25.売り手
商人館の中でウーガスとの約束を果たしたレイルは、早速と言わんばかりに樽の蓋を閉めた。
「よし、じゃあ行こう!」
「行くって何処へ?」
「まだ売れるかどうかわからないだろ? これじゃウーガスに土地確保を手伝ってもらった時の契約を果たしたとは言い難い」
レイルは建物の出口へとそそくさと向かっていく。
「だから、早く売りに行くんだよ! ついに俺の売り手としての人生が始まるんだ!」
「そ、そんないきなり!?」
「早くやるに越したことはないだろ! サボナ、樽持って来てくれ!」
「わかった」
建物を出て行くレイルを追って、3人も建物を後にした。
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サーボの樽を持って4人がやって来たのは王都で最も栄えている商店街だった。
貴族などの身分の高い金持ちが多い王都の中では比較的庶民的であり、だからこそ1番栄えている区画だ。
「ちなみに、ここは資本のない人間のために作られたような場所だから売るのに場所代とかは要らないんだお」
「フリースペースみたいなものだな。パーティの宿舎が近かったからよく来てたけど、売る側になると改めて便利な場所だな」
王国はスラム住民を対象とした強制労働や貴族と庶民の格差など問題点も多いが、周辺国家に比べてかなり社会制度は成熟していた。
商業組合などの計らいもあり、このように貧乏な若い商人でもチャンスを掴める場所も存在する。
「よし、とりあえず売ってみよう! サボナ、樽の蓋を開けてくれ」
「わかった」
サボナが樽を地面に置き、蓋を開ける。
中の緑色のペーストが金に変わると思うとレイルは少しニヤケ顔になる。
「こうやって売ることによってどんどんお得意様を増やして、やがて俺の野菜にブランドが付いて……むふふ」
「お兄ちゃん、口に出てるよ」
「おっと、ついうっかり」
レイルは口をつぐむと、その場に立って客が来るのを待った。目の前を通り過ぎる人たちを凝視する。
早く客来ないかなぁ、そんなことを考えながらその場に立ち尽くした。
「…………」
「……レイル君?」
「え、なに?」
「なんでただその場に突っ立ってるのかお?」
「いやぁ、客が来ないなーと思って」
ウーガスはそう答えたレイルにため息をついた。
「ただ突っ立ってるだけで物が売れるわけがないお! もっとちゃんと客寄せしなきゃ!」
「ああ! そうだったそうだった! つい売れた時のことで頭がいっぱいになってた」
「そういえば、レイル君は買うのは慣れてるけど売るのは初めてだったね……」
レイルはフーッと息を吐いて深呼吸した。
初めての経験で浮き足立って冷静さを欠いていたらしい、しっかりしなくては。レイルは心の中で自分を鼓舞する。
「よし、いらっしゃいませ! 酸味と甘みが絶妙な野菜のペーストはいかがですか? パンに塗っても美味しいですよ!」
レイルは一際大きな声で通行人たちに呼びかけ始めた。その大きな声に周りの人々が振り向く。
「ほら、サボナも客寄せ手伝ってくれ」
「わかった。えっと、美味しいペーストです! まだ私食べたことないし、というか食べたら普通に共食いなんだけど!」
「いらないこと言わなくて良いから!」
サボナの客寄せ効果はその端麗な見た目のせいか絶大だった。たちまち通行人の男たちが興味を示す。
「へぇ、君かわいいね。王都の人じゃないっぽいけどどこの町の人なの?」
金髪の若い青年が話しかけてくる。確実にナンパなのだが、客である以上レイルは苛立ちを抑えて苦笑いで応対する。
「いら、いらっしゃいませ。いや、今のは苛立ちのいらじゃなくて、いらっしゃいませのいらですよ? 本当ですよ?」
「は? お前1人で何言ってんの? ねー、こんな冴えない男の店で働いてないでさ、俺と遊ばない?」
さすがにレイルも憤りを覚えその男に向かって文句を言おうとしたその時、サボナが途轍もない殺気を放った。
「レイル様を悪く言うな、殺されたいか?」
その殺気を受けた男はたじろぎ、後退りする。
「おいバカ! 客になんてこと言うんだ!」
「客じゃない、レイル様を侮辱した敵」
「今は接客なんだからなるべく人当たりは良くしてくれ!」
周りに集まっていた客もその殺気と発言にかなり怯えているようだった。
まずい、このままではせっかく集まってきた人たちが離れて行ってしまう。レイルはナンパ男に引きつった表情で笑いかけた。
「す、すいません! まだ接客は未経験でして、大目に見てやってください!」
「そ、それなら仕方ないか」
自分も恥ずかしい姿を見せてしまったからか、男は照れながらレイルに同調するように笑った。
「で、このペーストなんですけど……」
レイルが指差す樽の中を男が覗き込む。どうやらナンパはすっかり諦めたらしい。
「こ、このおぞましい感じのペーストか?」
「はい、見た目は確かに悪いんですけど、それでも味には自信があるんです」
男や周囲の客たちは樽の中を訝しげに見つめる。
「一応聞くけど、これってなんなんだ?」
「えっと、それは……」
レイルは口ごもった。ここで正体をバラしてしまえば売れなくなる恐れがある。
しかし、その様子を見ていたサミが元気よく答えた。
「これはね、サーボのペーストだよ!」
「さ、サーボ!? あんなクソ不味いものを食べ物として売ってるなんて正気じゃねえ!」
サミの言葉を聞いた瞬間に、客たちは一斉に離れて行った。
「あー、やっちゃったよ……」
「え、もしかして言っちゃいけなかったの?」
「前にも言ったけど、王都の人間はサーボの美味しい食べ方を知らないんだよ」
サミが自分の失態に気づき、反省の表情を浮かべる。
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ、俺が最初に言っておけば良かっただけだから。しかし、これでだいぶ客寄せが難しくなったぞ……」
レイルが頭を抱える傍らで、ウーガスは驚きを隠せなかった。
「レイル君! あれがサーボだって本当!?」
「あれ、そういえば言ってなかったか。そうだよ、あれはサーボをペースト状にしたものだ」
ウーガスは口を押さえ、改めて信じられないと言うような表情をする。
「まさか、あんな美味しいものがサーボだったなんて……」
その発言を聞いて、レイルは何かを閃く。
「なるほど、一度でも食べされることができればこっちのものってわけか……」
レイルは少しの間思案した後で、サミに話しかけた。
「サミ、ちょっと協力してほしいことがある」
「なに、どうしたの?」
「わかったんだよ、これを売る方法」
レイルは樽を指差して続ける。
「良い商品はそれだけじゃ売れない、だから売り方を考えなきゃいけない。俺が考えた売り方は、ステマと試食だ!」
レイルの思いついた試食というのは、まだエルドルア王国では馴染みのない手法だった。




