102話 燃える教会
「アル殿、あそこだ」
ルルが矢を向けた方向。壁面を駆け回る人影。その動きはまさに昆虫のようだ。
人の数が多いから、ああして距離を取って一撃離脱を行って戦っているのか。
重装備の兵士達は背面を守り合うように、中央で一塊になって乱れることなく動いている。斬撃を通さない頑丈な鎧を着た兵士が、盾を構えて守りに入っている。これを崩すのは難しいだろう。
外に運び出されていたのは、軽装の兵士ばかりだった。そこから優先的に攻撃されていたんだろう。そして今俺たちは軽装だ。俺のボディプレートは拳銃の弾ぐらいしか止められない、斬撃も胸以外は致命的。ルルは身動きを軽くするために、防御力は最低限だ。
視線がこちらに向いた。威嚇するように腕を広げる。足だけで壁面に立っている。どういう理屈であんなことできるのかもわからない。
ルルが矢を放つ。
鋭い斬撃が、放たれた矢を弾き、それが足元に飛んでくる。
返された矢を避けた隙を見逃さずに、すかさず踏み込んでくる。
その脚力で石畳が砕けて、破片が顔に当たる。その脚力は想像を超えるほどの力を持っている。
眼前に切り刻まんと腕を振り上げた、蟷螂人間が迫る。
サブマシンガンの引き金を引く。
放った銃弾は胴体に当たり、振り上げた腕を落とさせ、姿勢を崩す。
「教会を燃やすとは罰当たりな神父だな」
挑発を行う。これで苛立ちを見せるような素振りを見せれば、意識が残っている。無反応なまま攻撃に移ろうとしたら、理性を無くしたと判断して、こちらも殺害を前提に戦う。
反応を示さない。ただ距離を取り直して、兵士たちが視界に入る位置に戻っていった。
「完全に意識を無くしてるのか?」
『わからない。ただ恐れているのかも』
ニオもまだ掴みかねているようだ。俺もまだ判断するには早い気がしている。
蟷螂人間は動き回る。壁、天井を。何度も切り込み、それは鋭く、離脱が素早すぎる。動きを捉えるので精一杯だ。射撃もろくに行えない。
何度も、何度も止まった隙に射撃を行う。
マガジンを交換する。
その隙を理解して切り込んでくる。こちらが回避すると、向こうは一気に距離を離す。
それを何度か繰り返した。これではジリ貧だ。魔力は蝙蝠の水晶に溜めておいた分があるから、回避、衝撃波を放つ余裕はある。でも向こうは疲れ知らずだ。こちらの体力の消耗は進んでいる。
火がついた部屋は、温度が高く、汗がだらだらと流れる。重装備の兵士たちも同じだろう。レームの火消しは進んでいる。
もう少し耐えないと。
何度かその攻防を繰り返すうちに、音を立てて燃えていた天井の火が消えた。
レームが火を消し終えた。天井には焼け落ちて穴が空いていた、そこから光が差しこんだ。奴は確かにそこを見ていた。
「絶対に逃すな!」
逃げるつもりだ。逃げさせればまた同じことが繰り返される。出入り口には、指輪で罠を仕掛けておいた。でも天井の穴は、無警戒だ。そこから逃げられると面倒だ。
射撃は外れたが、動きを制限することはできる。マガジンの残弾は八発。ルルの射撃も牽制になって、動きを止めている。
兵士たちがまとまって動く。敵を壁際から引き離さんと、一斉にハルバードを突き出す。
「どうなっておる?」
天井の穴からレームが覗く。逃げられることだけは避けたい。レームなら穴を塞ぐ術を考えついてくれるはずだ。
「その穴を塞いでくれ!」
「承知したぞ!」
レームの杖が炎の渦を作り出し、空いた穴を塞ぐように渦巻く。
その三角形の顔を上げて、炎に塞がれた穴を見つめた。この隙を逃すわけにはいかない。
引き金を引く。弾丸は油断していたガラ空きの体に当たり、壁から姿勢を崩して地に倒れる。
兵士たちが取り囲み、一斉にハルバードを突き立てる。
「どうなった?」
囲みの隙間から、覗き見る。
ハルバードに突き刺された体は、身に纏っていたキャソックは裂けて、刺刺とした緑色の甲殻がのぞき、その腕は鎌に変容していた。顔は正に蟷螂と化している。胸にはロザリオが血に濡れて輝いている。これが聖職者の成れの果てか…
「この者はもはや獣と化した。介錯を頼みます」
ボルドが槍を強く突き刺す。それに反発するように腕が蠢く。
ギリギリと軋む音がする。マズい…
「はっ!」
衝撃波が発生するほどの速度で、鎌が周囲を切り裂く。
注意を伝えることすらできない速度の斬撃は、体に突き刺さっていた槍を砕き、周囲の兵士の体を一斉に斬りつける。