6.初めて見る食材
王都の外れにある今にも崩れそうな館。
そこでレイルは新たな出会いをしていた。
「えっと、レイルです。お世話になります」
レイルはベージナにぺこりと頭を下げた。
「しかし、まさかこんなガキンチョがSランクパーティの経理や雑務をこなしていたとはね。いやー驚いたよ」
レイルの正体を知ったベージナは先程よりも幾分か和やかになった。
やはり、所属や肩書きは大事なものらしい。追放されたとはいえSランクパーティに所属していたという事実は今後も役に立つかもしれない。
「王都からはるばる歩いてきたんだろ? さあさあ、ご飯はできてるからサッサと食堂に来な!」
「やっほー! お腹空いてたんだお!」
ベージナが館の奥に歩き始めると、嬉々としてウーガスが後についていく。
こんなボロボロの館なのに食事がついてるのかと、レイルはギャップに驚いた。ならもうちょっと建物もどうにかならないのか?
奥の部屋に入っていくと、そこにはかなりの人数が座れそうな長机が置かれており、ベージナはそれを指差した。
「ほら、ここに座ってなさいな。料理はすぐに出来上がるからね!」
そう言ってベージナは調理場の方へと向かった。
レイルとウーガスは長机の椅子に腰掛ける。
食堂と思われる広々とした部屋を見渡す。さすがに食事を取るところとだけあって、蜘蛛の巣などは見つからない。
衛生的には大丈夫だろう。多分。
「ほら、作り置きしておいた料理だよ! 食べた食べた!」
台所からせかせかと出てきたベージナの両手には、料理と思しきものが器の中に入っている。
なぜ断定できなかったかというと、レイルはこの料理を、この食材を知らなかったからである。
「ベージナさん、それは今朝取れたやつだお?」
「そうだよ、今朝収穫したばっかの新鮮なやつさ!」
「うっひょー! 美味そうだお!」
器に入っているのは、レイルの知らない謎の食材。
緑色のスープの中に黄色い何かがプカプカと浮いている。
これ本当に大丈夫? というのがレイルの最初の感想だ。
「いっただきまーす! ムシャムシャモグモグ……」
器がテーブルに置かれた瞬間に、ウーガスはその見た目からは思いもよらない程の機敏な動きでスープにがっつく。
「おい! 行儀が悪いぞ、スープのはねが俺に飛んで来てるんだけど!」
「だって、お腹が空いてたんだお! レイル君も早く食べるお!」
そう言ってまたウーガスはスープを夢中ですする。
レイルはその様子を見て、目の前に置かれたスープに視線を向けた。
これは、なんのスープなんだ? それにこの浮いている黄色いやつは、野菜か何かなのか?
「なんだい、人の作った料理をそんな汚いものを見るような目で見るんじゃないよ!」
「いや、すいません。ちょっとこの食材を見たことがなかったもので……」
「え? あんたプリプカを知らないのかい?」
やはり、名前を聞いてもレイルの記憶の中にはない食材だった。
「はい、知りません」
「へー、さすがはSランクパーティに所属していたってだけのことはあるね。どうせ高級品ばかり食べていたんだろ」
完全に図星だった。
深淵の炎竜の食卓には高級品が多い。これはひとえに団長のドオグが高級品以外を口にしないとわがままを言ったからである。
ベージナは深くため息をつくと、腰に手を当てて自信ありげに器を指差した。
「食ってみな、高けりゃ良いってもんじゃないってことを教えてあげるよ」
こうも自信満々に言われてしまえば食べないわけにはいかない、レイルは木製のスプーンを手に取った。
正直、レイルはこの時そのスープを舐めていた。食材はともかく、今までレイルが口にしてきた料理は全て料理人のマイヤが作ったものだ。
彼女がどれほどの料理の腕前かを十分に理解しているレイルは、自分の舌が肥えていることを自負している。
「それじゃ、いただきます……」
レイルは恐る恐る緑色のスープをすくい、覚悟を決めて勢いよく口に放り込んだ。
その瞬間に彼の体に電流が走った。想像していた味とのあまりの違いに体が驚いたのである。
彼の体は自然とスープをすくい上げ、2口目をすすった。
なんだこれ、レイルの頭はその味覚情報に混乱していた。
青臭い、想像以上に青臭い。なのにどうして、こんなにも芳醇なのだろうか。
青臭さと芳醇な香りの混在、否、この青臭さこそが芳醇な香りの正体である。
「どうやら、夢中になっちまったみたいだね」
いつのまにか、レイルはスプーンを置いて器ごとスープを飲んでいた。
浮いていた黄色い食材も口の中に流れ込んでくる。そのシャキシャキとした食感と程よい酸味が、スープにアクセントを与える。
レイルは、ただ無心になってスープを飲んだ。そして、気づいた時には器は空になっていた。
「ご、ご馳走様でした….…」
未だに頭が混乱しておりレイルは放心状態だった。
なんで、今まで高級食材をあのマイヤが料理したものを食べていたはずなのに、なんで。
「なんだい、そんな勢いで無心になって平らげちまったってのに、味の感想もなしかい?」
ベージナは先程以上に自信に満ち溢れ、余裕すら感じる表情でレイルに感想を催促した。
そのドヤ顔を見てレイルは少しイラッとしたが、それでもこう言うしかなかった。
「….…美味しかったです、とても」
レイルは、この時の衝撃を一生忘れなかった。