113話 潜む者
「終わったぞ。このような実験、神の館で大いに裁かれることになろうて。到底許されぬわい」
レームは悲しそうな表情で、燃える繭をみつめている。
「あの姿、頭に残ることになるのぉ。あの腐臭の中で冬を越したのじゃな…さぞ辛かっただろうのぉ。もう苦しみを感じることも無かったんじゃろうか?」
昆虫は痛みを感じないと言うが、あの半端な姿はどうなんだろうか?もし苦しみを感じていたとしたら、地獄のような日々を過ごしていただろうな。
それにもし、俺が龍化する時の痛みを、常に感じているとしたら、耐えることができるとは思えない。身の内側から別の誰かが、体を引き裂いて現れる。その痛みと、受け入れ難い違和感をずっと感じるのは…考えたくもない。
「早いこと犯人を見つけないとな」
「うむ。足取りは掴んできた。そう遠くないと信じよう」
いい加減にしないと、村一つ丸ごと、龍の使徒にみたいなことが起こりそうだ。今ままでの、恨みを晴らさせる、そのやり方とは変わってきているのか?それとも、あの女王蜂は何かの恨みがあったのか?今更知る方法は無いが。
「わしは自然たる龍、彼らが仲間を欲している、そう思っておった。じゃが、そうではないようじゃ。悪しき思想家が裏におる。そう確信したわい」
レームは杖を地面に刺し、深く祈りを捧げる。俺も目を瞑り、冥福を祈る。
「さて、行くか。お主が派手に壊した墓を見にいかんとな」
「ふん…」
手を合わせていたゲオルグが、深く息を吐いた。そのため息で場の緊張感が一気に強くなった。
俺の背中からも嫌な汗が出てくる。でも覚悟するしかない。それに言い訳の材料は揃っている。許されるかどうかはわからないが。
だがレイレイは、文化物の破壊行為は、この国でも犯罪に当たると、冗談のように言われた。
俺には冗談で済まないが。
腹を括って最奥に向かう。
改めて見るとかなり酷い有様だ。爆発で壁が壊れているし、貴重そうな石板も崩れてしまっている。
ゲオルグの表情を伺うと、ただ口を硬く結んで、厳しい表情を崩さない。
ただ静かに、手を墓に添えて、壊れた墓に空いた穴を覗きこんでいる。
「すまない。かなり壊した」
「……」
「事情を話させてくれ…」
調査団の長、ゲオルグは事の顛末を話してからずっと、怖い顔で腕を組んで固まっている。
「まあ、良いではないか。世の脅威は去ったんじゃ。気を治めい」
「ふぬ……」
本気で怖いな…熊に睨まれてるみたいだ。
「なぜ何もない?」
「は?」
「墓の中身だ。なぜ何も無い?」
表情を崩さないが、視線からその事態の異常さが伝わってくる。
「中身は見てなかったな」
「見てみるといい」
墓の中身を覗き込む。中は完全に暗い空洞になっている。
「どうして?…」
突然、後ろから頭を押さえ込まれる。
「!?離せ!」
空洞に声が響く。その奥からカサカサと音が聞こえる。まさか…蜂の群れが潜んでいるのか?それに、ただの墓ならこんなに声が響くわけない。奥にどこかで繋がっている?
「何をしておるか!」
背中で、硬い物で人が殴られる音が聞こえた。
頭を抑えていた力が緩む。
空洞から頭を抜いて、周りの状況を確認する。
「お前…」
『僕、取引したんですよ。お宝は命より大事ですから。いつまで経っても進展しない調査部隊にいても、お宝を手に入れられないと思って』
アンドレアス…お前が…奴の体が内側から変容していく。
『あの神父のこと。覚えてますよね?あの人、元盗賊だったんですよ。確かに脅したのは女王蜂ですけど、紹介したのは僕です。まあ…そのツテを頼ってここにあったお宝を全部、闇市の商人に預けておいて、それを後から取り戻す。その予定だったんですよ。でもあの役立たず蜂、すーぐ死んじゃって、そのおかげで計画が完全に丸潰れ。もうやけっぱちですよ。殺す機会を狙ってたのに、ずっと武器に手を掛けてたから機会がなかったですけど』
アンドレアスの手には俺の腰にあったはずの拳銃があった。
「お前…」
『これでしょう?あなたの強さの秘密。これを向けられたら、みーんな死んじゃうって話ですよ。でも不用心ですよね。そんな腰に刺してるだけなんて』
アンドレアスは得体の知れない、怪物と果てた手で、引き金を引く。
「馬鹿か…」
『あれ?』
弾丸は明後日の方向に飛んでいく。そして、呆気に取られていたアンドレアスは、そのままゲオルグの拳で殴りつけられる。
『痛い!』
殴られた瞬間、一瞬姿が消えた?
『もう、逃げるしかなさそうですね。みなさんは地蜂の群れに蹂躙されておいてくださいね!』
殴られた場所を押さえたと思うと、天井に向けて跳び上がった。目で追った時には姿が全く見えなくなっていた。
「あの大馬鹿者。そこまで欲深かったとは」
ゲオルグは静かに拳を握る。
「奴め、昔からあんな感じだったのか?見ろ、プッツリだ。これは手慣れたやつのやり口じゃないか?」
ベルトに繋がっていたストラップが切断されている。ワイヤーが入った紐だぞ。一瞬で切れるものじゃない。これは手慣れたやつのやり口じゃないか?
「コソ泥をやっていたという噂はあったが、奴の周りの者が捕まるばかりだったが…」
「お主ら、そんな場合ではあらぬ。来るぞ!」
墓石の隙間から蜂がゾロゾロと出てくる。
蜂の群れ相手はレームが適任だ。俺は逃げたアンドレアスを。奴の存在を消すみたいな魔術じゃない限り、カメラに映るはずだ。
「頼んだぞ。俺は追いかける」
「承知したぞ。早う行くんじゃ」
背中で炎の熱を感じた。逃げた痕跡が残っている。追いかけるぞ。