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17.スラムの家


 スラム街に向かう道中、レイルが押さえつけていた疲労が一気にドッと飛び出してきた。目的意識のある精神とは裏腹に、体が悲鳴をあげる。


「やばい……疲れた……早く寝たい……」


 疲れからか目の前が少し霞み始める。

 疲労で視界不良ってさすがにヤバイなとレイルは焦り始めた。


「スラムまではあとどのくらいなの?」

「えっと、王都と同じくらいには遠いからまだまだだよ」

「ま、まだまだなのか……」


 その言葉を聞いて、レイルの辛うじて保っていた精神力までもがポキッと音を立てて折れた。

 レイルはその場に倒れ臥す、もう足が限界だったのだ。


「だ、大丈夫、レイル様」

「いや、全然大丈夫じゃないかも……」


 レイルはその言葉を言ったと同時に気絶した。

 いや、気絶したというか、寝た。人間というのは強力な睡魔の中では場所など問わず寝られるものである。



ーーーーーーー



「う、うーん……」


 顔に眩い光が差し込み、レイルは目を覚ます。

 まぶたをゆっくりと開けると、ボロボロの天井が見えた。ここは室内なのか。


「あ、レイル様、おはようございます」

「え、あ、ああ……」


 レイルが寝ていたこれまたボロい布団の傍には、サボナがちょこんと座っている。

 朝起きたら女の子が挨拶をしてくれる、レイルは寝ぼけながらも悪くない気分だった。


「えっと、ここどこだっけ?」

「ここはスラム街のサミの家、サミのベッドでレイル様は寝ていた」


 目が冴え始めると、次第にレイルは今の状況を思い出し始めた。

 そういえば、スラム街に着く前に荒野で体力の限界で気を失ったんだっけ。


「てことは、誰かが俺をここまで運んで来てくれたってことか?」

「そう、私がレイル様を担いで運んで来た」

「ま、マジで?」


 別にレイルは特別軽い人間というわけでもない。担いで運ぶなんてかなり力がいるはずだ。

 あのスピードといい、やはりサボナは身体能力のポテンシャルが高いらしい。


「レイル様をお連れするのは、私の使命」

「た、たくましいんだな……」


 ふと、声を聞きつけたのか部屋の中にサミが入ってきた。


「あ! お兄ちゃん起きたんだね!」

「サミ、レイル様はあなたのお兄ちゃんではない」

「そういう意味じゃないと思うけど……」


 サミはレイルに駆け寄ってきて心配そうに見つめてきた。


「ビックリしたんだよ! いきなり倒れちゃうんだもん!」

「サーボも俺が運んでやるって言ったのに、なんだか情けないところ見せちゃったね、ごめん」


 こんな小さな少女に心配などかけまいと、レイルはできるだけの笑顔を浮かべた。


「どこか具合が悪かったりしたの?」

「疲れてただけだよ、今はぐっすり寝て、ほらこの通り!」


 レイルはベッドから起き上がってポージングを決めて見せた。しかし、レイルは痩せ型の貧相な体なので滑稽な絵面になってしまっているが。


「そう? それなら良かった! ちょっと待って、今食事を持ってくるから!」


 サミはそう言うと、部屋からトテトテと駆け出て行った。

 改めて部屋を見渡すが、やはりボロい。ここがスラム街の家であるということをレイルは実感した。

 そんな人に食事を貰うなんてなんだか気が引けた。


「サボナ、何か危険な目に遭ったりしなかったか?」

「なぜ?」

「いや、ここってスラム街だし、何されるかわからないなと思って」

「特にそういうことはなかった」


 レイルは正直意外だった。

 王都では、スラム街に入ったら白骨化して戻ってきたとかスラムに女の子が入ったら3秒で襲われるとか、そういう出所もあやふやな噂がまことしやかに広まっていた。

 噂はあくまで噂ということなのだろうか。


「おまたせー!」


 そう言いながら勢いよく部屋に駆け込んで来たサミが持っていたものは、皿に乗っている食パンだった。


「食パンなんて、スラム街で手に入るんだな」

「10日に一度くらいの配給でしか配られないんだけど、私に優しくしてくれたお礼にあげる!」


 本当になんて健気な少女なのだろう。

 ああ、マジで抱きつきたい。いや、決してイヤラシイ意味ではなく。


「それから、パンにはこれを塗って食べてね!」


 サミは瓶に入った謎の緑色のドロドロとしたものを取り出した。


「何これ?」

「これはね、サーボをすり潰して作ったペーストだよ! パンに塗って食べると美味しいんだ!」

「さ、サーボなのか……」


 サーボは王都ではあくまでも観葉植物であり、食べるなどというのは聞いたことがない。なんでも、途轍もなく不味いらしいのだ。


「え、遠慮しておこうかな……」

「えー! 美味しいのに!」


 サミは明らかに不服そうな顔をしてレイルを見た。

 そんな顔をされてしまえば、なんだか食べなければ悪い気がしてしまう。


「……わかったよ、食べるよ」

「うんうん!」


 サーボのペーストを塗りたくった食パンを目の前にして、レイルは生唾を飲み込んだ。

 もちろん、これは食欲によって出たヨダレではない。


「い、いただきます……」


 レイルは覚悟を決めて、その食パンを口にした。

 しかし、レイルの覚悟は即座に裏切られた。


 口の中に広がる酸味と甘みの絶妙なバランス、ペーストなのに水よりもなおみずみずしく感じる。

 レイルは自分の味覚が信じられず再びパンに噛り付いたが、そのままパンを食べ切ってしまった。

 挙句、レイルはサーボのペーストをそのまま口に放り込む。


「……これ、美味くない?」


 サミが満面の笑みで答える。


「でしょ! なんで王都の人はサーボを収穫しないのか、いっつも気になってたんだ」


 野菜を育てることもままならない荒野、生える植物はせいぜい不味いと噂されるサーボくらいなもの。

 そんな農家にとって絶望的な土地の現状に、一筋の光が差した。

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