22.少女の境遇
その数日前、レイルは荒野でサーボを生命魔法で育てる猛特訓に明け暮れていた。
「これでどうだ!」
もう既にサーボは形だけはちゃんと育っており、後は味や食感がどうかというところまで来ていた。
育てたサーボをゴブリンに食べて貰い、調整を重ねる。
「こ、これは!? ほぼ普通に育ったサーボと同じだぞ!美味い美味い!」
「ほ、本当に!?」
ゴブリンたちはうんうんと頷きながらサーボを無我夢中で頬張り幸せそうな顔をする。
その顔を見て特訓の成果を感じたレイルは、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「や、やっと終わった……かれこれ9日くらいかかったぞ……」
「レイル様、お疲れ様でした」
力なく地面に座るレイルにサボナが屈みこんで労いの言葉を送った。
「ああ、ありがとう。でも、まだ終わってないんだよ。これで商売できるようになったって早くウーガスに伝えなきゃ」
レイルは少し息を整えると、気合いを入れ直すように両頬をパチンと叩き立ち上がった。
「とにかく、まずは栽培できたサーボをスラムに持って帰って、ペースト状にしよう」
「それならすぐに王都に向かった方が良い。スラムに戻る必要はない」
「でも、俺はこの9日くらいの間毎日サミの家にお世話になっていたんだ。サミも心配していたみたいだし、早く成功したって伝えたいだろ?」
「……わかった」
レイルは立ち上がり、ゴブリンたちに呼びかける。
「俺は今からこの荒野を少しの間離れる! 次は1度に大量のサーボを育てる練習をするから種をまいておいてくれ!」
「なんだよ! もっとサーボ育ててくれねえのかよ!」
ゴブリンたちはレイルが育てたサーボを既に食べ尽くし、もっと食べたいとせがむ。
「レイル様の言うこと、聞け」
しかし、サボナがゴブリンたちを睨みつけてそう言うと、ゴブリンたちはせっせと種まきを始めた。
「……ここの農場はいつかサボナに任せるよ」
「そ、そんな、私なんておこがましい……」
「いや、絶対そっちの方が良いわこれ」
レイルとサボナは種まきをするゴブリンたちを尻目に、サーボを抱えてスラムへと歩いて行った。
ーーーーーーーー
レイルとサボナはスラムに入った。
来訪者は珍しいので、スラムの住人はジロジロとレイルたちを見てくる。
しかし、レイルとサボナはもうすっかりそれにも慣れてしまい、何食わぬ顔でサミの家を目指した。
「あ、お帰りお兄ちゃん! お姉ちゃん!」
「サミ、私はあなたの姉ではないしレイル様はあなたの兄ではない」
「お前ら、毎回同じやりとりしてるな! どっちか折れろよ……」
サミが帰ってきたレイルとサボナを出迎えてくれる。
3人は家の中へと入り、腰を下ろした。
「それで、今回のサーボはどうだったの?」
「それが聞いてくれよ! 遂に正常に育ったサーボを作ることに成功したんだ!」
レイルは嬉々として抱えていたサーボをサミの目の前に置いた。
サミはそれをジッと見つめ、レイルと顔を見合わせる。
「ほ、本当だ、普通のサーボにしか見えない! これをお兄ちゃんの魔法で作ったの!?」
「そうだよ! まだ2、3個が一気に作れる限界だけど、いずれは大量生産も可能だ!」
2人は満面の笑みを浮かべてハイタッチをした。
「すごーい! お兄ちゃんの魔法ってとんでもないね!」
「まぁ、それもこれもサボナやゴブリンたちの協力のおかげなんだけどな」
その言葉を聞くと、サミは少し心配そうな顔をした。
「ほ、本当にゴブリンたちは大丈夫なの? 殺されたりしない?」
「前にも話しただろ、なんだかよくわからんがアイツらはサボナの言うことを聞いてくれるんだよ」
なおも心配そうな顔をするサミの頭をレイルはポンポンと撫でた。
「本当に大丈夫だって、なんなら今度合わせてあげるよ」
「そ、それは危険じゃない?」
「論より証拠、見た方が早いよ。それに、万が一のことがあれば俺がサミを守るから」
レイルがそう言うと、サミは少し照れたように頬を染めた。
「そっか、えへへ……」
「な、なんだ? 顔赤いけど」
「な、なんでもないよ! いやー、ゴブリンに会えるの楽しみだなー!」
「え、さっきまで怖がってなかった?」
サミのその態度を見てレイルはなんだか釈然としなかった。
ふと、レイルは背中に冷たい視線を感じた。振り向くとサボナが2人に向けて冷ややかな視線を向けている。
「レイル様、私で我慢して。それは犯罪」
「何が!?」
レイルが人の機微に少し疎いことにサボナはため息をつくと、スクッと立ち上がった。
「とにかく、早くこのサーボをペースト状にして王都まで行かないと。レイル様と友人の約束まであまり時間がない」
「ああ、そうだった! サミ、台所借りるぞ!」
「え、私も手伝うよ!」
3人はサーボを器の中ですり潰してビンに詰めていく作業をした。
その作業中、レイルは何か違和感を感じた。
今までは朝から晩まで生命魔法のことで頭がいっぱいで気がつかなかったが、この家を出入りしているのは俺とサボナとサミだけだった。
「……なぁ、サミ。両親とかはどうしたんだ? 前は家族にプリプカやサーボを持って帰るって言ってたけど」
「ああ、お父さんやお母さんは王都で仕事をしているんだよ。だから家にはあんまりいないんだ。本当は10日前の日には帰ってくるはずだったんだけど、もう30日も帰ってきてないんだ。多分仕事が大変なんだと思う」
レイルはドキッとした。
スラムの人間は素性がバレてしまえば王都からは追い出されてしまう。まともな仕事など王都でできるはずもない。
この国には奴隷制が存在しないが、強制労働というそれに似たものが存在する。
王都にある強制労働施設で薄給で働かされているものの多くが、スラムの住人だった。
「……変なこと聞いてごめんな」
「ううん、別に気にしてないよ。それより王都ってどんなところなのかな、きっと綺麗なところなんだろうなぁ」
サミは目を輝かせながら言った。
そんな健気な少女を見て、レイルは1つの考えが浮かんだ。
「なぁ、サミ」
「ん? なに?」
「王都に一緒に行くか?」
「……え?」
少女の夢は、突如として現実となる。




