107話 再調査に向けて
「本当に信用できるのか?」
ルルは警戒している。まあ当然だろう、どんな奴でもあんな男、怪しいと思う。
「さぁ?怪しい奴だったけど、敵意はなさそうだった。それにそれなりの額の金を置いていったんだ。いい依頼主ってことにしておこう」
素性もよく分からないが、オズと名乗る男が、ギルドに金を置いていったせいで、個人依頼という形になってしまった。信用のためにも形だけでも調査はしておかないと。
「だといいんだが。もしかしたら、満足するまで何回もやらされるかもしれないな」
「その時はギルドに告げ口しよう」
そう言う奴にギルドは追加金を要求する。ギルドの仕事の範疇だ。まあまあな分け前を取られてるんだ。このくらいはやってもらわないと。
「ふふっ。とりあえず遺跡まで行くとするか」
「あの大樹は今どうなってるんだろうか」
レイレイが雷を呼んで、あの生きた大樹は沈黙した。だがあの大きさだ、撤去するにも時間がかかりそうだ。
「雨が降るんだった。雨具を持ってないな」
一度戻ろう。防寒具が無いと春の雨はまだ寒い。
「あら?」
店先で作業をしていたレイレイがこちらに気づいたようで、店に入り、手袋を外してお茶に手を伸ばす。
「雨具を取りに来た」
「そうなのね。遠くに行くの?」
「いや、遺跡に」
「そうなのね。ならついて行こうかしら」
一口飲んでから、俺たちの分も入れてくれる。
「ありがとう。遺跡になにか用事があるのか?」
「ええ。ライラーちゃんも居るから、お店を少しくらい空けてもいいかなって」
「店番は任せておいて。占いはできないけれど、勘定はできるから」
「占いは後々ね?それじゃあ、後は任せたわ。鳥の買い付けはまた後日ね」
レイレイは分かっていたかのように手早く準備を済ませて、颯爽と馬車に乗り込む。
「遺跡で何が必要なんだ?」
「あら。そんなに理由が欲しいの?あなたたち二人が心配だからよ。あとついでに香木」
「それが目当てか。売り物にするのか?根っこはひどい匂いだったぞ」
何者かに、火をつけられて、燻った匂いで、その場にいた奴は、頭痛と動悸を起こしてくたばってしまったはずだ。
そういえば行方不明になったのが大勢いたな。彼らは結局見つからず仕舞いだったそうだが、どこに消えたんだろうか。
「確かに強い毒かもしれないけど、効能はまだ分からないわ。薬とかに活用できるかもしれないし」
「有効活用だな。あんだけ大きいんだ、売れたら、みんな取りに来るかもな」
その後も他愛のない話を交わしながら、遺跡に向かう。道中、雲が立ち込めはじめ、雨が少しふり始めた。
レイレイは、木が喜んでるなどと言い始める。それは冗談なんだろうが、彼女の予知のような勘は、何度もそれを言い当ててるから、本当のような気がして少し恐ろしい。だが、遺跡の側に見える大木にその様子はなく、静かに雨に濡らされているだけだ。
「変なこと言うな。何か感じたのか?」
「そうよ。木って、私たちが思う以上に頑健なの。ここ最近雪、よくてみぞれが続いていたから、木は眠っていたけど、近頃は少し暖かくなってきて、春になってきた。あなたも熊を狩ったでしょう?」
馬の牧場地を彷徨いてた、雄のヒグマを仕留めた。ちょうど時期もそんなところだろう。この後にメスが起き始めて、繁殖が始まる。
「雷に打たれても無事か…」
「だって、枯れてないもの。葉はないけれど、芽があるものね。樹皮を剥がしてみて」
ナイフで樹皮に傷をつける。中は乾燥していない生木。これはまだ元気な証拠か。
「触手みたいなのも、あの口みたいな大花も枯れてるが……木自体は生きてるみたいだな」
「放っておいたら、また食人植物になっちゃうわね。でも、見た感じなんともなさそうだけれど…」
まだ枯れてるだけで、春になり植物が成長を始める、こいつも同じように?だとすると、この遺跡は誰も近づけないままになってしまうな。
遺跡の調査はもう中止されてしまったようだ。捨ておかれたキャンプが残るだけで、人がいる様子は全くない。
「国の調査隊が出張ってきて、追い出されちゃったみたいよ」
レイレイはキャンプのテントをめくり、中に入る。
「その国の調査隊は?」
「木の調査を終えて帰ったんじゃない?遺跡調査隊は再編成の話があるけど、行方不明とかそう言う悪い話ばかり先行してるから、人が集まらないのかもね。上司も気難しい人ばかりでしょうし」
確かに、あの老人は頑固そうな人だった。
ルルは石板を持ち上げて、その文字を凝視している。
「魔術の発展に必要って話なのに」
「元々、遺跡調査は安全じゃないっ言われてたから。ギルドも、遺跡から出て来ない魔物に対処するつもりはないでしょうし。石板、ルルちゃん読めるの?」
「全く読めないな。それで、あの男が言っていたことはどうやって調べる?」
「中に入ってみるか」
「まあそうじゃないかしら。雨も降ってるし、早く中に入っちゃいましょう」
どこか楽しそうなレイレイ。ルンルンとスキップしながら遺跡に向かってしまった。
「浮かれるなよ…」
「私たちも行くとしよう。幽霊が出たら、レイレイになんとかして貰えばいいさ」
「お、おい!」
ルルも走って行ってしまった。だが、決して幽霊が恐ろしいわけじゃない。
「ほらルルちゃん。ランタンを持って」
「ありがとう。裾の長い服を着てきたんだ、気をつけて歩くんだ」
「じゃあ手を取ってくれる?」
ルルはレイレイと手を繋ぐ。
「二人とも仲良いな」
「アルちゃんも手を繋ぐ?お化けが怖いんでしょう?」
「お前らなぁ…別に怖いわけじゃない。ただどうやって対処すればいいか分からないだけだ」
「ウフフッ。早口になっちゃって。私がいるから大丈夫よ。それにお化けなんかより怖い怪物だっているんだから。さあ秘密を探りに行きましょう?」
暗い奥に何があるんだろうか。何事もないことを望むほかない。あの男め、何を調べて欲しいんだか。
二人は少し先に行ってしまった。俺も後について行こう。