第六章 乙女ちっく・らぶ
タニーの子孫教育実例。ネコです。
らぶ注意…
だっこ、だっこ、だっこお~
いや~ん、なんで、なんでなのお~
なんで、だっこしてくれないのぉ~
アタシめっちゃカワイイでしょぉ~
や~ん、チクマくぅ~ん、らぶぅ~
アタシこんなにアイシテルのよ~
チクマくぅ~ん、らぶらぶぅ~
広いおムネにだっこして~ん
あ~ん、たくましい腕でぎゅってして~ん
アイシテルぅ~らぶらぶぅ~う~
だっこしてぇ~だっこぉ~
や~ん、はやくぅ~だっこしてぇ~
ウォンチュ~らぶぅ~チクマくぅ~ん
らぶぅ~らぶぅぅ~
歌うは、ネコに憑依する腹話術師、シオナである。例の大体の所で白っぽいネコ、ポスティの両脇を引っ掴んでブラ下げて、乙女ちっくの目の前をブラブラと塞いでいる。いつまでもポスティにビクつく乙女ちっくに業を煮やして、このように歌うに至ったのである。
シオナが手を貸さなければポスティに近づけない乙女ちっくは、こんなに近くでネコを見たことがなかった。乙女ちっくの目には今や、ポスティしか入る余地はない。
シオナにブラブラされるがままポスティは、ダルそうなハレまぶたにほとんど隠れている目と、フワフワの口元からチクチク生えてるヒゲから、ちっこいおっぱいが連なる毛だらけのハラまで、歌に合わせて上下左右にブラブラとされている。
乙女ちっくからすると、ネコのゾンビとしか見えないが、らぶらぶぅ~などとシオナの声で歌われては、怪訝な顔もバラ色のほっぺとなってニヤケてしまう。だっこしてぇ~と歌われて、えぇどうしよう、となった乙女ちっくは、ポスティの迷惑そうに閉じられた目を見ながら、両脇にあるシオナの手をそうっと握ってみた。
「あ…ボクもしおちゃんのこと大好きだよ…」
「バカちっく!シオナじゃない!ポスティよ!ひどいワ!!」
うぶっ…ボスティの顔が、乙女ちつくの顔にめり込んだ。
「う…ゴメンね…」
乙女ちっくは顔をカキカキ、だって大好きだもんと口ごもる。
なでこ、なでこ、なでこぉ~
いや~ん、なんで、なんでなのぉ~
なんで、なでこしてくれないのぉ~
アタシめっちゃカワイイでしょぉ~
や~ん、チクマくぅ~ん、らぶぅ~
アタシこんなにカンジテルのよ~
チクマくぅ~ん、らぶらぶぅ~
おっきなおててでなでこしてぇ~
あ~ん、おクチでちゅうちゅうしてよ~ん
アイシテルぅ~らぶらぶぅ~う~
なでこしてぇ~なでこぉ~
や~ん、はやくぅ~なでこしてぇ~
ウォンチュ~らぶぅ~チクマくぅ~ん
らぶぅ~らぶぅぅ~
ちゅうちゅうして…と歌われた乙女ちっくは、ポケッと口を開けてポスティを見つめる。ドキドキにめまいがする乙女ちっく、さあどうする…ぱくぱくロを開けてる場合か、ボケ野郎。
「はやくぅ~チクマくぅ~ん!」
乙女ちっくにしては思い切ったことに、腕がだるくなってきたシオナ丸ごと抱き締めようと手を回したのだ。しかし、挟まったポスティが当然、乙女ちっくの顔に爪を立てた。
「あ、いたた…」
らぶはどこへ行ったやら、哀れ、乙女ちっく。
「もう!ちっく!ちゃんとだっこして!手はこう!」
乙女ちっくの腕におケツを乗せられたゾンビ・ポスティ、その抱かれ心地にギャッと生き返ってあちこちに爪を立て、シオナのおっぱいへ飛び戻った。
…ボケ野郎、ケツがいてえよ!
