血を出す。
「主人なき今、悪事を行う理由はない。私はもとより殺しは好かないし…」
「黙れ。じゃがまあよかろう。お主らの仲間も静かに暮らしておるのだな?」
「知らない。貴様らは制約に集うことを許さないと書き記した。もう許してくれ。そしてこの行いは償いの一つと捉えてくれないか?」
オズは鼻血を拭い、レームの目を見つめる。その視線は反省が見て取れるような気がした。
「ふむ。それはわしが決めることではない。でも制約を解除しようとした形跡一切なし。本当に反省しておるのかのぉ?どうあれ其方は知恵ある獣人でしかない。それは殺す意思を持って接されれば為す術もない」
だがレームの瞳はその真偽を疑っているように思う。二人の間には深い溝がある。理解できるが、体感できるものではない。何か口を挟もうと思ったがやめておこう。
「嗚呼そうとも。私に構うよりもやるべきことがあるだろう」
「そうじゃな。また困ったことをしてくれたもんじゃ。ドラクルを蘇らせるとはの。自分の命が狙われるとは考えもしなかったんじゃろうか?まあよい。行先はわかっておるのか?」
「吸血鬼狩りをしているアルカードと申します。まさか救国の英雄のお一人とお話しできるとは。私は奴が今どこにいるかはっきりとわかります」
レームは俺の後ろに隠れるように立っていたアルカードを見つめる。
「お主…色々と苦労したであろうな」
「レームはドラクルと会ったことあるのか?」
「うむ。一戦交えた。まあわしはなんの役にも立たなかったがのぉ。魔術が効かないんじゃどうしようもないからの。いや、効かないわけではないが。サングイン。吸血鬼の体に流れる血、外傷で死ぬことはない」
「だから血に不純物を混ぜることが攻略の鍵なんだよな」
「うむ。その中でも最も吸血鬼を苦しめるのが水銀じゃ。ちゃんと持ってきたか?まあそなたに心配はないか。それではわしが門の魔術を使う。どの街に行けば良い」
「王都シオンベルン。そこに向かっている。まだ到達していないです。待ち構えましょう」
「待つんだ。計画を伝えろ。私はドラクルと協力できると考えている。殺すのではなく、打ち負かすのだ」
「馬鹿を申すな。上級吸血鬼の自尊心がどれだけ高いか知っておるだろう。最終的な目的のためには、悪魔の貴様らは女にも、老人にも、虫けらにでもなれる。だが奴らは違う。どんな目的であれ自分が上位者であることを望む。負かして協力などもってのほかだ」
「あの惨劇を繰り返さないためにも、戦えないまで叩き伏せるのは必要でしょう」
「わかっておる。二人、準備は良いな。魔力を腹にためておけ。門の魔術は少しでも気がそぞろになれば、あらぬ場所に飛ばされるぞ。最悪敵陣ど真ん中もあり得る」
「は?」
レームは準備と言いながら、すぐに腕を捕まれ、全身が冷たい魔力に包み込まれた。