134話 人の身に宿る龍
「はははっ。しつこいねぇ君たち」
学長は街から北に逃げている。都に入られては探すのに時間がかかる。なんとしても捕らえたい。しかし起伏の激しい道で馬の疲れが溜まっている。山を越えるのは苦しい。しかし学長は魔力が尽きる様子もなく空を悠然と飛び回る。これだけの人数の有利がありながら消耗戦の形相だ。
「それが仕事なのでな。貴殿も諦めてお縄につくのはどうか?」
後ろ向きに放ってきた炎の魔術を盾で受け流す。
「遠慮させてもらうよ。あの転生者にひどいことされるだろうからね。全く、品がない転生者だとは思わないかね。飛び道具を使って、私の芸術作品を壊して…おっと!」
手を広げた隙を見逃さず脂瓶を投げつける。
「人の営みを壊す怪物を作っておいて、何をほざくか!」
馬上からの斧槍の切り込みを魔力の盾で弾き返した、しかし腕を引っ掛けて地面に押し倒す。手綱を右に引いて旋回しながら仲間たちと共に取り囲む。
「突き殺すべきだったねぇ!」
青い炎が馬を焼く。咄嗟に馬から転がり落ちる。魔術師が乗っていた馬ごと火に包まれて、馬が大きくいなないた後力尽きる。
「頼りの魔術師を見たまえよ。あのザマだ」
「承知の内だ!」
踏み込み、槍を強く握って炎に向けて突き込む。
「戦士が魔術師に勝てるかな?」
学長が魔力の剣を突き出す。
「その曖昧な剣筋ではな…!」
魔力の剣を絡めとり、槍の柄で殴りつける。
膝から崩れ落ちた。頭に向けて振り下ろす。
「戦士というのは本当に困るよ」
腹と胸を火が包み込む。
「剣筋?馬鹿だねぇ。魔術に耐性がない君をわざと誘ったんだよ」
「ぬかせ!!」
「は?」
後ろから一斉に槍で突かれる。
「私は一人ではない!」
炎の勢いが緩んだ。
「龍種の血を受け入れて正解だった。すごいと思わないか?神秘に近づくということは。魔力も消費しなければ、体が幾ら傷付けられようと何もなかったかのように治癒していく」
永遠に魅入られた魔術師。神がいた時代の魔術、魔法を追い求める者はどうしてこうなるのか。この時代において永遠などもはや価値はないと言うに。
「吸血鬼の次は龍というわけだな。どうしてそこまでして永遠を求める?」
「君たちのように日々を生きているだけじゃない。探求の道は永遠に続く!」
「知り得たことを後に伝えていく。そして後の者らが探求し、それをまた伝える。それが学術ではないのか?知識は独占するものではない!」
「黙れ。貴様のような凡愚に何がわかる。神秘に近づくとは永遠を得てこそなのだ。永遠を得てこそ、神と同じ立場に立てる。魔法を使役するというのは人の悲願であろう?」
「しかし願いを叶えるのに魔物を解き放つ必要がどこにある」
「それは取引の結果だよ。龍は子供を作れないからね。私が子供を造ってあげる、代わりにその龍の力を貰い受ける。どうやら、かの龍も長き時で肉体が朽ち始めたようだから」
「それ以上は知らんのか?」
アルヴィ殿が知りたがっていること、それを少しでも聞き出さないと。
「ああ、わかるよもっと知りたいんだろう。取引をしないか?君は私の力を受け入れる…それで…」
「馬鹿な事を!」
私の踏み込んだ突きを見て周りの兵たちも一斉に槍を突き出す。訓練してきた動きだ。
「ああ…傷口が焼けるように痛い。しかしな…」
学長が体に刺さった槍に手をかざすと、その穂先は赤く輝き体に溶けていく。
「ずるいじゃないか私は丸腰だよ?」
「何をした…?」
「君は龍の子供を宿したくないようだ。なら戦って死ぬか、私を見逃して生きるか選びたまえよ」
柄を握りしめる。戦って勝てるのか?どうするべきか…
「引くぞ…」
「衛兵長、いいんですね?」
「まだ後続が来ていない、何かあったと考えれば、街を守るために戻るのが我々の使命だ」
すまないアルヴィ殿…これ以上深追いして街から離れることは出来ん…
「賢明で助かるよ。その賢明さに免じて、次倒すべき敵の予告でもしておいてあげよう。地下墓から無くなった、処刑された上級吸血鬼の死骸。行方を探らせていたね。あれは我々が活用させてもらった。あんなもの魔術師一人に守らせておいていい代物ではないよ。まあその魔術師も活用させてもらったが」
「そうか……貴殿、決して逃げられると思うなよ。この事は陛下の耳に入る。逃げ場などどこにもなくなる。敵国も関係なし血眼になってそなたを探すぞ」
「だろうねぇ。でも人はそんなに一枚岩となれるかな?見ものだよ」
「吸血鬼に対して一丸となったのだ。必ず…」
学長は我々の武器を払い除けて、空に飛び上がる。
「そうか。だが我々は魔術師だ!吸血鬼のように人を脅かすだけの上位種ではない。我らがもたらす益にあやかりたい者は必ずいるだろう!」
「何が益だ…」
「衛兵長、本当に見逃してよかったのですか?何のために多くの兵士を動員したんです?」
「私も長年戦ってきてな。感というのが働くようになってきた。あのまま続けていたら、皆帰ることは出来なかっただろう」
若い衛兵が悔しさを滲ませて詰め寄る。
「怖気付いて…」
「そうだ。だが私はお前たちの命を預かっている身。私は帰って報告をする。逃したと。逃した責任は私が負う。申し訳はない。それでも皆を生きて帰らせるのが務めなのだ」
「おら、早るな。向こうだってこのことが露見したのは相当効いたはず。二度目の攻撃を仕掛ける機会は必ず来る。だから帰るぞ」
語りかけた古参の兵が若い衛兵を馬に乗らせる。
「衛兵長。すみませんでした」
「いいんだ」
苦い結果ではあるが受け入れねば。