117話 横取りされた獲物
魔術師に連れられたアンドレアスは多重の拘束を施されて、魔術師ギルドに捕らえられたようだ。これからは地獄のような取調べがあるとレームは言っていた。だが、国の牢獄に収監されなかったのはどうにも納得がいかない。
「君が何を考えているか当てよう。アンドレアス、奴のことだろう」
「まあな」
オズはレイレイの店によく出入りするようになった。レーム以上に内部事情を知っているオズは、さまざまな事情を教えてくれた。
使徒を作っている存在、それはウロボロスとあの悪魔は言っていたが、それはもしかしたら肉体に一部を切り取られて利用されている可能性が高いと考えているようだ。
まずウロボロス自体が相当長生きの生き物らしく、それがいまだに完璧な状態で動き回るのは不可能、そして人間体のような能力も持っていない。しかも先の時代の勇者によって、雷の槌で肉体を討ち滅ぼされた。
だから海の底か谷か、そういう大きな体を隠せる場所に潜んで肉体の再生を図っていると考えられる。
他にも候補になる古くからここにいる龍は、生きていても、ほぼ全てがアダマンタイト並みに硬質化した鱗が、石のようになっていて、切り出すなんてことは不可能に近く。やはり元ヘビのウロボロスのみが怪しいということだ。
ラタトスクという存在への考察までもオズは語ってくれた。フレースヴェルグという死者を冒涜する存在。
この地には裏側の世界が存在し、そこに住んでいる存在で。そのフレースヴェルグは死体を切り取り弄ぶ。
もしウロボロスの存在、またの名の、ヨルムンガンド。その体を見つけていたとすれば、それを利用する他ないだろうと。
そしてフレースヴェルグの配下には死体のお零れに集る卑しいネズミが大勢いて、それがラタトスクと呼ばれていた気がすると。
もしそうだとしても、存在が矮小すぎて記憶に残っておらず、これ以上はいうことがないと困り顔だった。
それとニオという存在の母も裏側の世界、氷獄から現れたのではないかと、オズは言っていたがニオは黙ったままでわからなかった。
裏側の世界というのも今までの自分なら理解できなかっただろうが、多次元が存在しているというのは俺自身が証明している。だから氷獄だの、天界だのがあっても違和感はない。俺もかなり毒されてきたかもな。
「ふむ。色々と深く考えているようだが、結局は襲いくる脅威に一つ一つ対応していく。それが大敵を苛立たせる方法だろう。しかも今は生きた脅威が牢獄に繋がれている」
「取り返しに来るなんてことはないか?」
「それはない。絶対に」
「なぜ?」
「猟犬、貴様は人に近しい考え方をしている。仲間が捕まれば助けようとする。でも奴らはそういう感情を持ち合わせていない。捕まった仲間は無能として、切り捨てる。まして能力を拾うような形で手に入れた存在をわざわざ助けには来ないだろう」
「二人とも?そこに座って朝からずっとその様子だけど。そろそろどいてくださらない?占いのお客が来てるのよ」
レイレイとライラーがドタドタと動き回っている。双子は学校に行ってしまった。今日は体の怪我が完治していないから戦闘はできない。
「すまない。猟犬、今日は狩りは休みだろう。なら少し私に付き合え」
「どこに行くんだ?」
「牢獄だ。忍び込むぞ」
オズが立ち上がる。
「は!?」
「そんなに様子が気になるのなら見にいけばいい。猟犬の収穫だ、自らが喰らう権利があろう?」
オズは平静な状態で、当然だろうという表情でこちらを見ている。
「そうだな。私も聞いたところ、魔術師に横取りされたように聞こえたし、しかもその成果の対価は払われていないじゃないか。しかも国の牢獄ではなく、魔術師たちが隠し持っている座敷牢だろう?これは不当だ」
ルルもオズに同調して、立ち上がって腕を回す。
「それはそうだが…ちゃんとした目当てがあるのか?」
「魔術師ギルドは信用ならない。不死身の研究を大真面目にやっている連中だぞ。悪用されるのは目に見えている」
「協力者を募ろう。正規の方法で調べた方が…」
言葉に被せるように、呆れた表情のオズが、目の前の机に手をついて顔を近づける。
「ふん。それが出来るのならな。魔術師ギルドがなんなのか知らないだろう?奴らは国家に縛られることがない。もしお前が正面から乗り込めば、鱗を差し出せば返してやると言われるだけだ」
たしかに魔術師ギルドが何をしているのかはわからない。
「そんな話のできない連中なのか?」
「奴らを付け狙う暗殺者集団がいるくらいだ。方々で恨みを買っているのは確かだろう。下っ端は冒険者ギルドとさほど変わらないが、上層の連中は正真正銘の外道ばかり。話ができるとしても高圧的な態度だろうよ」
「そんな、悪に秘密結社みたいな集団なのか?…助けに来たのに」
「秘密ではないが、奴らはまともな感性を持ち合わせていない。長生きしたエルフが長だぞ、わかるだろう。奴らが助けにはいった、それは貴様が目をつけられている証拠でもある」
「そうか…」
「奴らは学だけはある。もしかしたら面白いことが知れるかもしれないし、行く価値はある。暗殺者集団に友がいる。彼に頼めば間者を通して内情を教えてくれるはずだ。行こう」
どうにも乗り気にはなれないが、二人はやる気を見せている。とりあえず様子を見てみるか。