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129話 麁正

 

 汚れた水に意を決して飛び込んだ。オズが気をつけてとつぶやいたのが聞こえた。彼の献身は出自を懸念していたみんなも認めざるを得ないだろう。

 視界は悪く、姿は影としてしかわからないが、大きさは変わらず大きい。しかし今回はこっちが奇襲する側だ。想定通り進めば奴を倒して、上階の敵も掃討する事ができる。学長の追跡はその後だ。

『大蛇が暴れて何にも見えないわね。ペイル。ちゃんと探しなさいよ』

「位置はわかるか?」

「そのまま下に行って下さい…」

 大蛇が上階に向けて何度も何度も攻撃しているのが水中にいてもわかる。水流が生まれていて、それに逆らって潜るせいか、普通に泳ぐ以上に体力を消耗するぞ。

「崩れたりしないだろうな…」

『エムビーティーより頑丈なんでしょ?エムビーティーってどんなものか知らないけれど。それでどうなのペイル?』

「うーん。方向はあってますよぉ…」

 ペイルはうんうん唸りながら、剣の柄の体を小刻みに震えさせている。


 目下の大蛇の巨体はねじれた体がいくつも絡まっているようで、どれが尾なのかいまいちわからない。

 全容を見ていないせいでその姿も想像できていない。ハイドラのように太い胴体にいくつも首が生えている姿と思っていたが、なぜこうにも体がねじれてくっついているのか。近くで見ればその姿の違和感に気づく。

『やっぱり…なんか変だよね』

「ああ。縫い合わせたみたいだ」

 よくよく観察する余裕ができて、その異様さを認識した。ぬらぬらと輝く体は縫い付けられたように、巻きあって一つとなっている。

「体温を維持するにはこの辺りの水は冷たすぎる。でも…」

 そうだ。重要なことを忘れていた。ブレードックは春の気候でも日中十度を切るほど寒い。

 爬虫類の類は南下した場所に生息するばかりで、ワイバーン種のような体温を作り出す器官を持った生物種でなければこの時期には活動していない。特にこの地下の水槽のような場所は冷たく、生存に適した場所ではない。


 生物を他の生物をくっつける。キマイラとは良い性質を掛け合わせて。それがうまく混ざり合うように、よりよい生物になるようにする。産物として、色々な生物が生まれて、魔物と呼ばれる者も人類種と共存している者もいる。

『馬に翼をくっつけた時代遅れ生物さんはどう思っているの?』

「生き物の進化はより良い方向にじゃないですか?天馬が時代遅れって言われるのはそのせいです。だって翼がついていても体が大きくなったから、翼の力だけでは飛べないんですもん。翼の下に魔術で風を起こして滑空するんです。飛んでるわけじゃないんですよ。ご先祖さまは空も大地も駆けていたのに」

『神代の生き物は退化していく。龍以外はどんどん朽ちていくの』

「寂しいのか?」

『うん』

「そうか…」

『アルヴィも同じ?』

 ニオは少し寂しげな声だ。

「かもな。お互い仲良くしようぜ」


「そうですよ…キャッ!」

 一つの蛇の頭がこっちを見ている。心なしか驚いたような表情にも見える。

「目があったな…」

『ペイルがうるさいから』

「ち、違いますぅ!!」

 ペイルの大声とともに、大蛇の頭は口を開けて突っ込んでくる。

「方向を言え!」

「そのまま真っ直ぐ!」

 蛇の追撃は想定通り甘く、頭一つがただ近くに寄せたくないだけのような追い払う動作しかしてこない。顎の下に潜り込むと、すぐに見失ったのかあたりを数回キョロキョロと見回して、すぐさま頭上の敵への攻撃を始めた。

「こっちはお構いなしで結構だ。そのまま真っ直ぐでいいいな。クソッ、俺は本当に真っ直ぐ泳げてるのか?」


 大蛇が暴れに暴れているせいで濁り、もはや伸ばした自分の手すら見えず、真っ直ぐ泳いでいても、自分が真っ直ぐ泳げてるのかがわからない。パイロットが雲の中で上下がわからなくなるというのが今なら理解できる。訓練でも汚れた川を渡る訓練はあっても潜って物を探す訓練はしていない。慣れることのできない感覚だ。

「はい。大丈夫ですよぉ。少し底から浮いた場所にあるような気がします」

 真っ直ぐ行って、浮いた場所?

「もう少し細かく言ってくれ…」

「難しいですよぉ…」

『馬だもの。期待しちゃダメ』

「ひ、酷い!方向はあってます!そのまま行ってください!」

「真っ直ぐだな?」

 あまり波を立てないように、底を手で触りながらゆっくりと動く。見つかったらまた振り出しに戻らされる。

『ねぇ。底の汚れ。これ全部…』

 ニオが余計なことを言う。考えないようにしていたのに。

「言うな…」

「お掃除されてませんもんね…」

 粘ついて手にへばり付いていて、最悪な気分だ。しかし、音を上げるにはいけない。

『上!』

 大蛇には体を少し動かされるだけで、押し潰されかねない。やつの一挙手一投足が手痛い攻撃になっている。

 体の隙間を通ろうとすると、床と体ですり潰されかねない。でも越えようとすると察知される。


「クソ、危ないな」

『危ないね…押しつぶされても死ぬことはないけど。呼吸が乱れると、心も乱れるから。私がアルヴィの耳になってあげるから、落ち着いて』

「でも近道になりましたよ。真っ直ぐ先にあります!」

 尾の影が見え、鱗にひっかかるように突き刺さった湾曲した刀身が一瞬だが輝いたように見えた。

「見えた…」

「すごく近い!念を込めますよぉ!」

 もう一度、明滅するように青白い光が濁った水を照らす。いや、明かり強すぎるだろ…

「うぬぅぅぅ!」

「もういいぞ…クソっ危ない!」

 完全に挑発行為だ。怒った頭がこちら目掛けて突っ込んでくる。

「え?え?」

『本当に馬鹿なのね。もうここに捨てて行きましょう?』

「言ってる場合か!」

 もういい。一気に熱線を吐いて、勢いをつけて尻尾に向けて駆ける。

 一度通り越したあと、体を切り替えして、刺さった剣を勢いのまま引き抜く。

「よし!!」

「合体ぃぃぃ!!!」

 ペイルの柄と刀身が輝き、それは一つの形となる。その刀身は翡翠色に輝き、しかし鎌ではなく、刀身は真っ直ぐだが、荒々しい作りの粗雑な長剣に形を変えた。

「振り抜いて!」

「ふぅぅう…」

 熱線を吐いて、底が割れるほど踏み込み、腰まで剣を下げる。

『いっちゃえ!!!!』

 腹に力を込め、上の首に向けて振り上げる。

 緑色の閃光が鋭い刃となって、淀んだ水を切り裂く。

 解き放たれた光は視界を奪う。


「首が…」

 首が消し飛んだ…

 目を開けた時に広がった景色は汚れが消えて澄み切った水と、首を全て無くした大蛇が事切れて力なく重なり合っていく体だけだった。



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