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11.成り行きの人生から目標の人生へ


 レイルは大魔導士という稀有な称号を持っているが、一般的に多く使用される属性魔法を使うことができない。

 火、水、土、風、雷、氷、光、闇。それら各属性に分類される属性魔法は、もっともポピュラーでありながら殆どの魔導士の主戦力となる魔法である。

 それが使えない彼は、Sランクパーティの経理という立場に甘んじたのだった。


「魔法で育てたからプリプカが不味くなったっていうのかい?」

「おそらくそうだお。レイル君、さっき使った生命魔法について説明してくれる?」

「ああ、わかったよ」


 レイルは食べかけのプリプカを一気に平らげると、魔法について話し始めた。


「俺が使った魔法、ライフ・コントロールは対象の生物を成長させることができる。ただし、その生物の生態を詳しく知らないと正しい成長がわからないからイレギュラーを起こす」

「イレギュラー? 一体なんだそりゃ?」

「まぁ、見ててください」


 レイルは地面を這っているアリに向かって手をかざす。


「ライフ・コントロール!」


 すると、そのアリはみるみるうちに大きくなった。

 しかし、その成長の仕方はかなり歪だった。頭部ばかりが大きくなり、体を動かすことができなくなっている。


「俺はこのアリがどう成長するのか詳しく知りません。だから、こんな感じで正常に成長できないんです」

「なるほど、一見便利そうに見えて意外と使いにくい魔法だね」


 ウーガスはレイルに変わって説明を始めた。


「つまり、レイル君はプリプカの正常な育ちかたを知らなかったから、あんな風に不味くなってしまったんだお」

「それじゃあつまり、俺の魔法を農業に活かすには相当な知識が必要ってわけか」

「そういうことだお」


 レイルの魔法を使えれば短時間での野菜の大量生産が可能だが、野菜の知識がほぼ無に等しい今の段階では実用化には程遠い。


「やっぱり、農業ってのはなかなか難しいもんだな……」

「まぁ、レイル君なら商業の方が向いていると思うお。別に農業を本格的にやるわけじゃないんだから、気にしなくても良いお」

「……まぁ、それもそうだな」


 やはり、外に出て汗水垂らしながら作業するより、室内で黙々と作業する方が性に合っているのかもしれない。レイルはそう思った。


「なんだい、やりたそうな顔してたのに農業はやらないのかい?」

「最初にベージナさんの作った野菜でできたスープを飲んだ時には、確かに農家に興味が湧きました。けれど、なんだか遠い気がするんですよね」


 その言葉に、ベージナが首を傾げる。


「一体何にだい?」

「決まってるじゃないですか、大金持ちにですよ」


 レイルがちょっと言ってやったぞ感を醸し出す中、ベージナは呆れ果てたような顔をした。


「大金持ちになりたいって、そんな漠然とした夢だけしか持ってないやつが大金持ちになれるわけないだろうに」


 ベージナの言うことは至極正論だったが、生まれてこのかた自分で選択した生き方をしたことのないレイルにはあまりピンとこなかった。


「ベージナちゃん! 遊びに来たよ!」


 不意に、元気な女の子の声が後ろから響いてきた。

 レイルは後ろを振り返ってその少女を見た時、少し怪訝な表情を浮かべた。

 ボロボロの服を着たその少女が、一目でスラムの住人であるとわかったからである。


「おや、またあんたかい。残念だけど、今日はプリプカを恵んでやることはできないよ」

「えー、なんで?」

「なんていうか、不慮の事故みたいなもんだね」


 その少女はまだ本当に幼く、1人で出歩いていることが心配になる。


「ねぇベージナちゃん、この人たち誰?」

「ああ、コイツらは私の子分だよ」

「いつから俺たちはあんたの子分になったんだよ!」


 レイルがベージナにそうツッコむと、その勢いが可笑しかったのか少女は笑う。


「あははは! このお兄ちゃん面白い!」

「え、あ、どーも」


 レイルは年下といえば同じパーティにいたカウトラに振り回されたという記憶しかなく、少し苦手としていた。


「あれ、でもこのカゴの中にプリプカが入ってるよ?」

「あー、そりゃ備蓄用だからあんたらに恵んでやることはできないのさ。悪いね。」

「そっかぁ……」


 その少女は残念そうな顔でプリプカを見ていた。その物欲しそうな様子を見てベージナはため息をつく。


「はぁ、わかったよ。持って行きな」

「良いの!? ありがとうベージナちゃん!」


 少女は本当に嬉しそうに飛び上がって無邪気に笑った。


「別に、お腹が空いているなら今食べたって良いんだよ?」

「ううん! 持って帰って家族のみんなに食べさせてあげるの! 私はおととい配給を食べたから」


 レイルはその少女の骨ばった二の腕を見て、なんだか胸が締め付けられる思いだった。

 今まで俺は貧乏だと思っていたが、世の中にはその日の食べ物もままならない人がいる、豊かな王都では実感できない現実である。


「じゃあ、早く家族に持って帰るね! 本当にありがとう、バイバイ!」

「ああ、気をつけて帰るんだよ!」


 ベージナは笑顔で少女を見送った。


「……意外と優しいんですね、売ったらお金になるのに」

「優しいんじゃないよ、見捨てる勇気がないだけさ」


 レイルはふと考えさせられた。

 お金持ちになりたいというのは自分のための目標である。

 なら、人のために出来ることって一体なんなのだろうか?


 贅沢品ばかりを食べ、気に入らない料理を簡単に捨ててしまう貴族をレイルは何度も見てきた。

 かたや、あのような幼い少女が空腹に耐えながら家族のことを心配していた。


 この世界の理不尽な歪み、レイルはそれがなんだか気に入らなくて仕方なくなった。

 いや、同じくパーティで虐げられていた自分とあの少女を重ねたのかもしれない。


「……俺、やっぱりやります」

「なんのことだい?」

「俺、農業でこの世のみんなが腹いっぱい食えるようにしたいです!」


 彼の信念は、明確な目標を持って強固なものになった。

 この目標は生涯をかけたものになるだろう、レイルはなんとなくそう思った。




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