133話 精霊の気まぐれ
『アルヴィ来るよ!!』
「き、来ますぅうう!!!!!」
側面に向けて風を放ち、滑るように顔の間をすり抜けようとした時。
「嘘だろ?!!!」
背中側を牙に引っ掛けられて、上空に放り投げられる。
このままでは空いた口に頭から突っ込む。目を瞑ろうとした瞬間、黄色い輝きが目の前を照らす。
持ちあげられた体が獅子の背に落ちる。全身が痙攣しているのか肉体が硬直して硬くなっていた。
転がるように腹の下に潜り込む。ルルの攻撃は一度だけじゃない。
もう一度、落雷の音が響く。
静寂の後、焦げ臭い匂いが漂う。
「うわぁああ、頭が!」
頭を上げると、花が咲いたように立髪から先にあるはずの頭部がなくなってしまっている。胴体がそれに気づいたのか力が抜けて倒れる。
「うっ…すごい威力だ…」
体が巨体に挟まれた。もがいても腕すら動かない。
『雨が降ってきた…雷の妖精が集まりすぎたみたい』
落雷に釣られてか、突然大雨がふり始めた。
『ルルもやるわね。さすがは私たちの仲間』
「だな」
「アルヴィさん怪我は?みんな!持ち上げるのを手伝ってくれ。薬も持ってきて!」
「ふぅ…」
「やるではないか。さすがは妖精に最も愛された種族だ」
オズは称賛し手を叩く。
「うれしくない褒めかただな」
全く、私がダークエルフである事を知りながら…憎たらしい褒め方だ。
「まあいいさ。アル殿の期待に答えられた。今までなかなか役に立てなかったからな、いい気分だ。さあ行くぞ。彼を助けないと」
「アル殿!無事か!?」
私の攻撃で獅子の体に挟まれていた。まったく今日の彼は災難続き。悪霊が取り憑いてるみたいだ。
「ルル、最高だった。至高の魔術射手だぜ」
アル殿は痛む背中を押して私に親指を立てる。
「正直言って一射で倒せるとは思わなかった。何か別の案を考えていたが無駄だったな」
「私も驚いている。あんな綺麗に眉間を撃ち抜いて、頭のど真ん中に雷が走るなんて」
「精霊が呼応したのだよ。エルフと精霊は終生の友というが、これほどの破壊力を見せるとはね。実に羨ましい」
「そうか。今日は妖精の機嫌が良かったわけか。痛い…」
治療を受けるアル殿の背中にまわると痛々しい傷から赤々と血が滴っていた。
「みんなの苦しみを感じ取ったのかもしれないな」
精霊は子供のように純真だ。やれと言えばなんでもやる。それでも精霊には確かに意思を持っていて、力を強めたり弱めたり相手しだいで加減したりする。
「いや…私ができるだけ早く仕留めないとという焦りを妖精が察したんだろうな」
「どっちでもいいじゃないか。さあ……いや」
「まだ終わってないんだな…」
「ふむ。しかしこれ以上活動するには消耗しすぎだと思うのだが。猟犬も怪我を負ったようだし、狩人めももう気が抜けているではないか?」
アル殿はもうこれ以上動き回らせるのは看過できないし、私もさっきのでだいぶ頭が疲れた。魔力も切れている。
「いいや違うとは言えないな…」
「追っ手たちに期待して、こっちは態勢を立て直すほうがいいだろうな。正直に言ってここから動けないぐらいだ」
そりゃそうだろう。こうして普通に話しているだけでも消耗しているのがわかる。
「傷はひどいのか?」
手当をする衛兵の一人に尋ねる。
「かなり深い。熟達の治療術士にみてもらったほうがいいです。営舎に戻りましょう。ここから戦うなんてもってのほかですよ」
「悔しいが一度体勢を立て直そう。これだけの危険な置き土産をくぐり抜けて、無事に生きているだけでも大成果だ」
アル殿が兵士の肩を借りて立ち上がる。
「分かった…」
「ふん。なんだ、別に負けたわけではないのだ。奴らを追い詰める手段を考えようではないか。我が主人もそれを望んでいるであろう」
オズが大袈裟に手を広げ地を撫でる。
「そうだ。あの獅子の肉をみんなで食べよう。きっと元気が湧いて出てくるぞ。心臓はアル殿と私が食べるぞ。大獅子で元魔術師の心臓だ、きっと自分が恐ろしいくなるほどの力が湧き出てくるはずだ。その傷も癒えてしまうかも」
「待て、私にはその権利はないというのかね?」
うん…収穫を得るのは戦った者に優先されるからなぁ…
「……肝ならいいぞ」
「私の胆力が足りていないと言いたいのかね。なんと失礼な女だ」
「悪魔の好物だろう?」
「私は供物をありがたがるような低級悪魔ではないのだがね。まあ、せっかくならいただくとするよ」
あれだけの大きさだしな。ここにいる全員が満たされるのに十分だろう。アル殿の怪我の具合も心配だが、彼は明日になれば何もなかったみたいに狩りに出かけたりするから、きっと大丈夫。
心配なのはボルド達の追跡がうまくいっているかか…