おっぱいカチカチな乙女ちっくの筋肉は、ネコでもイヌでも全くお気に召すはずがない。腕筋のガッツリ感に、ポスティのおケツは耐えられないのだ。
「なんでよ、ちっく!そんなにビクビクしてるから嫌われるの!ごめんねポスティ、我慢してやって、かわいそうな子なのよ、このおにいちゃんは。でもね、頑張り屋さんなの。愛してやってね。」
「うん…ゴメンね、しおちゃん…ありがと 」
花のおっちゃんは、100%おっちゃんであればよかったが、新世代の乙女ちっくは、何でもかんでも役割をこなすマルチな人間であり、300%でも足りなかった。しかもまだ肝心な役割を果たしていないのだ。乙女ちっくな本質と共存できるかどうか、人間としては進化が必要であるかもれない。
家を建て、店を経営し、掃除洗濯、シオナのお世話、今度はネコのゴハン係に任命された、300%でも足りない乙女ちっくは、どの役割でも、乙女ちっくなりの100%を発揮しようと努力している。缶詰を開けて盛るだけでも、焼き魚の身を混ぜるにも、試行錯誤に懸命である。
「ポステイ、ゴハンですよ…」
ポスティは、ハラヘりで乙女ちっくを逐一監視していたが、皿をカンカン鳴らされても、お気に入りのあったかポットからなかなか下りる気にならない。
「ポスティ、ほらゴハン、 おサカナおいしいよ…」
ポスティは目をカッと見開いて、肩をいからせ、ゴハン皿に寄り添って待つ乙女ちっくをにらみつけていた。
…おいにいちゃん、ちっとそこどいてくんねえか…ハラへってんだからよ、ジャマすんなってんだ…
「ホラちっく、ほっといてあげて。ね。」
シオナに手を取られて退散した乙女ちっくは、デカい体を縮こませ物陰から、ポスティのガツガツ食いを盗み見た。
「しおちゃん、ポスティ、ゴハンおいしそうに食べてるよ!ふふ、うれしいな。」
「どう、カワイイでしょ?まだコワい?」
「ううん…カワイイけど、ポスティはきっとしおちゃんを独占したいんじゃないかな…ボクのこと、ジャマみたいだもん… 」
「うーん、テリトリー意識の問題かも。野良だったから。ウチを気に入って家族になってくれたんだから、ちっくがここの主人としてあんまり管理し過ぎるとさ、ライバルみたいに思っちゃうんだよ。ポスティなりにウチを管理したいんだよね、きっと。今度さ、お刺身あげるといいよ。手から食べてくれれば、何とか仲良できるかも。マグロの誘惑には勝てないはずだよ。」
「わぁそうだね、スゴイや、しおちゃん。よくわかってる!」
チッ、マグロのヤツはクソウマかった。乙女ちっくの手からであろうがウマいので仕方がない。うぅ、ヤツの手をめちゃナメだ。
生身のネコの身においては、視界に入る動くモノを監視するのに忙しく、何もなければまったり寝るのに忙しく、それでいて常に食い物のことを考えずにいられない。ハラがへっては肉球をナメ、毛づくろいをしてメシを待ち、食いたい物が出された時は狂喜乱舞、がっつり食わずにいられない。いまいちメシであっても、やっぱり食わずにいられない。
マグロ!マグロ!マグロ出しやがれと乙女ちっくにスリ寄って、ヤツをうふうふ喜ばせるのはシャクであるが、食いまくりたい本能が、もうたまらんってもんなのだ。
乙女ちっくはおそろしく単純な男で、何事もシオナ基準だ。純粋に動物好きならもう少しナデさせてやってもいいが、シオナに好かれたいがため、褒められたいがため、ポスティにも好かれたいのだ。良識ある人間としては、その一本気のらぶを、もう少し広く持たねばならん。ふん、カワイイアタシに少しは惚れてみやがれってんだ。だっことかちゅうちゅうは遠慮するけど。ぷんっ。
