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7.見学の誘い


 レイルは悔しさを織り交ぜた感嘆の吐息を漏らした。

 その様子を見て、ベージナが大声をあげて笑う。


「わっはっは! 見たかいレイル、これが取れたての野菜ってやつなんだよ! 王都みたいな農園が近くにない場所では味わえない美味さがあるだろ!」


 レイルは口に残る料理の香りを感じつつ、未だに信じられないといったような表情を浮かべる。


「その、一体どんな調理法をすればこんな料理が作れるんですか? 俺が今まで食べてきたものとは全く別物でした」

「調理法ねぇ、そんなこと言われても私はスバタを茹でて出汁をとったものに、プリプカと適量の塩をぶち込んだだけだよ?」


 何食わぬ顔でベージナがそう言う。


「そ、そんな芸のない調理法であれを?」

「芸がないとはこれまた失礼だね! 素材の美味しさを最大限生かすには無駄な工程を省くことだよ」


 プリプカやスバタと言った聞いたことのない食材の名前は置いといて、その料理方法は至ってシンプルであることは窺い知れた。

 そんな料理が美味しいなんて、食材がよほど良いのだろうか。レイルはそれが気になって仕方なくなってしまった。


「その、プリプカやスバタとかいうものを知らないんですけど、一体どんなものなんですか?」

「そりゃ野菜の一種さ。両方とも野菜の割に鮮度がすぐ落ちちまうから王都ではあんまり出回ってないようだけどね」


 王都では屈指の高級食材がそんな辺境の野菜ごときに負けるのか、レイルは世界の広さを痛感する。

 この時のレイルは知らなかったが、ここエルドルア王国の美食のレベルは、他の国や地域と比べて格段に劣っていた。


「まさか、俺たちが最高に美味いと思ってた食材がただ高いだけだったなんて……」

「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るよ。調理に関しては私は苦手だけど、自分で栽培した野菜に関しては自信があるよ。プリプカやスバタが美味いんじゃなくて、私の作った野菜たちが美味いんだ」


 ショックを受けているレイルに、ベージナは不服そうに異議を唱えた。


「野菜を育てているんですか?」

「ああ、そうだよ。自慢じゃないが、小規模ながら多くのお得意様を抱える農園をやっているんだよ!」


 自慢じゃないと言いつつも、ベージナはエッヘンと胸を張った。確実に自慢である。


「私は丹精込めて野菜を育ててる。高いだけの肉や魚に劣るような生半可なものは作ってないよ!」

「な、なるほど……」


 ベージナは自分の作った野菜にかなりの自信があるようだ。


「一体どんな風に育ててるんですか? 農家とかのことは詳しく知らなくて……」

「気になるかい? なら明日の朝早くに、私の農園に連れて行ってあげるよ」


 朝早くと聞いて少しレイルは後ずさりした。彼は王都から歩いてきてヘトヘトの上、そもそも朝が苦手な体質である。

 しかし、今の彼にはそれを上回る探究心が芽生えていた。この機会をみすみす逃すわけにはいかないと、何故だかそう思った。


 彼の脳裏には既に、無自覚にもぼんやりと次の仕事のイメージが浮かんでいたのである。


「お、お願いしてもいいですか?」

「もちろんさ! 工夫や苦労ってのは語って伝わるものじゃないさ、見てもらうのが1番早い」


 そう言うと、ベージナはキレイに空になった俺とウーガスの器を持ち上げた。


「そうと決まれば今日は早く寝な! 日が昇る前には出発するよ!」

「え!? そんなに早いんですか!?」

「なに甘えたこと言ってんだい! 農家の朝は早いんだよ、ほら早く寝た寝た!」


 ベージナは食堂の出入り口を指差して俺たちを急かす。


「あ、ちなみにウーガスも明日の朝は来な。今ちょっと人手が欲しいんだ」

「ちょ、聞いてないお! 別に俺は農業に興味はないお!」

「つべこべ言わずについて来な! でないと館から叩き出すよ!」

「そ、そんな〜!」


 ウーガスのこれ以上の反論を許さず、ベージナは台所へと入って行ってしまった。


「俺だって疲れてるのに……酷いお……」

「なんか、付き合わせたみたいでごめん……」


 その後、レイルはウーガスに案内されて寝泊まりする部屋へと連れて行かれた。

 その部屋は2階にあり、歩くたびに廊下の床がギシギシと音を立てる。


「おい、これ大丈夫か? 床抜けて落ちたりしない?」

「そんな建物を国王の直属商業組合が用意するわけないお」

「そうだと良いんだけど……」


 そうこうしているうちに、レイルは部屋にたどり着いた。

 レイルは恐る恐るドアを開けたが、部屋の中は案外キレイで蜘蛛の巣などもなかった。窓ガラスも割れていない。


「お、当たり引いたお。良かったね!」

「当たり?」

「酷い部屋だと床がなかったりするから」

「やっぱ床抜けてんじゃねえか!」


 そんなこんなで床が抜けるかもしれないという不安を抱えつつ、レイルは部屋のベッドに横たわった。


 ふと、レイルは振り返る。この1日で目まぐるしく色々あったな、これから俺の新たな人生が始まるんだ。

 レイルは大きな希望と一抹の不安を胸に、疲れからか一瞬で眠りに落ちた。



ーーーーーーーーーー



「……きな! 早く起きな! もう畑に出発する時間だよ!」


 レイルは大きな女の子の声に思いまぶたを開けた。


「……アイル、もうちょっとだけ寝かせて……」

「は? なに寝ぼけてんだい! さっさと起きろ!」


 レイルを起こしにきたベージナは、再び閉じようとするレイルのまぶたを指で強引にこじ開ける。


「痛い痛い! なになになにがあったの!?」


 その痛みにレイルは何事かと飛び起きる。目の前には、作業着のような服を着たベージナが立っていた。


「ほら、さっさと行くよ!」


 外は、まだ星がくっきり見えるほどの暗さだった。


 農家の朝は、早いのである。




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