3.追放されたは良いものの
サイラと別れたレイルは、サイラが見えなくなるまで歩み続けた。
そして、サイラが完全に視界から消えた時、彼はふと立ち止まる。
新しい冒険とか思ったけど、今の俺って結構危機的な状況なのでは?
レイルは自分のポケットの中を弄った。
彼の報酬の取り分は深淵の炎竜の中で1番少ない。その上、同じく取り分の少ない料理人のマイヤがかなり大食いなので、マイヤ分の食費が諸経費と彼女の取り分では補いきれず結局はレイルの懐から払っていた。
そうなれば必然、レイル個人の財力は非常に寂しいことになりポケット1つで収まってしまうというわけだ。
彼はポケットから何枚かの貨幣を取り出した。
「銅貨7枚、銀貨3枚、合計で3700e……」
レイルはその後も何度も両ポケットを弄ったが、結局入っている貨幣はそれだけだった。
「おいおい、これじゃ宿だって泊まれないぞ……王都は最安値でも相場で一泊5000eが関の山……」
マズい、レイルは冷や汗をかいた。
日没までそう時間はない。早いとこ宿を探さなければ野宿することになってしまう。
この王都の近くにはスラムが存在し、ヘタなところで野宿していると身ぐるみを剥がされかねない。
ヤバイよ、さすがに王都の安全な野宿スポットなんてリサーチしてないよ。
「はぁ、どうすりゃ良いんだ……」
レイルがため息をつきその場に俯いていると、肩をトントンと叩かれた。
「ばあ!」
レイルが振り向くと、大きなカバンを背負っている膨よかな男性が大きな声を上げて驚かそうとしていた。
「……ああ、なんだウーガスか」
「え、なんだお、そのウザそうな反応はお。いっつもだったら飛び跳ねて驚くのに」
「今はその茶番に付き合える気分じゃないんだよ……」
「え、今まで俺はレイル君は本気で驚いていると思ってたんだけど、内心そんな風に思ってたの?」
レイルに茶番と一蹴され少し落ち込むこの男性は、商人のウーガス。
レイルと親しいこの男は、様々な商品仕入れの独自ルートを持っておりかなりやり手の商人だ。
その付き過ぎている贅肉からは想像できないが。
「なんだお、ションボリした顔してるお。なんかあったのかお?」
「えっと、実は……」
レイルは自分が深淵の炎竜を追放されたことやその経緯の一部始終をウーガスに話した。
その話を聞き終わると、ウーガスは眉間にシワを寄せて憤慨したような表情になった。
「なんだそのふざけた話は! 前からあの団長はバカだとは思っていたが、私利私欲のために団員を蔑ろにするなんて無限要塞のドオグが聞いて呆れるお!」
無限要塞のドオグ、Sランクパーティ深淵の炎竜の団長として巷で噂される異名だ。
団長は性格こそアレだが、戦闘能力に関してだけは認めざるを得ないものがある。
「挙句、レイル君を追放するなんてパーティを破綻させようとしているとしか思えないお! まさかレイル君の必要性もわからないほどの脳みそだったとは、救いようがないお!」
「まぁまぁ、あの人はなまじ筋力だけは破壊的だからおごっちゃうのは無理ないと思うよ。それに、今回に関しては俺の意思でもあるし」
団長がバカであることは否めないが、勢いで追放を言い渡してそれをレイルが本気にしたというのもまた事実であり、レイル本人もそれを十分に理解していた。
「そうか、レイル君がいなくなったとなれば深淵の炎竜は今にも破綻するだろうお。深淵の炎竜と契約している商業組合は多いから、多くの組合が傾くだろうお」
Sランクパーティは多大な影響力を持ち、その動向1つで多くのものを左右する。
つまり、レイルの脱退は王都内外の様々なところに影響が発生することになるのだ。
「あれ、もしかして俺大変なことしちゃったかな?」
「レイル君がいなくなったと知れば、ちゃんとした組合ならすぐにでも深淵の炎竜と手を切るはずだお。ネームバリューに寄ってきただけのバカどもはそれに気づかず廃業だろうお」
ウーガスはその膨よかな見た目でかなり温厚な印象を受けるが、商業のことに関してはかなりシビアである。
「いやー、でもよく考えたらこれで良かったお! レイル君があんなパーティにいるのは勿体ないと思っていたんだお! 絶対にビジネスを始めた方が大成すると!」
「ビジネスね……先立つ物があれば良いんだけど……」
レイルは手のひらに収まる全財産を見てため息をついた。
「なんだ、金がないのかお?」
「見ての通りだよ。これじゃあ、ビジネスどころか今晩寝泊まりする場所すらない」
さすがにパーティの宿舎に戻るわけにはいかない。
そんなレイルの様子を見たウーガスは何食わぬ顔で言う。
「それなら、今俺が王都で泊めてもらってるところに一緒に来れば良いお」
「い、いいのか!? 本当に!?」
ウーガスはレイルを見てニッコリと微笑む。
「商人にタダで宿を貸し与えてくれる国王直属商業組合の建物があるんだお。冒険者は治安的な意味でも基本お断りなんだけど、今のレイル君は冒険者じゃないからね」
「あ、ありがとう!」
「別に礼を言われることじゃないお、俺の家ではないんだからね。さ、じゃあもう今から行くお!」
そう言うと、ウーガスは俺を手招きして歩き始めた。
ともかく、泊まる場所は見つかった。レイルは出会いに感謝しながらウーガスの後をついていった。