まあ、ネコとしてのカワイイアタシが、更にカワイイ子ネコたちをばっちり見せつけてやった時は、ヤツもかなりムズムズしちゃったみたいだけど。
「わあ…ちっちゃぁーい…見て見てぇ、スゴイねぇ、しおちゃん、こんなちっちゃくっても、全部ちゃんとネコちゃんだよ…わあ…スゴイねぇ…」
シオナの計らいにより、消毒した乙女ちっくの両手の平に、キラリの内のどれかが乗せられた。ちっこくっても精巧で美しい子ネコが、乙女ちっくの手の上でじっとりとしてうごめいている。生まれたてで目も開かず、プルプルする足で進もうとして、ぴぎゃーとママのおっぱいを探している。小指の先をちゅうちゅう吸われて、乙女ちっくのハートはぽっかぽかだ。哺乳類である喜びが、ネコ心にも乙女ちっくなカチカチおっぱいにも、キュンッキュンにあふれている。
ああ…このコが人間だったら…しかもボクの子供だったら…遠慮なくちゅうちゅうしていいんだよね…あああ…ちゅうう…
「ほらちっく、もうママのとこに返して…」
色違いのキラリたちは、ママ・ポスティのおっぱいに殺到してぎゅうぎゅうになっている。波打つ縞模様が、乙女ちっくのクスクス笑いを誘う。
「うふふ…スゴイね、しおちゃん…ねぇ…」
乙女ちっくは、小一時間ごとにおっぱいやりを覗きに来ては、うふうふとして仕事に戻る日々である。これも子孫教育の一貫と我慢のアタシだが、しっかしウザイ野郎だ。シオナから見てカワイイなり、ちっくが幸せでよかったなりと思われれば、総じてオッケーとせねばならんのだが。
ざまあ、この乙女ちっくのムズムズは、日々積もっているらしい。ポスティ的子育てもサッパリ過ぎてしまうと、夕方の散歩に、しょっちゅうおっちゃんちのキラリたちを見に行ってくる乙女ちっくだが、家に帰ると元のポスティだけでちょっと寂しく、しかたないとポスティを観察してみるのだ。ぷん、失礼しちゃう。
シオナの上に乗ったハラ出しぐっすりネコの図は目に楽しいものの、ポスティがゴロリと寝返りを打ち、シオナのおっぱいを蹴ッ飛ばしたり、ぷにぷにしたりしているのを見るともう大変に羨ましく、複雑ならぶを思う乙女ちっくである。遠慮がちにネコナデのフリで前足をどけたりもするが、ソファの下に正座してシオナとネコを見守る乙女ちっくの後ろ姿は、滑稽である。
まあ、300%で忙しい男なのだ。まったりするシオナたちを見るだけでも忙しく、その間に家事をしたりもしなければならないし、ずっと見ていたいし、自分が眠くっても平気だけども店の仕事もあるしでムズムズしっぱなしだが、時々暴走したくもなるお年頃なのだ。
ある日、いつものように当たり前にシオナの色々なモノも洗濯して、たたんで、部屋に持って行って、タンスにキレイに整理してあげちゃう乙女ちっくは、シオナの、レースやらリボンがひしめいているブラジャーに気を取られていた。
ああ…きのうのしおちゃんがしてたおぶら様…
きのうのポスティに蹴ッ飛ばされたおぶら様…
キレイな緑のレースのおぶら様…
ピンクのおぶら様と離して並べなきゃ…
グラデーションになるように並べなきゃ…
おぶら様…ああ…おぶら様…
並み居るおぶら様を前に、正座を正して、乙女ちっくは緑のそれを、手に取ってじっくり見ている。洗濯表示をじっくり見て、サイズ表をじっくり見て、肩紐をなぞって、指に掛けてぶら下げてみて、ホックを留めては全体をじっくり見て、また外して留め直してじっくり見て、三段ホックのそれぞれの使用頻度を確認し、てことはしおちゃんのおカラダはちょうどこんくらいしかなくって…とか想像して、手の平にカップを乗せてみてははぁ…ちょうどいいかも…と思ってみたり、ホックをした状態でぶら下げて後ろからじっくり見て、またホックを外して広げてみて、片手でホックが外せるか練習してみて また留めて正面からじっくり見て、こん中におっぱいがいっぱいつまってるのかと感心し切り、架空の谷間を指でつんつくしてみては、顔を埋めようとしてゆっくり近づいて…
