19.ゴブリンとの交渉
レイルたちは荒野へと歩いていた。
不意に、レイルの後ろについていたサボナが前に出てレイルを止める。
「そろそろゴブリンが出るかもしれない、気をつけて」
「ああ、大丈夫だよ」
レイルはその忠告をニッコリと笑顔で返した。
「……本当にわかってる?」
「わかってるわかってる」
その返事にサボナはイマイチ釈然としない表情を浮かべた。
ふと、足音がこちらに近づいてくる。これは1人ではない、2人、3人、いやもっと大勢の大群であることが窺い知れる。
「レイル様、隠れて」
サボナは近くの岩陰にレイルを引っ張り込んで隠れた。その岩から2人は様子をそーっと覗く。
現れたのは大量のゴブリンの群れだった。案の定のことだったが、それでもその量にレイルは息を飲む。
100、いや200くらいはいるだろうか。
「この辺一帯のサーボを全部刈り取れ! 最近は人間の国の衛兵や工事団は見なくなったが、その代わりにスラムの奴がウロチョロしてるらしい。見つけたら全員とっ捕まえろ!」
「イエッサー!」
リーダーらしきゴブリンの1人が指示を出すと、残りの大勢のゴブリンたちが一斉に周りを探索し始めた。
「ま、まずい。このままだと捕まってしまう、ここは一旦逃げた方が良い」
サボナは焦ってスラムの方角を指差してレイルに退却を促す。
しかし、レイルはジッとゴブリンの群れを見つめ、何やら思案しているようだった。
「なるほど、知能指数が低いと聞いていたがリーダーは存在するのか。有象無象よりもまとまってた方が好都合だぞ」
「れ、レイル様?」
レイルは大きく息を吸い込んだ。そして、覚悟を決めたように目をパッと見開く。
「よし、行くか!」
レイルはスクッと立ち上がると、岩陰から堂々と歩いてゴブリンの大群の前へと出て行った。
「れ、レイル様!」
感情をあまり表に出さないサボナだが、さすがにその時だけは焦りを隠せなかった。
このままでは主人が殺されてしまうと。
「な、なんだお前は! もしかして、サーボを盗みに来た人間か!」
リーダーのその声にゴブリンたちは一斉にレイルの方を注視した。
ゴブリンのリーダーは少しばかり困惑していた。この大軍を前にして、人間が怯えることもなくおもむろに出て来たからである。
「えっと、ここは一応俺が買った土地なんだよ」
「は? 知るかそんなもん! お前ら、この人間をとっ捕まえろ!」
その号令によってレイルの近くにいたゴブリンたちが一斉に彼を取り囲み、羽交い締めにする。
しかし、レイルは焦らなかった。というよりも、焦っていることを悟られぬよう何食わぬ様子を気取ったのだ。
「待ってくれよ。別に返せって言いに来たわけじゃないんだ、ただ話があって来たんだよ」
「嘘をつくな! どうせ遠回しに俺たちを荒野から追い出すよう仕向ける魂胆だったんだろ!」
リーダーはレイルの発言を疑った。
どうやら、ゴブリンとはいえ指揮をとるリーダーは頭も比較的悪くないらしい。むしろ、話が通じる方が助かる。
「違う、そんな意図はこれっぽっちもないよ」
「ふん! 何を考えているかは知らないが、俺たちがサーボの生えるこの荒野を簡単に渡すと思うなよ!」
「もし、俺と協力すればもっとサーボが食べられるようになったとしてもか?」
その言葉に、ゴブリンのリーダーはピクリと反応した。
よし、食い付いたぞ。これで交渉に持っていくことができると、レイルは心の中で歓喜した。
「……どういうことだ?」
「どういうことって、そのままの意味だよ。俺と協力してこの土地を使えば、もっといっぱいサーボを栽培できる」
レイルはあえて抽象的に言う。あちらから説明を求められるのを待っているのだ。
もし乗り気なのであれば、もっと詳しく説明を求めるはずだ。そうなれば交渉はかなりの確率で成功する。
「なんでそうなるのか、詳しく説明しろ」
レイルはニヤリと笑った。これほど自分の思い通りにことが運ぶと何物にも変えがたい快感がある。
「俺は生命魔法のライフ・コントロールって魔法が使えるんだ」
「魔法か、俺たちはよくわからないけどな」
ゴブリンは魔法という単語を聞くと、少し苦手そうな顔をして頭をポリポリとかいた。
潜在的にはゴブリンにも魔力は存在するが、彼らの種族は魔法を使えない。魔法理論を理解できないのである。
「別に魔法理論の説明をしようってわけじゃないから、そんなに苦手意識を持たなくて良いよ」
「そうか、じゃあ続けてくれ」
レイルは人差し指を立てながら、説明を続けた。
「その魔法は、生物を一瞬にして成長させることができる魔法なんだ。つまり、サーボも育つのを待つ必要がない」
「ほ、本当かそれは!?」
「本当だよ」
ゴブリンたちはその話を聞いて目を輝かせていた。本当にサーボが好きなようだ。
「俺とこの土地さえあれば、大規模的かつ凄い速さでサーボを育てることができる。サーボがまばらにしか生えてないこの荒野をサーボで埋め尽くされたサーボ畑にすることだって出来るぞ!」
「す、凄い、凄すぎる!」
ゴブリンたちは溢れ出るヨダレを口で拭っていた。そんなにサーボが好きなのかコイツら。
「でも、成長は俺1人で可能だが、種まきや収穫は大人数いないと無理だ。だから、それをお前たちにお願いしたいんだ」
「そのサーボは食って良いのか?」
「こっちとしては全部というわけにはいかない。でも収穫した半分はあげるよ」
ゴブリンは頭を悩ませていた。しかし、もう既に乗り気なようでもある。
レイルは勝ちを確信した。交渉は成立したぞ!
「証拠! 生命魔法を使えるって見せてくれよ!」
ゴブリンのリーダーはレイルに要求した。もちろん、人間にとっては至極当然の要求だが、ゴブリンにとって証拠を見せろというのはかなり高度な思考である。
レイルは少し焦った。サーボを正しく成長させることはまだ出来ない。もしかしたら、サボナのようにまた人化するかもしれない。
そんなものを見せて、果たして証拠になるだろうか。
「証拠なら、私がそう」
レイルが頭を悩ませていると、岩陰からサボナが姿を現した。
彼女が出た瞬間に、ゴブリンたちはそちらに注目する。しかし、それはレイルが出て行った時とは大きく異なる反応だった。
「サーボの……妖精だ……」
ゴブリンのリーダーがそう呟いた。まるで神秘的なものを見ているかのようにサボナに心を奪われているようだ。
「え、もしかして、サボナがなんなのかわかるの?」
「あ、あんな美しい方はサーボから生まれたとしか思えない! まさにサーボの妖精だ!」
ゴブリンたちはサボナを見て手を叩いて歓喜した。中には感動しているのか涙を流している者までいる。
「良いぞ、お前の話を信じよう!」
「え!? 今ので信じたの!?」
「当たり前だろ! あんなにサーボと同じ神秘的な雰囲気を醸し出すお方が出てこられちゃ信じないわけにはいかない!」
「そ、そうなんだ……」
ゴブリンの直感力はサーボに関してだけは突出していた。サーボから生まれたサボナになんらかのものを感じたのだろう。
レイルは幸運に感謝しつつ、交渉の成功を喜んで大きくガッツポーズをした。




