101話 火急の知らせ
教会?あの怪しげな祭壇があった場所、あそこは教会につながる地下墓地だという話だった。だが、教会の姿はまだ見ていなかった。
ルルは行ったことがあり、神父と話したこともあると言っていた。だが俺はどんな人物なのかを知らない。でも優しい話口調の、人の良さそうな人だったと。俺の知る人々は言っていた。
でもその人物が、今や街を騒がす殺人鬼だ。これは神父にとって本意なのか、誰かしらに利用されて、ああなってしまったのかはわからない。
それを知ることが大事だと思う。ヴェルフのように、力を奪うことが出来れば元に戻るかもしれない。でも手遅れになっていたら殺害も考える必要が出てくる。
そうなったら、あの二人は浮かばれない。なぜ殺されたのかもわからないままになってしまう。だが野放しにすることが最も危険だ。次々と被害者が増えていくことは目に見えている。
「教会に火の手が上がっておる。どうやら戻ってきたようじゃ」
やっぱり戻っていたか。手負いの状態で夜間を歩いて別の街に行けば、必ず道中襲われる。
戻ってくることを予想していたが、身を潜めることも無く暴れ出すとはな。正気とは思えない。だが今までの事を考えれば、正気を失っていくのが使徒というものなのかもしれない。
「一緒に行くよ!」
ナディアが肩を回して、戦う気概を見せる。だが連れて行くわけにはいかない。
「ナディア、帰ろう。アルヴィさん、気をつけてね」
ナディアが着いてこようとしたのを、シャーディアが静止する。
「悪い。家まで帰れるよな」
「埋め合わせしてもらうんだから」
ナディアは少し不機嫌そうになったが、手を握ってそう呟いた。小さい手から心配が伝わってきた。
「分かった。気をつけて帰るんだぞ」
「私が送ります。生徒を危険に晒せないから」
イザベラなら安心だ。
「頼んだ」
教会に急いで行かないと。武器をまとめて、装備する。
「待って!アルヴィ君」
研究室から光る何かを掲げて、ドタドタと走ってくる。
「マルシア?」
「水晶を一応使えるようにしておいたから、持っていって。まだ試してないけど、多分水晶から爆発が起きると思うよ」
蠍の使徒が持っていた水晶、そこに魔力石をくっつけただけの物を投げ渡される。
「爆発?それは大丈夫なのか?」
「うん。君の魔力で動くんだから、君を傷つけたりはできないよ」
「爆発って響きは物騒だな」
「うーん。まだどういう動作をするか確認できてないから。本当にどうしようもない時に使って」
「早うゆくぞ!大事になってしまうぞ」
レームが宙に浮き上がり、廊下を滑空していく。それをルルと追いかける。マルシアと、イザベラの見送る声が聞こえた。
学園を出ると、南東に黒煙が上がっているのが見える。
「いつ頃から火が?」
「ちょうど昼過ぎじゃ。飯を食べて、散歩がてら、昨日のことを思い起こしておったら。火の手が上がっておった」
近づけば近づくほど、煙の匂いが強くなり、人の悲鳴が強くなっていく。火の勢いが強いのか?
走る足が速くなる。
逃げる人の姿が多くなる。もう目の前に近づいた、金属がぶつかるような音がしている。戦っている。
通りには騎兵が数十騎行き交い、人を追い立てて逃げさせている。逃げる人々の数は数千に及ぶだろう。
目の前に教会が迫る。煙を吸わないようにルルとレームが布を口元に巻く。辺りの温度が増していることを感じる。
屋根に火がついた教会から、傷ついた兵士が大量に運び出されてくる。深傷を負っているのは明らかで、前夜の攻撃よりも苛烈なことが分かる。
「屋内で戦っている」
レンガで作られた教会だが、屋根が木造で、梁に火が移って燃えている。煙は屋内には立ち込めていないようだ。中でまだ兵士が戦っている音がする。
「あんたら、近づくな!」
負傷している兵士に教会に近づくことを止められる。体には深い傷が見てとれる。
「どうなってる?」
「居住区に変な虫が大量に発生してる。そのせいで人が乱れるように動き回ってる、大混乱だ」
「虫?あの人を操るっていう寄生虫か?」
「衛兵長が気をつけろって言ってた虫だ」
「なぜ火の手が?」
「それはわからない。多分燭台の火とかじゃないか」
「教会の中はどうなってる?」
「怪物と衛兵長たちが戦ってる。俺たちは手も足も出せなかった」
やはり、ボルドたちが中で戦っている。このまま見てるわけには行かないぞ。
「わしが火の手を食い止めておく。どうせ狭い場所で人が大勢居っては、役に立たぬからな」
レームが宙に浮き、屋根の火に近づく。
「おい!近づいちゃだめだ!」
「気をつけてあたるのじゃぞ」
レームは杖を掲げ、火を巻き取るように吸い込んでいる。あそこは任せておいてもよさそうだ。
教会内は、金属がぶつかる音が響いている。まだ戦いは激しく続いている。助けに入らないと。
銃を構えて、煤けた扉に踏み込む。