2.別れ
レイルはパーティで長期的に借りている宿舎から荷物を持って出ていく。少し意固地になっているのか、いつもよりも歩き方が荒々しい。
「なんだよ、役立たずって。俺がどんだけこのパーティを支えてきたと思ってんだ」
ブツブツとそんなことを呟きながら、とりあえず街を歩き出すレイル。
当然だが、ここからどうしようなどということは微塵も頭になかった。勢いでパーティを抜けてしまった感じも否めない。
とにかくパーティの宿舎から離れよう、その一心しか彼の心にはなかった。
「あれ? レイル、一体どこへいくの? 武器の買い付けなら間に合ってるはずよ?」
ふと、街を歩いていると向かいから歩いてきた鎧を着た金髪で背の高い女性がレイルに声をかけた。
彼女は深淵の炎竜の戦闘員、魔法剣士のサイラ。パーティで3番目に強い主戦力であり、相当な手練れだ。
「あー、そのな、その……」
団長の態度に腹が立って勢いで出てきてしまった手前、レイルはなかなか言い出しづらい。
「なによ、モジモジして。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」
「えっと、俺パーティ追放されちゃいました」
俺が作り笑いを浮かべながらそう言うと、サイラはため息をついた。団長が非戦闘員のレイルに追放を言い渡すのは、他のメンバーにとっても慣れっこだった。
「また団長に何か言ったの? あの人はどんなに説得しても取り分を減らしたりはしないと思うわよ」
「違う違う、俺が減らせって言ったんじゃなくて、ドオグが増やせって言ってきたんだよ! それで、無理だって言ったら……」
「追放するって言われたわけね?」
レイルがコクっと頷くと、サイラは額に手を当てて再びため息をついた。
「確かに、今回の問題の発端は団長ね。これ以上取り分を増やすのは無理だっていうレイルの判断はきっと正しいのだと思うわ」
「だ、だろ!? 俺はこのパーティのことや他のメンバーのことを考えて言ったんだ! それなのに団長のやつは……」
サイラが自分の肩を持ってくれたので少し嬉しくなって話し始めたレイルの唇を、サイラが人差し指でそっと抑える。
「けれど! 団長を説得する時は絶対に他のメンバーと一緒にってこの前言ったでしょ! 団長はあなたやマイヤみたいな非戦闘員の話を聞かないんだから!」
サイラがそう嗜めると、レイルは反省したように縮こまった。
サイラは深淵の炎竜メンバーのお姉さん的な存在で、あの団長ですら時々彼女に甘えることがある。
ちなみに、その姿を初めて見た人は絶対にドン引きする。
「ご、ごめん……」
「分かれば良いのよ。さぁ、団長に謝ってパーティに戻してもらいましょう?」
レイルはその言葉にピクッと反応した。
なぜ、俺が団長に謝らなければならないのだろう。
「……俺って何か謝らなければいけないことしたかな?」
「え?」
諭してくれたサイラには悪いが、やはり今回の決心は今までよりも確実に強固なものだった。
もう、あのパーティにいたくはない。
「サイラ、ごめん。やっぱり俺はこのパーティを抜けるよ」
「ちょ、何を言っているの? 確かに、レイルは何も悪くない。けれど、そんなに意地を張らなくてもいいじゃない」
レイルの決心の宿ったまっすぐな眼差しを見て、サイラはいつもの空気ではないことを察知して慌てた。
「時には、理不尽でも謝らなければいけない時があるのよ。不服なのはよくわかるわ、けれどレイルも少し冷静になって」
「謝らなければならない時があるのはわかる、だけどそれは今じゃないと思うんだ」
レイルは大きく息を吸い込み、呼吸を整えてからサイラに告げる。
「俺は、このパーティを抜ける! 自分でそう決めたんだ!」
淀みのない意志を感じとったサイラは、しばらくどうしたらいいのかと困惑していたが、やがて真剣な眼差しでレイルを見た。
「本当に、それで良いのね?」
「ああ、俺はこのパーティにいるべきじゃないと思う。だから抜けるんだ」
レイルは自分の意志の強さを示すために、サイラの瞳から視線をそらさなかった。
「正直、あなたにパーティを抜けられてしまうと私たちはかなり困るのだけれど、今から私が全力で止めてもその決心は揺るがない?」
「揺るがないよ、絶対に」
サイラは着ている赤い鎧を緩め、前かがみになって胸元をレイルに見せる。
レイルの目にはサイラのたわわな胸の谷間が飛び込んできた。
「私のことを好きにして良いって言っても?」
「ゆ、揺るがないよ、多分……」
普段であれば、容姿端麗なサイラに色目を使われればすぐに意見を変えてしまうレイルだったが、この時は意志が弱まるだけに終わった。
それを見て、サイラは切なそうに笑った。
「……わかったわ、私はレイルの意志を尊重する。まぁ、あなたがいなくなるとものすっごく困るんだけどね!」
サイラは困るという言葉にアクセントを置いて嫌味ったらしく言うと、ニッコリと笑顔を見せた。
「本当にごめん……他のみんなにも謝っておいてくれ」
「何を謝る必要があるの? レイルが自分で決めたことなら、誰も口出しする権利はないわよ。さっき自分で言ってたじゃない、謝るのは今じゃないって」
サイラは俺の背中を押して、満面の笑みを俺に向けた。
「さぁ、男に二言はないわよ! 泣いて帰ってきても知らないんだからね!」
「ああ! サイラも元気でやってくれよ!」
レイルは力強く歩みだした。
ここから、俺の新たな冒険が始まるんだ、ワクワクするなぁ!
レイルとサイラは、お互いが見えなくなるまで手を振り続けた。




