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23/25

23.値切り


 レイルはペーストにしたサーボを樽に詰めていた。


「よかったー、こんなもんが道端に転がってるなんてさすがスラムだわ」

「ちゃんと念入りに水で洗ったから大丈夫だよ」


 サミはウキウキとしながらレイルの作業を手伝う。やがて、その緑色のペーストは樽いっぱいに詰まった。


「うわ、これ重そうだな……」

「頑張ってお兄ちゃん!」

「やっぱり俺が持つのかよ……」


 レイルは怪訝な表情を浮かべつつ、樽を風呂敷に包んで担ぎ上げようとした。

 が、お世辞にも力があるとは言えないレイルのその貧相な体では樽は持ち上がらなかった。


「レイル様、私に任せて」


 その様子を見ていたサボナが横から出てきて、樽を覆っている風呂敷を外す。


「お、おい、風呂敷で担いだ方がいいぞ?」

「その必要はない、むしろ邪魔」


 サボナは樽の下に手を入れると、片手でヒョイっと持ち上げた。その衝撃的な光景に、レイルは絶句する。


「サボナって、やっぱり人間離れしてるな……」

「そう、私は人間じゃない」

「そうでしたね……」


 サボナは樽を片手で持ちながら、スイスイと歩いていく。Sランクパーティにいたレイルですらかなりビビるレベルの腕力だった。


「さ、王都に行こう」


 サボナが王都に向けて歩き出した。レイルも後に続いて歩き出す。

 しかし、サミはその場で縮こまり歩き出そうとしなかった。


「どうしたんだよ? 王都に一緒に行こうよ」

「や、やっぱりダメだよ。私はスラムの人間だし……」


 まるで怯えるように肩を震わすサミを見て、レイルは近づいて頭を撫でた。


「別に心配するようなことは何もない。バレなきゃ全く問題ないし、なんかあったら逃げれば良いだけだ。俺もサボナも一緒についてるし」

「でも……お兄ちゃんに迷惑をかけるかもしれないし……」


 こんな幼い子にそんなことを言われて、レイルは少し切ない気持ちになった。


「子供ってのはな、迷惑かけてなんぼなんだよ。お父さんにもお母さんにもわがまま言えないなら、俺にくらいわがまま言ったって良いんだよ、それが子供ってもんだ」

「……本当に?」

「ああ、遠慮なんてするな! 今日から俺がサミのお父さん代わりになってやる!」


 心配そうにこわばったサミの表情が、少し柔らかくなった。レイルはそれを見て安心する。

 しかし、後ろから冷たい視線を感じた。なんだか前にも感じたような視線だった。


「……レイル様、その性癖はちょっと」

「なに、性癖ってなに!? いや、正直なんとなく言ってる意味は理解できるけどこれは断じて違うからな!?」

「私だったら、レイル様が望むならパパって呼ぶ」

「だから違うって言ってんだろ!」


 そんなやりとりを見て、サミはすっかり笑顔になっていた。



ーーーーーーーーー



 レイルはサボナとサミを連れて王都の方へと向かっていた。

 しかし、途中で少し横道にそれて郊外の商店街へと足を運んだ。


「レイル様、こんなところに何の用?」

「スラムの住人は王都には入らないだろ? でも、サミのそのボロボロの服じゃすぐ衛兵にバレちゃうんだよ。だから新しい服を買っていこうと思って」


 レイルはそう言いながらポケットに手を突っ込んだ。

 銅貨7枚に銀貨1枚、計1700e。王都は物価がかなり高いためこの金額で服を買うのはなかなか辛いが、郊外の商店街なら大丈夫だろう。

 レイルはすぐそこに見えた服屋に入った。2人が後に続く。


「へいらっしゃい!」


 レイルはその店の中を見渡して値札を見た。相場は1000eといったところで、1着くらいなら問題ないだろう。


「よし、サミが選んで良いぞ」

「え、良いの!?」

「いや、俺どんなもの買っていけば良いのかわからないしな」


 サミは店内の服を食い入るように見つめていた。今までレイルが見た中で1番目が輝いているように見えた。


「わぁ、どれにしようかなぁ!」


 そうやってお洒落な服に目を輝かせる様子は、王都の街を練り歩く貴族の娘となんら変わらない。

 なんだかレイルは微笑ましい気持ちになった。


「見て見てお兄ちゃん! この服ピカピカしたものが付いてるよ! ピカピカって!」

「おい、あんまり走ると危ないぞ」


 こういった様子を見ていると、サミは幼ながらに遠慮していたのだとレイルは少し切なくなった。

 ふと、サミは1つのワンピースの前で止まった。透き通った水色のワンピースに心を奪われたようだ。


「それにするか?」

「うん、でも……」


 レイルはそのワンピースの値札に目をやった。

 2000e、予算オーバーである。


「……ごめん、無理だ……」

「い、良いよ良いよ全然! 私なんかには似合わないし!」


 そう言いながらも、サミはその服から目が離せないでいた。レイルはその様子を見て、頭をポリポリとかく。


「わかった、それで良い」

「え、お金足りないんじゃないの?」


 レイルはニヤッとサミに笑いかけた。


「値札ってのはな、その商品の最高価格なんだよ。つまり、入り口でしかない」


 レイルはワンピースを商品棚から取ると、店員のいるカウンターの上に置いた。


「これください!」

「はいよ、2000eだ」

「おいおい、高いなぁ! そんな価格じゃいつまでたっても売れ残っちまうよ!」


 レイルは大声で嫌味ったらしく店員を煽る。店員は腕っ節の強そうな男で、煽られると青筋を立てた。


「てめぇ、それで値切ってるつもりか? 自分がリスクも払わねえで安くなると思うなよひよっこ!」

「そうかわかった、なら腕相撲でもしようよ。こっちが負けたら4000eで買う、あんたが負けたら1700eだ。悪い条件じゃないだろ?」


 店員はレイルの細腕を見て、バカにし腐った顔をした。


「本当に払えるんだろうな」

「ああ、払わなかったら俺を奴隷として売れば良い」


 レイルの自信満々な態度に、男は少し面食らった顔をする。


「お前正気か? お前の連れてるガキはスラムのやつだろ、スラムの人間の仲間だって言えばマジで俺はお前を奴隷商人に売れるんだぜ?」

「だから言ってるだろ、こっちが約束破ったら好きにしろって」


 店員はレイルの後ろめたさを全く感じさせないその態度を見て、その言葉を信じた。


「わかった。じゃあ勝負だ」

「乗ってくれてありがとう。サボナ、この人と腕相撲してくれ!」

「わかった」


 サボナは担いでいた樽を下ろすと、店員の正面に座った。


「なんだ、お前じゃなくてこの女がやるのかよ。こりゃ勝負あったな」

「樽担いでるの見なかったのか?」

「どうせ空っぽかなんかだろ。矮小なハッタリかましやがって」


 男とサボナは腕を組みあった。臨戦態勢の男とは裏腹に、サボナは全く無表情だった。


「じゃあ行くぞ、レディー、ゴー!」


 レイルがコールをしたその刹那、男の腕は一瞬にしてカウンターに叩きつけられた。

 何が起きたのかわからなかったのか、痛みのせいか、あるいは両方か。男は戦慄していた。


「はい、賭けは俺たちの勝ち。1700e、キチッと払ったよ」


 カウンターにお金を置くと、レイルはワンピースを持って店から颯爽と出て行った。


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