「ちっく…大丈夫?」
シオナに見られていたとは、ギョッとびっくら、おぶら様を抱きしめて隠そうとする乙女ちっくだ。
「しおちゃん!な、何が?」
「おっぱい、欲しかったの?」
乙女ちっくの脈は、振り切れた。しかしシオナはおぶらを取り上げ、乙女ちっくの胸に広げて当てている。乙女ちっくの混乱し切った頭に、ハテナがいくつもぽこぽこ浮かぶ。
「そうだったの…私のじゃ小さすぎるから、もっと大きいの買わなきゃね…」
乙女ちっくの眼球はきょろきょろあちこち泳ぎ回り、ハテナの形をたどるのに忙しい。その間にアゴは落ち、息が止まり、体は正座を維持して固まった。
「そうだね…もうちょっとしたら、もうちょっとお店の利益が上がってきたら、手術しに行ってきてもいいよ。ね、ポスティのおかげでお客さんも増えてるし、もうちょっとだけガマンしててね。ゴメンね、ちっく。」
決定的だった。乙女ちっくの両目から、涙がぶわっと落っこちた。
「うん、気づいてあげなくってゴメンね、いいよ、もう、やりたいことしていいんだよ。かわいそうに…」
子供の頃からあれだけ乙女ちっくな男だったのだ。シオナの世話を色々焼いて、カワイく着飾らせたりしていたのは、乙女ちっく自身が女の子にあこがれていて、女の子になりたくって、でもなれなくって、シオナを身代わりにして何とか我慢していたのだと、シオナは固く信じて疑わなかった。
因果は巡るのだ。日々の行い、言葉遣い、すべて合わせて計算すれば、そう思われるのも無理はない。乙女ちっくよ、自業自得だ。
自分が一番に欲していることは何か、自らを理解せず、態度に示せず、言葉に表すこともできないことが、シオナのような大まかな判断力を持つ人間の偏見を呼んだ。必要なことは、自分のために言葉にして、声に出してはっきりと、らぶな相手に伝えましょう。
「ひっく…しおちゃ…」
それだけでは足りません。涙をいくら足しても足りません。
「うん、いいの、謝らなくっていいのよ、泣いたっていいの。」
シオナは乙女ちっくの顔をなでこ、おっぱいでぎゅうと抱き締めてやった。それはそれで大変うれしく、わけわかんなくなっちゃう乙女ちっくである。
「しおちゃん~」
「うん、いつもありがとうね、いろいろしてくれて。ちっくは毎日がんばってるんだから、もっと幸せになってもいいんだよ。大好きだよ。応援してるからね。」
「しおちゃん…」
「うんうん、よしよし。いっぱい泣こうね。今度お医者さんに相談に行こうね。」
だっこしてくれたおっぱいは、それはそれはキモチよく、わんわん泣くのも悪くなく、おデコにちゅうっとされちゃって、乙女ちっくは言うべきことを忘れてしまった。歓喜の波に飲まれている場合か、排泄するモノも違っている。それ以来毎日シオナが優しくなでこしてくれるからといって、問題の解決にはならんのだ。このバカモノが。
シオナのらぶは、乙女ちっくには広すぎた。ダダッ広くてド近眼で焦点がボケボケで、目の前の男が男には見えない。せいぜいがでっかいつくし程度だろう。乙女ちっくが口をぱくぱくさせて反論しようとしても、風に揺れる小枝か葉っぱだ。その目では見つけられない。もう時間がないというのに、世話が焼ける人間どもめ。
「しおちゃん…、しおちゃんは、子供って、欲しくない?」
「えっ!?今度はそっち?」
「ん…?んん…佐藤さんがね、奥さんが、亡くなった小さい息子さんのこと教えてくれたの。写真が気になってたんだけど、聞けなくって…知ってた?」
