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12.最初の交渉


 レイルの突拍子もない発言にベージナとウーガスは少しの間沈黙した。


「……この世の全員を腹いっぱいって、あんたまた大きくでたね。いち農家の発言じゃないよそりゃ」

「もちろん、あくまでそれに近い成果を出したいと思っただけです。食べ物も満足に食べられない人を救える職業って農家くらいかなって」

「そりゃそうだが、飢餓を相手取る農家なんてそうはいないよ。Sランクパーティにいただけあって、やっぱりスケールがでかいね」

「そ、そうですかね?」


 レイルは頭を少しかいて照れ臭そうに笑う。

 しかし、彼のスケールが大きいというベージナの表現は、あまり正しくなかった。

 彼のスケールは、ズレているのである。もちろん、これがSランクパーティにいたことに起因しているのは事実だが。


「ちょ、ちょっと待って欲しいお! 農業はただの見学だったんじゃなかったの!?」


 ウーガスが焦ってレイルに問うた。


「いや、パーティにいた頃も食料の買い付けは専門外だったから、逆に興味があったんだよ」

「で、でも! さっきは農業やらないって!」

「そう思ってたんだけど、ああやって俺たちの知らない闇みたいなものを見て、気が変わったんだよ」

「そ、そんなー!」


 ウーガスはなぜか凄く焦ったような様子だった。


「なんでそんなに焦ってんだよ。別に俺が農業やるのは勝手だろ?」

「俺は追放になったって聞いた時から、レイル君を商業の世界に引き込めると思ってたんだお! だから宿まで紹介してあげたのに!」


 レイルはそれを聞いてゾクっとした。

 完全に親切心で宿を紹介してくれたのだとばかり思っていたが、まさかそんな魂胆があったとは。

 こいつ、やり手の商人だけあって抜け目ないなまったく。


「俺はあくまで経理担当だ、商業に関しては全くのド素人なのになんで俺を引き込もうとしたんだよ?」

「Sランクパーティっていうだけで商談は楽になることがあるんだお」

「お前、さては俺のことをSランクパーティという道具として見ていたのか!?」


 ウーガスの目には、レイルはSランクパーティという肩書きだけに見えていたらしい。

 まったくもってがめついと男だ、そんなんだから贅肉がつくんだよ! レイルは心の中で叫んだ。


「はぁ、食料の流通は俺も専門外だから、レイル君が農業をやっても俺には利益がないお……」

「お前、俺を利用して稼ぐ気満々じゃねえか……」


 レイルはそんなやりとりをしながら、農業を始めるためにはどうすれば良いかを考えていた。

 レイルの夢を叶えるためには、ベージナの下働きでは無理だろう。つまり、自分がトップに立って経営する必要がある。


 しかし、レイルには土地も技術も知識も、あと体力もない。

 レイルにあるのは、元Sランクパーティという肩書き、まだ使いこなせない生命魔法、そして人脈。

 人脈とは、さしあたってはウーガスのことである。


「それよりもむしろ、俺はウーガスに協力して欲しいんだけど」

「だから、農業は専門外なんだお」

「それは知ってるよ。だから、俺に土地を貸して欲しい、というか欲を言うと安く買わせて欲しいんだけど」


 ウーガスは主に武器の売買を生業とする商人である。

 しかし、人脈に関してはSランクパーティに所属していたレイルにも負けず劣らずのものを持っていた。

 格安の土地をゲットすることも難しくはないだろう。


「なんで俺がそんなことをしなきゃならないんだお?」

「冷たいやつだなぁ、せっかく俺が豪農になったらその力で色々協力してやろうと思ったのに」


 その言葉を聞いて、ウーガスは真剣な顔をして交渉モードに突入した。

 レイルは心の中でガッツポーズをする。やったぞ、交渉する気になったようだぞ。


「豪農って、勝算はあるのかお?」

「当たり前だろ? 俺は商談相手に建前は使っても嘘はつかないっていうのが信条だ」


 ウーガスは損得で動く生粋の商人気質である。

 つまり、ちゃんとウーガスにも利があることを提示しなければ協力は得られないだろう。


「確かに、俺は農業初心者だ。だけど、俺には生命魔法がある。短期間での爆発的な大量生産ができるのは俺だけだ」

「でも、それは野菜の知識がちゃんとないと使えないお?」

「だったら、野菜の知識をちゃんと積めば良いだけだ。野菜の資料を入手できれば、あとは試行錯誤でどうにかなる」


 ウーガスは腕を組んで考え込む。どうやら金の匂いがするかを嗅ぎ分けているようである。

 ここぞとばかりに、レイルは畳み掛ける。


「俺の生命魔法が使えれば、大したスペースだって要らないんだ。つまり、新鮮な野菜を王都で売ることができる。ねぇベージナさん、もし新鮮なプリプカを王都で売れればどれくらいになると思う?」

「え? まぁそんなことが可能ならば2000eでも余裕で売れるだろうね。ブランドもつくから数日もすれば数倍にはなるだろうさ」


 ウーガスの目の色が変わった。

 金の話になると本当に目の色が変わるなコイツ。しかし、これくらいのがめつさがなければこの先俺もやっていけないかもしれない、レイルはそんな風に思った。


「……もし土地と資料があれば、レイル君はどのくらいの期間で1つの野菜の生命魔法をマスターできる?」


 これは最終確認であると、レイルは直感した。

 ここで提示する日数によって、交渉が成功するか否かが決まる。

 できるだけ早く、しかし可能な早さで。


「……10日だ! 10日くれれば成功してみせる!」


 あとは、この言葉をウーガスが信頼してくれるかどうか。

 レイルの心臓の鼓動が高鳴る。交渉など何度もしてきたはずなのに、今回は妙に緊張した。

 目を瞑って思案していたウーガスが、顔を上げた。


「わかった、なんとか土地をゲットできるようにするお」

「マジで!? ありがとう!」


 交渉は成立した、レイルは歓喜とともに安堵した。


 ここから、農場経営者としてのレイルの生活が始まる。




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