4.新たな宿と新たな出会い
レイルはウーガスに連れられてどんどんと王都の外れの方へと歩いて行った。
あたりはすっかり日も暮れてしまい、周囲は民家もあまり見られないようなところまで来てしまったので灯りもない。
「なぁウーガス、本当にこっちであってるんだよね?」
「心配する必要ないお。なんせ無料で借りられる宿なんだから、便利の良いところになんて建ってるわけがないお」
既にレイルは歩き疲れてヘトヘトになっていた。
一方でウーガスはその見た目とは裏腹に全く疲れた様子もなくピンピンしている。
「ウーガスって意外と体力あるんだな」
「意外とは失礼な! 商人って職業は座って物を売ってるだけの仕事じゃないんだお。自分で歩いて見聞を広めなければ他の競合に潰されるだけ」
商人の世界も結構楽じゃないようだ。
冒険者をやめて何をしようかと考えていたレイルだが、この世界に楽な仕事などないのだと改めて思う。
「到着したお! ここが今俺も借りてる商業組合の無料の宿だお!」
「こ……これが……」
レイルは無料と聞いていたので、王都から遠いことの他にも色々と覚悟はしてきたつもりだった。
しかし、レイルが目の前にした館はその想像をはるかに超えていた。
「ほ、本当にコレなの? およそ人が住んでるようには見えないんだけど……」
その館は、今にも崩れそうだった。
所々の窓ガラスが割れ、気のせいか館全体がやや右に傾いているように見える。
「まぁ、多少右に傾いてるだけで別に問題ないお」
「気のせいじゃなかった!」
こんな建物に住んでいるのなんて、せいぜいネズミか幽霊くらいなものだろう。
しかし、宿代のないレイルが文句の言える立場ではなかった。甘んじて受け入れる他ない。
「さ、長いこと歩いて疲れてるよね、早く入るお」
ウーガスに手を引かれ、俺はその館の中へと入った。
レイルは中の様子を見渡す。外から見た印象よりはだいぶマシな気がするが、至る所に蜘蛛の巣が張ってあったりとやはり結構ボロい。
「おーい! ベージナさん、ちょっと1人追加で泊めて欲しいんだお!」
ウーガスが大声で誰かに呼びかける。すると、奥から1人の女の子が出てきた。
茶色の髪をしたその少女は、この館には似つかわしくないほど可憐な娘だった。
「なんだい、そういうのは事前に言ってくれないと困るんだよ!」
「さっき道でたまたま会って、その時に宿がないって知ったんだお。泊めてあげられるよね?」
「ま、別に部屋は余ってるから良いんだけどさ」
その少女は俺の顔や体をジッと見つめた。こうして女の子に凝視されるとなんだか恥ずかしいなと、レイルは少し照れた。
「ウーガスが連れてくるからどんなやつかと思えば、なんてことないタダのガキンチョじゃないのさ」
「いや、あんたもガキだろ」
レイルはつい思ったことを口に出してしまった。
Sランクパーティともなると実力とは裏腹に変なやつが多いので深淵の炎竜ではレイルはツッコミ役だったのだが、ついその癖が出てしまったのだ。
「言い返すとは生意気なやつだね! 私はこう見えても59歳なんだよ!」
「……嘘ですよね?」
レイルはウーガスに視線を送る。ウーガスは本当だと言わんばかりにウンウンと深く頷いた。
「マジかよ……」
「人を見た目で判断するところがいかにもガキンチョだね! ま、若く見られる分には悪い気はしないけどさ」
これでもレイルは人を見る目には自信があった。そうでなければSランクパーティの雑務など務まらない。
しかし、さすがにこんな幼女をおばさんだと見抜くのなんて不可能だろ。レイルは未だに信じられないといった表情で少女、に見えるおばさんを見た。
「なんだか、やっぱり大したことのないやつに見えるけどね」
「そんなことないお! レイル君はあのSランクパーティである深淵の炎竜の経理を中心に雑務までやっていたんだお!」
ウーガスの反論を聞いて、その茶色の髪の女性は目を丸くした。
「深淵の炎竜っていえば、無名にも関わらずあのアラゴ商会と優先的協力関係を築いて、それを使って1年でCランクからSランクまで上がったパーティだろ? その雑務って言ったらつまり……」
「そう! アラゴ商会との無謀とも言われた交渉を3日で成功させた男こそ、このレイル君なんだお!」
ウーガスはまるで自分のことを話すように胸を張った。
逆に当の本人であるレイルは小さく縮こまる。
「おい! あんまりそのことを人に言うな! あくまで俺じゃなくて団長が交渉を成功させたって話になってるんだから!」
「でも、本当はレイル君がやったんだお?」
「そりゃ、そうだけど……」
レイルはあまり目立つのが好きではない。
深淵の炎竜にいた頃のレイルの手柄はほとんど団長のドオグのものになっていたが、目立たなくて済むためレイルとしては問題なかった。
「私も変だとは思ってたんだよ。あの知性の足りないドオグがこの辺を牛耳る商会と交渉なんて無理だってね。なるほど、やっぱり裏方がいたのか」
納得したように手を叩くと、その女性は改めて俺に向き直った。
「私はここで館の管理をしているベージナだ! よろしくレイル!」
この女性こそ、後に彼が農業を志すきっかけとなる人だった。
レイルの運命の歯車は、着実に新たな方向へ回り始めていた。