「事故だって聞いたけど。」
「そうだけど、踏切でだよ。だからおじさんがお花の道作ったんだよ。もう悲しくって、ボク泣いちゃった。」
「ああ、そうだったの!ええ ホント…!」
「ユウキ君カワイイし、キラリたちも。今になってはじめてお母さんの気持ちが分かったんだ。どんな方法でも子供が欲しいかもって。ネコちゃんもいいけど、やっぱり自分の子が欲しいよ。」
「ちっく、アタシにドナーになってほしいの?」
乙女ちっくの箸は震えた。ご飯が落ちて、ポスティが待ってましたとパックリいただいた。
「あ…しおちゃん、ボク…」
ああ、どうしようどうしよう、ちがうよちがうよ、しおちゃんしおちゃん、やだやだ、ボクボク…
乙女ちっくのアゴはガクガクし、言うべきことが出て来ない。結果として、子供のように泣くしかない。うえ~ん…
「ちっく、よしよし、ヤだって言ったんじゃないのよ。まず自分の体のこと落ち着いてから、ゆっくり考えようね。ほら、泣かないで、ごはん食べて。ね、んん。」
ちゅうしてなでこしてくれるシオナだが、残念ながら、話は全く通じない。そんなどさくさ紛れにポスティが食卓に登り、乙女ちっくの刺身をくわえ、電光石火逃げ出した。
「コラ!ポスティ!さっき食べたでしょ!悪いコ!」
バタバタバタ…程なく引ッ捕えられたポスティは、シオナの手でゾンビにされて戻って来た。刺身が牙の間からはみ出ている。
「ちっく、刺身取り上げて!ダメ、ポスティ、出しなさい!」
ゾンビ・ポスティは、地鳴りのような唸り声で乙女ちっくを怯えさせ、意志強固なアゴが、指をも食おうと待ち受ける。きゃあ…キバがコワいよ…うむむむむ…
「取って、ちっく!悪いことしたらその場で叱らなきゃダメ!食べさせないで!あ!」
うががが…マグロのかけらが乙女ちっくの指に残され、丸呑みされるに至った。
「飲んじゃった!もう!あのマグロ、ヅケでしょ?しょっぱいの食べちゃダメ!お行儀悪いし体にも悪いよ、ポスティ!アンタは台所に出入り禁止!刺身も当分あげないからね!出て行きなさい!」
満足気に舌なめずりのポスティは、居間に放り投げられた。
「そこで反省してなさい!」
シオナはドアをバッチリ締め、ぷんぷん怒りながら席に戻った。ぶつくさ言いながらご飯をモグモグ、ぽかんとする乙女ちっくの視線が目に入らない。
「おかわり!食べ直すわ!」
ふん…しょっぱいマグロもウマかったが、ちゃんとモグモグ味わいたかった。ネコのひとくちの小ささが悔やまれる。っち、マグロはまだ皿にあったし、ヤツら、スキだらけだったのに。
乙女ちっくは、その夜、夢を見た。毒蛇のようにシャーシャー言う化けネコが、シオナの首根っこを引き千切り、倒れたシオナはゾンビ・シオナとなって復活し、乙女ちっくを執拗に追いかけるのだ。ゾンビ・シオナの底無しの体力に、ついには追いつかれ、のしかかられてかじられそうになった時、ふと、ゾンビにもかかわらずやっぱりシオナのおっぱいだとムズムズを覚え、思わず抱き締めたゾンビに恍惚としてかじられるというものだ。化けネコは恐ろしいニヤケ顔で乙女ちっくを見下ろし、意味ありげにニャーと言う。
「ニャー」
「きゃっっっっ!あー!」
目を覚ました乙女ちっくの目の前に、生身のポスティの顔があった。寝床に横たわる乙女ちっくの胸の上にネコらしく丸く座って、首を突き出し、…うなされるのはにいちゃんの勝手だけどよ、ちっと静かにしてくんねえか…と目を細めて乙女ちっくを見ている。
「ニャー」
しっかりやれ、オンナオトコ…との意味である。
「ポスティ、しおちゃんのとこに行きたいの?ボクもだよ…怒られたからコワいんだね?一緒に行こっか…」
