108話 再調査
前訪れた時と、さほど変わらない景色だ。灯りがないせいか、いつもよりも奥行きがあるように感じるが、これは錯覚だろう。
「なんだかジメジメしてるわね。髪の毛がへたっちゃう…」
空気が滞っているのか、不快感がある。湿度も高いだろう。足元もぬかるんでいて、地面がネチャネチャと音を立てて、ズボンに泥が跳ねて汚れている。
我慢して奥に進む。レイレイは足の取られやすい靴で歩いてるせいか、ずっと俺とルルに捕まって、持ち上げられるような体制になり、腰にぶら下げたランタンで道のを照らしている。他所から見れば、その格好はかなり情けないだろう。
「ランタンを持ってきて正解だったな。松明だけだと、アル殿のライトとやらに頼る他なかった」
道中、壁にある松明に火を灯しているが、行く先は暗い。
「ね?私の予想通り。私も役に立てて嬉しいわ!」
「ならもったいぶらずに教えてくれよ。中に何が待ち受けてるのか」
「それが分からないから、こうやってついてきてるの」
「予想不能ってことか?」
「そうなのよ。いつも思い浮かべれば、遠い時間でも何となくだけど見えてくるの。近い未来ならより明確に。でもこの先のことが何も見えて来ない」
「そういえば、前も暗いところの未来は見えないって言ってたな」
「ここが力場みたいな作用を持ってて、私の意識が来ることを拒んでるのかもね。一応は神様の時代の墓所なわけだし」
もうずっと、不吉な予感がしている。あの怪しげな男に心を揺さぶられた。
柱が朽ちてるし、崩れたりしないか?やはり奥に行きたいと思えない…
「フフッ。奥に行きたくないのね。でも崩れることはないと思うわ。ここは大昔からここに存在してるから。だから、この木はただの補強。心配いらないわ」
「だといいが…奥に何があるんだろうか…」
「不吉な予感か。でも今回は調査だ。危なくなったらさっさと逃げよう」
「ルルちゃんもだんだんあなたに似てきたわね」
「そうかな?アル殿とかなり息があってきたのは分かるが」
「頼りにしてるぞ。幽霊相手は特にな」
「じゃあ、奥に待ち受ける秘密に向かって、どんどん行きましょう」
ちょうど四階層の中間地点、折り返しといったところか。レイレイは装飾の施された墓に興味を示し、中身を見たがっては、止められている。
墓を迂闊に開けたら、多分よくないことが起こるだろう。調査は神経質なほど、慎重に行われていた。銭を溜め込み他がる奴は、人に持っていかれたりすることを嫌う。それにまがりなりにも神の時代に生きていた連中だ。開けたら呪われるみたいな仕掛けは当たり前のように仕込まれている。
俺のいた場所でも、手に入れると呪われるみたいな代物はあったが、それよりももっと直接的に殺しにくる。
暗い地下墓は、それだけで不気味なのに、明かりに照らされる装飾の輝き、それが輝くたびに、それに驚いてしまう。
ここまで一切、魔物は現れていない。暗く静寂を保っている。それが逆に違和感を生んでいる。
数ヶ月放置されていたこの場所なら、魔物がまた舞い戻っていてもおかしくないはず。ここは豊富な魔力を持っている。もっとひろければ竜が寝床にしてもおかしくない。
「なんだか、思ってたより静かね。拍子抜けしちゃう」
「あの木が魔除けになってるんじゃないか?それとも恐ろしい怪物が奥にいて、弱い魔物は近づけないか」
さて。この階段を降れば最下層か。
「なんだか空気が重い。アルちゃんが怖がってる理由がわかってきたわ」
なぜか空気が熱を帯びているように感じる。それが湿度と混じって蒸し暑い。夏に布団を頭から被ったみたいな感覚だ。
何が待ち受けている?ゆっくりと階段をくだる。
底にある場所は、全体の広さは上の階層よりも狭いが、一つ一つの横穴が大きく、そこに大きな石棺が置かれる。その大きさは人が十人は入る余裕がある。
研究者は、妻と一緒に入るだの、子供と一緒に入るだのと考察しているが、まだ中身は不明のままだ。まあ金銀財宝に囲まれてることは確かだろうが。
理由は、下層一帯が龍脈の真上にあること。
この墓が出来た当時は、龍脈はもっと下にあったが、長い時間をかけて、流れは地上にせり上がってきて、その流れは最下層に魔力を与えている。この状態で、神の墓を暴くのは危険すぎると。
細心の注意を払い、やっとのことで中を覗こうとした瞬間に、その目が焼かれて、体ごと燃やし尽くされたという前例がある。
元々、最初は中身を見ることの無いように、目を焼くだけの予定だったんだろうが、辺りの魔力が多すぎて、過剰な魔力で体も燃えてしまったということだ。
そんな場所だ。空気感が違い、緊張感を感じることは想像できるが、今回はその感覚とは違う。
階段を降りた先、その景色は異様な景色だった。
「まぁ…」
「これは…」
横穴にぎっしりと詰まった、芋虫、芋虫。
「腸虫じゃ無いな」
頭が小さく、胴体がパンパンに膨れている。
「よく無いわ。全部焼き尽くしてしまいましょう」
レイレイは杖を構える。それを降ろさせる。
「刺激するな。今回は調査が目当てだ。ここの状態は写真で押さえた。帰るぞ」
「そうね。でもうまく行かなそう」
ぞろぞろと奥から大きな蟻?いや蜂か?
逃げ道が塞がれてしまった。