100話 学者の雰囲気
「おーい!来て来て!」
双子がはしゃいでいる。何か見つけたのか?
「どうした?」
双子の元に駆け寄ると、亀の尻尾から蛇が生えた生き物を見ていたみたいだ。
「やぁ!久しぶり」
「学長か。元気そうだ」
「うん。君の活躍も聞いてるよ。征龍自由伯爵だったよね。大出世じゃないか」
「名前負けしなければいいんだが…」
「敵をよく知ることの重要性を理解していて、自分の力量を謙虚に捉えている。君は大敗は絶対にしない人間だ。でも慎重なのは、足枷になることもあるよ」
「ありがたい。気をつけるよ」
軍にいた時からずっと言われて来たことだ。でも元来の性根を変えて実践するのはなかなか難しい。
「この子達は学園に入ることになったんだよね。見た感じでもなかなかの力を持ってることが伝わってくるよ。でも君たち、他にやりたいことが見つかったら遠慮なく言ってくれよ。ここは入る学科は自由に決めていいからね。実践魔術は便利だけど、凝り固まった退屈な講義が多いからね。レーム先生が来てからだいぶ面白くなったけど、もっと面白い講義もあるからね。イザベル君も人気だよ。特に男子にね」
「先生、綺麗だもんね」
「アルヴィ君も遠慮なく、知りたいことがあればおいでよ。ここはそう言う場所だからね。僕の講義は生物変容学、キマイラの研究を主にしてるから。まあ…受講者は四人しかいないんだけど」
同じ自然科学者でも、マルシアが動物行動学なら、学長は遺伝子工学の研究者に近い。ただバイオサイエンスという言葉がこの時代には存在しないから、キマイラとかいう変容生物を作る変人という扱いを受けているんだろう。
「そんなに少ないのか?」
「新参も新参の学科だからね。神が動物を作り出したって信じてる人も多いから、それを弄る真似自体が嫌われてるっていうか…」
「じゃあなんで学長なんですか?」
「それは完全に親の七光りだよ。僕の一家はずっとここの司書でね。跡を継いだだけ。司書の仕事は僕以外の方が得意だから、先生をやってるんだ」
「でもキマイラってなんか怖いです。この亀もそうですよね」
「うーん。でも生物の新しい可能性じゃないかな?人間だって、魔物みたいに神代の魔法を使えるようになれるかもしれない。もしかしたら、空を飛ぶ羽が生えたり、蝗みたいに跳び回ることが出来るようになるかもしれない。それは可能性じゃないかな?」
俺はそうは思わないな…生体兵器ってのは確かに存在していたが、どれもこれも成功した試しがない。命令を聞かない、力加減ができないだの、問題だらけで成功した話を聞いたことない。
生体パーツも色々あったが、それは何十年とかけて審査した上で、やっと手術できた。それを通過していないパーツは、いわゆる裏社会の人間が売ったりしていたが、いい話を聞いたことがない。死亡事故も何回も聞いた。
「人体は意外と繊細だぞ」
「だろうね。でもそれを超えた先に新しい可能性があると思うだ。それじゃ、失礼するよ。見学を楽しんで」
尻尾に蛇が生えた亀を持ち上げる。相当重たいのか背中に背負っていった。
「アルヴィ、なんか変な人だったね」
「あの亀、エレメンタルぽかった」
「精霊種ってことか?」
「そんな匂いがした。そう言うのも混じってるんじゃないかな。だとすれば罰当たりな実験者だ」
ルルは不快感をあらわにしている。精霊との関係を大切にしているエルフにとっては、あまり気分のいいものじゃないだろう。
俺も同じように、謎の不快感を感じている。だがそれが何故かはわからない。好青年そうな見た目で、物腰も柔らかい。俺よりも愛想がいいし…馴れ馴れしいからか?でも別に初対面というわけではないし。実験の内容に思うところはあっても、止めたいと思うほどでもない。だが、言い表しようのない拒絶反応を覚えているのは確かだ。
「私も学長のことは掴み兼ねてるの。いつも飄々としているしね。まああなたも同じだけど…危険な雰囲気がない。でも、あの人は何か危うい感じがするように思うの」
「マルシアもあんな感じな気がするがな…」
「確かに。学者の雰囲気ということか」
「おい!お主ら!」
レームが早足でこちらに向かってくる。何か焦っているようだ。
「どうした?」
「教会が燃えておる!!」