131話 問題だらけ
アル殿は少し疲れた様子で、どうにも頼りない背中に見えてしまう。かく言う私も、ああは言って見せたものの、緊張している。射手としての自信はある。でも外す時はもちろんある。そしてその時は仲間の命取りになってしまうと思うと緊張して…
「ふぅ…」
「心配するな。的は大きいし外すことはない」
アル殿はそう言うが、私の弓は一撃必殺というわけじゃない。
「眉間。首が弱…」
「それはわかってる。でも当てれるかはわからない」
「射手は呼吸だ。落ち着いて集中する。後は神様の機嫌しだいだ」
これは矢を扱う者に共通している、ある種、スキルのような感覚だ。呼吸を深くして集中すると、視界が一点に絞り込まれて不必要な景色が見えなくなっていく。でもそこに私は必ず雑念が入る。一瞬を逃す。
「後は心配するな。俺らは簡単にやられはしない」
「あのな。あなたは…」
アル殿は言葉を遮る。
「水泳をした後だが、別に今から走れって言われれば走れるさ」
「わかった。あなたは無理をして、それを何もなかったかのようにこなして見せてきた。私は信じるよ」
そう言うしかない。止めようとしても彼は止まらない。まるで命なんて惜しくないように突き進み、勝って帰ってくる。そしてその勝ちをさほど喜びもせず、淡々と次の敵に当たる。
全く戦士らしくない。戦い方は狩人だが、刺客のような冷淡さ。彼の世界の戦士とはそう言う心の死んだ人のことを言うのだろうか。
「風向きはわかるよな。中庭は独特の風が吹くぞ」
彼はいつも使っているケイソクキというのを渡そうとする。矢印の向きがぐるぐると動いて風の向きがわかる。しかも風の速度までもわかるらしい。
「風の流れはわかるさ。矢も一番いい羽を使ってるのを使う」
私は感覚で風を理解している。羽は素直に風の向きに揺れる。弓に付けているお守りはその意味もある。
「分かった。こっちは位置につく。何かあったら大声で呼べ」
「がんばって」
小さな声でそう言うしかない。後は祈ろう。
「そっちも」
アル殿は私の肩を優しく叩いた。
ルルの腕は確かだ。そこらの弓手では太刀打ちができない。
今日は自信がなさそうに見えたが、彼女はいつもそうだ。最初は自信がないが、射撃を重ねるほどに調子が上がっていく。問題なくこなしてくれるはず。俺はできることをやろう。
「陽動の位置はそっちの指示で動くよ」
「はい。アルヴィ様は盾の後方を頼みます」
「わかった。ボルドがいれば楽だったな」
「そうですね。でも兵長はきっとあの魔術師を捕らえてくれます。ここは我々で耐えて切り抜けましょう」
兵士たちが大きな扉を開ける。中庭にいる怪物とやらを拝んでやろう。
「随分と大きな…」
隣に立っていたオズの毛が逆立っている。
「どうした、何かあるのか?」
「あの姿、見るだけで毛が逆立つ。美しい鼻筋、あの瞳の色。まさに悪魔の容貌。まさしく知恵ある獣だ」
鼻筋は、確かにオズと近しいのか?瞳の色も…
「見た目ね…」
「貴様には分からんだろう。だが気をつけろ。鉄を拒む大魔術が使えると言うことは、簡素な魔術は当然使えるということだ。貴様は特別それに弱い。風をうまく使って、せいぜい喰らわんように気をつけろ」
魔術に対する抵抗力が低いことも、風の魔術しか使えないことも、オズにはお見通しか、魔術が使えないだけで、魔術に対する観察眼は変わらないというわけか。
「他に助言は?」
「さて。手の内はわからんが、鉄の拒絶を行っている間は魔力を放つことしかできないだろう。元来、マナとは全ての属性を含んでいる。その中で鉄を拒絶するということは、土と火に由来するマナを拒絶しているということ。奴が使ってくるかもしれない魔術の属性はある程度絞られてくる。それと仕組みはどうなっているかは知らないが、鉄を拒絶するということは、奴自身も鉄の物を扱えないだろう。何か金属で嫌な思い出もしたのかね?聞くよしもないが」
しかし、奴が魔術を使えるうんぬんは、こちらの防御手段が手薄な問題がある。しかし…
「あのなぁ。色々と言ってくれたが、あの大きな体でのしかかるだけで人間は無事じゃ無いんだよ」
「だろうな。だからこそ奴は知恵ある獣だと言ったんだ。魔術師が理想を叶えるためにああなることを望んだ。それは狂気とも思えるが、探求する者は時に狂気に陥る」
「確信したわけだな。元々魔術師だったと」
「ああそうだ。そして今も大きく欠伸をしているあの怪物。しかしその頭には人と変わらぬ、いや…そこらの凡愚以上の知恵を持っているかもしれないということ。くれぐれも油断するな」
この場で俺に言ったところで…
「火が効かないってルルは理解してるんだよな」
「さあな。あの女は私を警戒している様子で私に何も聞かなかった」
「馬鹿か!?」
なんで肝心なことを言ってない?
ルルの体内のエレメントは火と風に近い。そしてダークエルフ特有の土のエレメントも保有している。そのエレメントを組み合わせて操る魔力を鏃に乗せて放つ。それが彼女の戦い方だ。当然エンチャントをやるはず。でもそれをするとせっかくの攻撃が意味がなくなる。
「伝えに行こうか。いや…もう遅いな」
獅子が頭を上げて、鎧を脱ぎ捨て、ありあわせの木板を構えて横一列に並ぶ兵士たちを見据えている。俺も遅れる訳にはいかない。
「さっさと行け!」
ルルに事実が伝わるまで耐えるか、ルルがすぐに気がつくか。ルルは観察力もある。気づいてくれるはずだ。
「ヘイゼル!!」
少し目を離した隙に、兵士の一人の頭が無くなっていた。
「は?」
目の前に獅子が迫る。