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10.育てかたの大切さ


 ベージナは完全にレイルを見誤っていた。

 彼は経理係だからといって決して弱いわけではない。あくまでSランクパーティ内では霞んでしまうというだけだった。


「生命魔法って、非属性魔法じゃないか! そんなもん使えるって一体あんた何者だい!?」

「いや、だから深淵の炎竜の元経理係ですよ。というか、ベージナさんだって高度な属性魔法使ってたじゃないですか」

「そ、そりゃそうだが、完全に実用できる非属性魔法なんて、見るのは10年以上ぶりくらいだよ……」


 ベージナは育ちきったプリプカをじっくりと眺める。


「ほ、本当に収穫できるくらいまで育ってる……」

「さっき草取りしてたのは、てっきり生命魔法で草まで一緒に育たないようにかと思ってたんですけど、もしかして使わずに育てるんですか?」


 涼しい顔をしながら尋ねるレイルに、ベージナは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「私はバカだね、Sランクパーティに弱いやつが所属しているわけがないのに」

「まぁ、パーティ内じゃ他のメンバーの足を引っ張っちゃうんですけどね」


 ベージナとレイルは食べ頃まで成長したであろう茎に実った黄色いプリプカを収穫した。


「これって、1つどれくらいで売れるんですか?」

「そりゃ大きさによってまちまちだね」

「例えばコレとかどうですか?」


 レイルは少し小ぶりのプリプカを差し出す。


「これくらいなら5万eくらいの値がつくよ」

「ご、5万e!? この大きさで!?」


 レイルは生唾を飲み込んだ。

 彼は今まで特に夢などはなく、ただ漠然と大金持ちになりたいと思って生きてきた。

 パーティにいた頃は真逆とも言えるような生活を送っていたわけだが。


「別にただのプリプカに5万eもつくはずがないだろう。それはプレミア価格、私の農園のお得意様が高値で買ってくれるんだよ」


 なるほど、だからこれほど小規模な農園でもある程度の稼ぎにはなるわけか。

 金持ちの顧客を作って野菜を買ってもらいブランド化する、これは冒険者パーティにも通ずるような話だ。


「じゃあ、普通は大体どれくらいなんですか?」

「せいぜい500eってところだろうね」

「マジかよ!? ブランドってすげえ!」


 他とあまり変わらない同じものに100倍近くの高値を払うとは、世の中にはこだわりの強い金持ちがいるものだ。


「ただ、プリプカの場合は鮮度が落ちやすいから王都では出回らないんだよ。王都の方が貴族も多いし、もっと価格の高騰も狙えるんだけどね」

「意外と欲深いんですね」

「欲を出さなきゃ農家で生き残ってくのなんて無理だよ」


 おそらく、ベージナは多くの競合を蹴落としてきたのだろう。

 同業者との争いならば、レイルは深淵の炎竜で毎日のようにやったものだった。似たような経験を持っているベージナに少し親近感が湧いた。


「よし、じゃあまずは生で食べてみるとするかね」


 ベージナはそう言うと、カゴに収穫した小ぶりなプリプカをレイルとウーガスにそれぞれ投げ渡した。


「え、生で食べられるんですか?」

「野菜の良いところは肉と違って生で食べられるところじゃないか。さ、食べてごらん。」


 ベージナは自信ありげな表情でレイルとウーガスに食べるよう促す。

 これは、生で食べても美味い! みたいな展開だな。レイルとウーガスは安心してプリプカを口に含んだ。


「…………………」

「どうだい採れたては? 美味いかい?」

「……いや、死ぬほど不味いです」


 レイルとウーガスは真っ青な顔をして思わずプリプカを吹き出した。

 強烈な青臭さ、不愉快な酸味、フニュフニュと癪に触る食感。およそ食材として褒められるところは1つもなかった。


「な、そんなことはないだろう! 私が作ったプリプカだよ!?」

「ならベージナさんも食ってみればいいお! これが美味しいと思うならお得意様は味覚がおかしい人だお!」


 ベージナはそんなはずないというように焦った顔をして、勢いよくカゴからプリプカを取り出してかじる。

 数秒後、ベージナの顔色はレイルやウーガスと同じ色になった。


「あ、本当に不味いわこれ! 嘘だろ信じられないよ、今までこんなこと1回もなかったのに!」

「そんなこと言ったって、事実として不味いんですよ!」


 ベージナは困惑しながら、畑に併設されている小さな倉庫に駆け出した。


「一体どこに行くんですか?」

「昨日収穫したやつがまだ残ってるはずだ! 私の威信にかけても不味いやつだけをあんた達に食べさせるわけにはいかない!」


 ベージナはすぐに倉庫からプリプカを3つ取り出してレイル達のもとへ戻ってきた。


「ほら、これを食べてみな!」

「え、鮮度がさらに落ちて余計不味くなってるんじゃ……」

「つべこべ言わずに食べな!」


 渋るレイルとウーガスの口に、ベージナは無理やりプリプカを突っ込む。


「ちょま、はがっ!」

「どうだい、美味いだろ! というか美味くあってくれ!」

「……あれ、美味いです」


 その言葉を聞いてベージナは安堵の表情を浮かべた。

 先程とは一変して嫌な青臭さはなく、程よい酸味、シャキシャキとした食感。同じ野菜だとは思えないほどだった。


「どうだい! やっぱり美味いだろ! やっぱり私の野菜は世界一だね!」

「でも、なんで今日収穫したプリプカは不味かったんだろう……」


 レイルとベージナが眉間にしわを寄せて考えていると、ウーガスが何かに気がついたように手を叩いた。


「もしかして、魔法で育てたからじゃないかお?」


 それは、後に魔法を利用して農業を発展させるレイルにとって、初めて立ちはだかった壁だった。

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