120話 秘密
「ハッ!……」
腕を持ち上げるとジャジャラと音が立つ。
腕が鎖で壁に繋がれている。見つめた自分の腕は黒くぎらつく鱗に覆われていた。
「おはよう。目覚めたかな?」
誰だ?顔が見えない。姿は黒いローブのような物を着ているようだが……
「他のやつらは…」
俺とルルとオズ、三人で別の経路から侵入した。そのあと内情の偵察を始めた。北の地下通路には彷徨う死体が数匹歩き回っていたが、感知能力が低く、熱を感知されない範囲の距離で通り抜けた。三人ともに隠密には優れていたからか見つかることはなかった。
実験棟の正面には兵士と魔術師が言い合う声が聞こえていたのを覚えている。俺たちは北の通路に誰も来ないことを監視していた。だがその後の記憶が全くない。誰かが通ったとか、魔物に出会ったとかの記憶がない。気がついたらこの手術台に繋がれていた。
「価値のない物に興味はないよ。どうなったかも知らない。そこらでくたばってるだろうけど」
全身が龍化している?…腕を少し動かしただけで、腕に繋がっていた鎖がいとも簡単に千切れた。
「何をした?」
体を起こす。
「怖い怖い。そんなトカゲ顔でこっちを見ないでくれ」
口だけは怯える様子を見せたが、こちらの姿をジロジロと観察するような視線を向けてくる。
「答えろ」
「君の存在をより高位に仕上げてあげた。その姿で意識をしっかり保てるだろう?」
「体に何かしたな?」
身体に注射痕が残っている。
「確かに。でも心配しないで。使徒としての力を体という器にうまく収められるようにしてあげただけだ。本当は体に力が定着した後、永遠に龍として生きられるようにしてあげたかったが、この研究所はおしまいだ。数十人の兵士はなんとかなったが、兵士五千人はどうしようもない」
手に持っていた注射器を机に置いて、血濡れたエプロンを脱ぎ始める。
「何者だ?」
「変容術師だよ。ほら?」
男は顔を覆っていた布を捲る。
「お前。学長か…」
「マーリン・クルゴン学長だよ。私はキマイラを作る過程で新しい生物に触れた。至高に極めて近い存在に。そこから魅了されてね。使徒、素敵じゃないか?不死身の肉体と朽ちることがない憎しみを糧に動き続ける。完璧とは言えないが、それでもどんな生き物よりも優れている。滅びないからね」
学長は目を輝かせている。その姿は子供のようだ。
「何が言いたい?ただの怪物だろ」
「エルフは神性を失っていったことで寿命が縮まった。人々はエルフと人間の血が交わったからだと言っていた。縮まる寿命に危機感を覚えた魔術師ギルドのエルフ達は、永遠をもう一度手に入れるために神性を求めた。でもなぜ人間と交わらなかった偏屈エルフまでもが神性を失ったんだろうか?その疑問が私にあった」
学長は講義のように説明を始める。なぜこの状況で始めたのかわからない。だがその言葉の一つ一つに聞き入ってしまう魅力がある。
「なぜか。どうやら神性とは発展と相入れない存在なのだ。自然から発生するマナは人々の発展とともに劣化していく。結果的にマナに近しい存在は生命力が弱まっていった。しかし、それと全く関係なく生きる者、龍。不死鳥。でも不死鳥、彼らは劣化したマナを自ら殺して、その最後の輝きを糧にもう一度新鮮なマナを生み出す。だから不死鳥というが、厳密には不死身じゃない。美しくない」
「龍はなぜ死なない?」
「答えは体温だ。彼らは体温を生命力を消費して産んでいない。龍には人間の食事にあたる部分が存在しない。体は植物のようだが、植物のように水も栄養もいらないというわけだ。だから永遠に存在し続けられる」
「なら使徒はなぜ不死身なんだ?」
「それは龍の肉の性質としか言えない。龍の肉は欠片でも体内に残っていれば、その肉体全てが不死身となり龍となる。私は龍の繁殖の方法という仮説を立てている。龍は元来不死身だから繁殖の必要がないが、もしものための手段ということかな?でも全てが龍となるわけでもないことがわかった。遺跡に現れた大樹。あれはもともと樹齢の長い木だった。それに肉を与えてみた。結果は龍のように蠢いたが、どうやら不死身ではなかったからね」
あの木、不自然な存在だったからな。実験生物と考えられていたが…奴が作り出した怪物だったとはな。
「すべての使徒はお前が作ったのか?」
「うーん、半分正解かな?私は不死身の肉を分けてもらった。それを使ってみただけ。現に、捕らえていたあのトカゲ少年のことは知らなかったし」
奴が少しずつ出口に向けて歩いている。
「おい、動くな」
「よく見てるね。でも君が立っている場所もね、ほら!」
地面に魔法陣が現れ、大穴が口を開く。なすすべもなく穴に吸い込まれる。
「ミミックに着想を得てね。どうせ死なないんだ、君には期待しているよ。せっかく調整してあげたんだ。この程度に負けられては困るよ」
鉄扉が開き、閉じる音が響く。
足が魔物の滑る口腔その奥に奥にと飲み込まれていく。腕に牙が触れる。人を丸呑みできる大きさの魔物か…
こんなところで手間取っている場合ではないのに……