104話 祈り虫の殉教
罠にかかった寄生虫は、俺の魔力で拘束されているはずだ。ならこのまま魔力を流し続ければ、支配できるんじゃないか?
うじゃうじゃと蠢いて気持ち悪い。このまま踏み潰したいところだが、これを支配下に置くことで、味方が操られることを防げるし、何かに使える気がしている。
床板に穴を開けるぐらいの力を秘めている、ということは奴の体に潜り込ませることもできるだろう。
指輪に魔力を強く流し、その拘束を強くし、動きを止めろと命令をしながら、口笛を吹いてみる。
罠の中で蠢いていた寄生虫の群れの動きが止まった。
まさか本当に?…
「奴を狙えば、罠を解いてやる」
寄生虫の軍団の動きが活発になる。
向こうはなんの音も立てていない。ということは俺の言ったことを聞いている…
「やれ!」
足元の罠を解除する。
自分を吐き出した宿主を目指して、一斉に寄生虫が動き出す。
「気持ち悪いな…」
ウネウネと動いたかと思えば、魔力を吐き出して透明となり宙を舞い始める。その姿は目に見えた。これは自分の魔力で支配したからだろう。
蟷螂人間は、それに気づかず、間近に迫った時にはもう遅い。
甲殻に突き刺さるように飛びかかる寄生虫の群れ。体を捻り、体内の奥深くに入ろうと動いている。
あんなことをされたら痛そうなものだが、蟷螂人間は全く感じていない様子で、ただ口から寄生虫を吐き戻し、歌うように高い声で鳴く。
群れは出口に向かっていき、その出入り口に仕掛けておいた魔力の罠に阻まれている。これで、外に出す心配はない。
「吐くのをやめさせろ」
口笛を吹く。
喉を唸らせるような仕草を見せた後、嘔吐をやめた。効果があるぞ。
「そのまま降りてこい」
張り付いていた天井から、素直に降りてくる。
だが、体は強張っている。抵抗をしていて、それに体がいうことを聞かないと言ったところか。
近づかないほうがいい。奴の体内に入ったってことは、こちらの魔力を上書きされかねない。このままの距離で、確実に仕留める。
距離を保ち、射撃を促すために、周りに合図を送る。呼応するようにルルと兵士たちが一斉に槍を投げる体制になる。
もう人間として罪を償う機会は無くしたと思うことにする。奴は意図的に寄生虫を外に放った。これは明らかな悪意ある行動だ。
一斉に射撃が行われる。
神父の黒いキャスケットがボロボロに裂け、その内から現れる緑色の甲殻に弾丸による穴が空き、火のついた矢と槍が刺さる。
確かに苦しむ様子を見せた。
だがこちらを見て、なぜかケタケタと笑うように頭を捻り始める。
その姿に冷や汗が出るのを感じる。
「何が可笑しい?…」
ただの発作的な行動なのか?そうには見えない。何が面白い?
『原動力は恨みとかじゃないのかも』
「なに?」
『頭が弄られたとか。裏切りにあってやけっぱちになったとか』
ニオは何故か今更、行動の背景を考察し始めた。だが、それはもうどうでもいい。
「今はそんな話をしてる場合じゃない」
『アルヴィ、また龍化しようよ』
その声は冷たい。
「無理だ。制御できる自信がない」
あの力は制御不能だ。この状況で使っていいとは到底思えない。
『それじゃあ死ぬしかないよ』
何を言ってる?
『天井が落ちてくるよ』
「どういうことだ?…」
『そうやって動いてるんだから。天井が崩れてくる。そこを何度も蹴って移動してる。もう動かさせちゃだめ、遅いかもしれないけど』
天井を見上げる。梁が天井の重みに耐えられないのか、綻びから長年積もってきた埃をたてている。もう持たないのだろうか。
「そうか…」
奴は意識が残っていた。しかしそこに善意などなく、狡猾に俺たちを罠に嵌めた。そしてそれを喜んでいたのか。今更理解した。
後手に回っていた時点で奴が有利だった。策を一つ潰して、有利になったように見えた。でもそれは向こうは想定済みだったわけか。
自らが死ぬことはないと理解して。俺たちもろとも殺そうというわけだ。そして崩れた中から逃げおおせる
つもりだ。
高い音色の鳴き声が響く。天井に這わせていた寄生虫たちが一斉に動き始めたか。
「天井が崩れる!」
兵士の一人が声を荒げる。もう遅い。逃げ口は重みに耐えられない。全員無事とはいかない。
「クソ…やるしかないのか…」
俺は死なない、こんなところで。そして誰も死なせない、俺の目の届く内は。
『やっとやる気になった』
ニオの言葉が聞こえた瞬間、胸に熱を感じた。形を変えた鱗は銃をかたどる。これを自分に向けて撃てばいいんだろ?全く…何が楽しくてこんなことをしなければならないんだ…
胸に痛みが走る。身体中が内側から裂けるような感覚に襲われる。
身体中が赤黒い鱗に覆われた。
俺の体はこんな風になっていたのか。
崩れた天井が、背中にのしかかる。翼を広げその重みに耐える。その下には周りにいた人々。皆無事だ。
翼をはためかせ、重みを払い除ける。
『この下に居るな』
瓦礫を弾き飛ばし、押しのけて、蟷螂男を掴みあげる。
「終わりにしよう」
陽光は口から発された。
血に汚れた肉体は光に焼かれ、バラバラと黒い塊が落ちる。骨すら残さない射光は雲まで届いた。その反動は周りが見えなくなるほどの埃と煙を巻き上げた。
口が裂けたみたいに広がったな。俺の顔はトカゲみたいになっているんだろうか?…
急に頭がクラクラしてきた。
下を向くと、足がフラつく。立っているのも辛くなり、瓦礫に倒れる。
「クソ…これで終わりか?」
『うん。小さい体だったから炭になっちゃったね』
その声は何故か嬉しそうだ。
「何が嬉しい?」
『だって、私の大事な人が、私と同じになろうとしてるんだもん。嬉しいよ』
「ふざけるな…俺は…」
こんな力に頼るしかない自分が情けない。
反省点が多すぎた。今更になって、手遅れだというのにこうすればよかったという考えが浮かんでくる。
『別にいいじゃない、倒せたんだし。それにこの力で死んだりはしないんだもん。それにみんな生きてるよ』
「俺の世界は…手に余る兵器で手遅れになるまで破壊され尽くされた。いつか自分もそうなる気がして恐ろしい…」
『今日は少し制御できてたけどね』
もう話したくない…頭が割れるように痛い。全身の鱗がボロボロと崩れていくのを最後に意識は途絶えた。