136話 幕間2
「それでだ。あいつ龍の力を持っているのか?」
帰宅早々、椅子に腰掛け聞きたくて仕方なかったことを質問する。
「もう!帰ってきてすぐに…」
レイレイに頭を後ろから小突かれる。
「うーん。正直あんまりわからないのよ。あなたは何か感じた?」
「うむ。私が感じ取ったのは、あの者は吸血鬼の皮を着ただけの蘇る死者であるということだ。見てくれは上品を気取っていたが、中身から全くと言っていいほど覇気を感じなかった」
オズは顔を拭きながら違和感について語る。
「鼻がいいってわけだ」
ルルは弓を下ろしながら挑発するような口ぶりだ。
「否定はできない。過去の私なら魔術を使えたが、今は感覚に頼るほかない。してこの鼻で感じ取ったのは血が乾いた悪臭しかなかった。それはまさに屍喰らいが涎をたらす香りであろうな」
「吸血鬼は不死身なんじゃないのか?」
「錆びない剣、しかし刃こぼれをするし、折れることもある。その折れた刃を直すのに血と肉が必要となる。それが吸血鬼。しかし龍とは本来、錆びなければ、折れることも刃こぼれすることも無い。存在する間、永劫をそのままの姿で過ごす。それが吸血鬼と合わさったらどうなるのであろうな」
「そう。ここからは私の推測だけど、ドラクルちゃんはもはや魔物としての姿は失っているんじゃないかしら。吸血鬼の死体が龍の力を得ただけで、その時の死体の姿を保っているんじゃないかって…」
ドンドンドンと力強く扉を叩く音が響く。
「アルヴィ殿!お戻りか!?」
ボルドと衛兵達が扉の前に立っている。
「無事でしたか!よかった…」
ボルドが兜を外して頭を下げる。後ろに並んでいた兵士たちも兜を外し渋い表情で直立している。
「申し訳ない。私の方は取り逃しました」
「いや、謝ることじゃない。それにな…もっと面倒なことが…」
ボルドは頭を上げて勢いよく立ち上がる。
「吸血鬼!まさかもう目覚めて?」
「知ってたのか?」
「学長が喋ったのです。まさか本当だったとは。この事態、どうか説明を願います。街にいた兵士は一体どこへ?」
「純血のドラクルが蘇ったのよ。一つ聞きたいのだけれど、遺体はしっかりと管理していたのかしら?それとももしかしてアルヴィちゃんが戦った教会にあったの?」
「そ、それは…ええ。確かに教会には切り分けられた遺体の一部が封印されていました。まさかそれが目当てだったのか?…」
「心臓?」
ボルドは苦い表情で頷く。
「なーんでそんな物を大事に保管していたのかしら?」
レイレイがボルドに近づき、問い詰める。その目はいつもの目とは違う。冷たい目だ。
「詳細は知りませんが、あの遺体をどうするかを決めたのはこの地の魔術師達です。中に学長と関係がある魔術師は多くいたでしょう」
「まあ衛兵は深くは立ち入れないわよね」
「そうだ。あいつ結局兵士をどこに連れ去ったか喋らなかったぞ」
「多分旧邸でしょうね。あの男が帰って息を整える場所といえば」
「まさかブリング伯…すみません、すぐに行かないと」
「俺もい…」
ライラーが手を伸ばした先の鞄を持ち上げて遠ざける。ナディアとシャーディアが椅子を近づけて目の前に座り、立ち上がるのを阻止してくる。
「だめだから!」
「アル殿」
後ろに立っていたルルに肩を押さえられる。
「いや…見に行きたい。吸血鬼がどんな存在なのか。俺はまだまだ理解できていない」
「馬鹿者」
後ろに立つルルに頭を引っ叩かれる。
「いいだろ?別に戦いに行くわけじゃない」
「猟犬、今日は些か働きすぎであろう。戦いが続き気分が昂っているのか?ほら、そこな女らを抱いてさっさと寝るのだ」
「アルヴィ殿、我らにお任せください。私は街を守るために戻ってきた。この事態を収めるのに全力を出します」
「人数は足りてるのか?」
「少数ですが皆が精兵ですし、ギルドに残っている傭兵にも掛け合っています。吸血鬼狩りはブレードックに居る傭兵は慣れている。問題なくこなせるはず」
「ドラクルには覇気がなかった。死者達を蘇らせたり、死霊を降霊させて使役するみたいな大掛かりな魔術を行使した様子はないし。ただ自分が存在しやすいように夜の帷を下ろしただけ。多分だけど生まれたての吸血鬼くらい弱いわ」
レイレイが正面に立つ。
「でもね。龍の力を持ってるドラクルはこれから危険になると思うの。だからこの後どうなるか分からない。あなたも休んで。あなたの魔力がないと、鱗も力を無くすんだから。それに…もう一振り」
ペイルが宿る手鎌に触れる。
「うーん。これ……いえ、何でもないわ。衛兵長さん。いつも以上に気をつけて。そしてドラクルが戻ってきても戦ってはダメ。しっかりとあの屋敷は別の人の持ち物って伝えるの」
「承知しました。皆も留意せよ。それではアルヴィ殿、どうかよく休んでください。そして明日、事の次第を聞かせてください」
「分かったよ」
ボルドたちは馬に跨り駆けていった。
「全く。不服そうにするな。ほら装備を外せ!水浴びした方がいい。相当臭ってるぞ」
「私たちが拭いてあげるね!」
「いや、自分でやるよ…」
「恥ずかしがってるのぉ?」
「では私も去るとしよう。毛艶が悪いだの、臭いだのと言われてはかなわん。そして猟犬よ、早いこと休み、次の手を考えるのだ。あの吸血鬼、放っておくと取り返しがつかんぞ」
オズはそう言い残すとトボトボと帰っていった。
「ほら!脱いで!すっごい臭いんだから!」
「分かった、分かった…」
双子に急かされる。仕方ない、だまって休息を取るとしよう。