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135話 怒れる高貴

 私が街に戻った頃には全てが終わっていたようだ。しかし、あれだけいた兵士は丸ごとどこかに消え果てていた。して街全体が季節外れの霧に覆われている。

「一体あれだけいた兵士はどこに消えたと言うのだ…」

 現場指揮官がいるはずの営所がもぬけの殻。営所にあった武器は使われた様子もなく立てかけられたままで放置されている。

 しかし外に繋いであるはずの馬も(ワイバーン)も足跡すら残さず消えている。

「襲撃を受けたのでは?」

「にしては荒らされた様子も何もないではないか」

 戻った衛兵たちも異変に頭を抱える。

「魔術師の巣窟に救援を向かわせたのでは?」

「それじゃあ武器がそのままなのはおかしいんじゃないか?衛兵長我々はどうすれば?」

「実験棟の確認に向かう。各々装備は良いな?何かがおかしい」

 実験棟で戦っていた彼らの安否も気になるところ。早く駆けつけねば。



「アル殿。これはいったい…」

「街が静まりかえっている。何とも面妖な…それに嫌な匂いだ。湿った洞窟で糞に塗れた生き物のような匂いが漂っている」

 事態に際して避難したにしては、あたりが異様な静けさに包まれている。あれだけいた兵士が見当たらない。

「あ!いたよお姉ちゃん!!!」

 双子が駆け寄る。

「シャーディア、ナディア。一体何で来たんだ…」

 二人が両手を取って、魔力を分け与えてくれる。

「待って…少し…」

「そうよ…久しぶりにこんなに走ったわ…待って、胸がこぼれちゃう…」

 レイレイとライラーまでもが遅れて走ってきた。

「よくここに来れたな。警戒網で来れないはずじゃ?」

 ルルがレイレイを支える。

「にしては静かだよな」

「寒気がして。あなた達が心配で飛んできたんです。そしたらこの子達までついていくって」

「その話よ。広域な支配領域が広がっている。上級吸血鬼の中でも特に強い者しか使えない魔術の極地よ」

 レイレイは脂汗を滲ませている。走ってきたから汗をかいているというわけではなさそうだ。

「レイ。何か堪えているのか?」

「ええ。我々の身を守っているの。屋外に出ていた兵士を対象に使い魔が送りこまれて連れ去られたようね。始祖ほどの吸血鬼なら目覚めの食事は相当な量の血が必要でしょうから」

「吸血鬼?何の話だ…」

「ほら頭のそれ外しなさいな。顔をあげて。ほらこれを飲めば家に帰る元気は出るはずよ」

 レイレイに魔力回復の薬を口に突っ込まれる。

「魔女よ。そんな物を飲ませては危険ではないか?」

「大丈夫。私を誰だと思っているの。アルちゃん。必ず帰らせてあげるから、少しの間怖いのを我慢ね」




 誰が私の目覚めを望んだか。

 人に殺される。これは魔物の宿命と、それを受け入れて大地の肥やしとなってやったが。

 何だこの力は。この私の肉体を辱めたな。許せない。このような張りぼての体を保たねばならないとは。ああ!!腹立たしい。この肉体が元に戻ることはもう望まない。しかし、辱めた者は必ず殺さねば。

 我が半身もこの目ざめに気づいたようだ。隼のような速さでこちらに向かってきている。

 だがこの怒り鎮めるためにもまず手近な龍を殺さねば気が済まない。

「鈍い夜だ。これでは私の再誕にふさわしい夜とは言えない。侮蔑者は挽殺しにしてやらねば」

 身を血に変える。

「氷獄の元に帰れ」

 目に前の龍に腕を突き出す。



「な!!」

 何が起きた……胸を手刀で貫かれたが、胸にガラスのような魔力壁が現れ、体には傷一つつかなかった。

 割って入るようにレイレイが前に立つ。

「だめよ。ドラクルちゃん」

「時読みの魔女め。邪魔だてするのなら貴様も」

「よく見なさいな。人の匂いがするでしょう」

「何?これは……失礼した。起き抜けは大変苛立つ性でね」

「あら?思ったより話ができるじゃない」

「私を何だと思っている。高貴な身分である私は自らの失敗をたとえ下等生物であろうとも謝罪することができる。しかし、謝罪を受け取られるのは気に食わないのでいつもなら殺す。なので殺そう」

「彼を殺すなら、あなたをカリカリになるまで焼いてあげる」

 薄汚れた全裸の男はもう一度近づくが、後退りする。

「まて、何だこの匂いは。貴様、腐った死体に抱かれたか?それにそこな猫、なんたる悪臭。汚水に浸かった野良猫のようだ」

「あなたもとても良い匂いとは言えませんがな。陸に打ち上げられた死魚のような匂いだ」

 目の前の紳士然とした男からそんな匂いはしていなかったが。

「いや貴様だよ。貴様、何だその匂いは」

 首筋に顔を近づける。押しのけて距離を取る。突き飛ばした男の顔は青白い生気のない肌で女のような美形だった。しかしなぜか目を瞑っていた。

「だがことの次第は理解した。貴様は狩る側のようだな。いかにも弱そうだが、確かにそうだ。ならば私に龍の力を寄越した者は別にいるな。どこにいる?」


「ライラー…あの男は何者なんだ?」

「上級吸血鬼です。それもクドラクなんか比べ物にならないくらい長く生きている。でもなにか…」

 ライラーが背後で震えているのがわかる。

「そいつはこの場から逃げたよ。後は捕まって戻ってくるか、そのまま逃げられたかのどっちかだ」

「であるか。ならば追えば良いことよ。よし、死ね」

「ダメ」

 レイレイが杖を掲げると、その男の体は球体に閉じ込められる。

「あなたはその水晶の中で弱り切った体を朝日に焼かれて死ぬか。ここを諦めて、あなたを蘇らせた奴を殺しに行くかのどちらか。ここにいる誰も殺させない。それにあなたが攫った兵士たちも返して」

「仕方あるまい。気に入らんが弱った野良犬を殺すより、小賢しい狐を殺す方が少しは気分も晴れよう。早く出してくれ。それに雑兵共からはもう血を徴収した」

「みんな先に帰って」

「そこな者らがよほど大事なようだな。だが私は一度やると言ったことは必ずやる。この場の誰も殺さないし、兵士も返す」

「分かったわよ…」

 レイレイが球体を杖で叩くと、そのまま体を血煙に変えて姿を消した。

「気難しい人でしょ?さあ、帰りましょうよ」

 突然の襲撃に驚いた。あの吸血鬼の男、龍の力を渡した者を探しているようだった。

「待て。あいつ…」

「いいから。気になるなら座って話しましょう」

「そうだよ!もう気力切れでしょ?」

「はい!帰りましょう!」

 双子に手を引かれる。その手は震えていた。

「あいつが怖かったのか?」

「早くここから離れたいよ…気が変わったりしたら大変」

「分かった」

 

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