乙女ちっくには、ゾンビ的悪夢の恐ろしさに、寝床の孤独がひどく寒く感じられた。ポスティでもいてくれて嬉しかった。意を決して、こうかな…ん、逆がいいかな…と不器用にネコだっこを実行し、ちょっとほっぺにスリスリしてみた。おケツをムズムズさせているポスティだが、スリスリはあったかくって気持ちよかった。
静々と階段を昇り、固く閉じられたシオナの部屋のドアを、乙女ちっくはイラつくほどスローに開けた。首をそうっと突っ込んではシオナの位置を確認し、左足から一歩、肩を突っ込んではまた一歩と、ネコうんざりのトロクサさを発揮した。柔らかいシオナのベッドに早く行きたいのだ、ムズムズとだっこから飛び下りたポスティは、ドサリとシオナのハラに乗っかった。寝起きの悪いシオナでも、おえっとなって起きざるを得ない。
「う…ん…、ポスティ…苦しい…ん、どうやって入ったの?」
「あ、ごめんね、しおちゃん、ポスティが寂しがってるから連れてきちゃった…。ちゃんとだっこできたよ…ふふ…」
「ん、そっか。やっぱりアタシがいなきゃダメなのよね、ポスティは。ね、ちっく。」
シオナに遠慮なくスリスリしてなでこしてもらうポスティに、乙女ちっくも微笑ましく思うものの、もうもう、とんでもなくうらやましくってしょうがなかった。
「ポスティ、ちっくにおやすみは?お刺身盗み食いしちゃってゴメンネ、チクマくん、おいしかったよ、ありがとね、らぶぅ~」
腹話術師シオナのらぶに誘われて、ポスティをなでこしてみる乙女ちっくだが、気もそぞろなその様子に、ようやくシオナも目が覚めた。
「どしたの、ちっく。寝れないの?」
「しおちゃん…」
「うん、座んなさい。なあに?」
「あのね、しおちゃん…ボク、しおちゃんのこと大好きなんだよ。」
「うん、アリガト。アタシもよ。」
「…でね、子供作るんだったら、しおちゃんとじゃないとヤなんだからね…」
真剣涙目の乙女ちっくの手をニギニギ、辛抱強くうなずいてやるシオナだ。
「ボクとじゃダメ…?しおちゃんにボクの子供、生んで欲しいよ…ドナーじゃなくって、ちゃんと、ちゃんと…して…、で、結婚もして…普通に…パパとママになって…ずっとこの家で、一緒に赤ちゃん、育てたいよ…しおちゃん…ダメ?」
「だって、ムリでしょ?」
シオナは、あっけらかんと即答した。乙女ちっくは耐えられない痛みに正面からぶん殴られる。涙もちょちょ切れた。
「あ、ちっく、だって、アタシとエッチできるの?女の子になりたいんでしょ?」
「…しおちゃ…あ…ちがうよ…」
「おっぱいつけたいんでしょ?ずっと悩んでたのよね?」
「…あ…ちがう…おっぱいは…触りたいの…つけたいんじゃなくって…しおちゃんのおっぱいを…触りたいの…」
シオナは、ためらいなく乙女ちっくの手を自分のオッパイ持って行った。ついに、ついに触った本物のおっぱいに、夢にまで見たシオナのおっぱいに、乙女ちっくのムズムズは激震だ。
「どう?触りたくっても、違うんでしょ?」
「…わ…しおちゃ…スゴ…」
ノーおぶら様のおっぱいの柔らかさに、血圧がとんでもない乙女ちっく。
「だって、ちっく、大学の時、男の先輩と付き合ってたんだよね、でしょ?」
「あ…ちがうの…ちがう…あれは…ユージ先輩に押し倒されたけど、吐いちゃっただけ…」
「えっ?」
「…だって…やさしかったのにね、二人きりになったら乱暴になって…ボクの顔に押しつけて…先輩のアレ、汚くって気持ち悪くて…ムリだったの…」
「えっ、はっ?でも、女の子としたことあるの?」
「…ないよ…だって、みんなボクのこと、ソッチなんだって思ってるから…しおちゃんも…」
「ソッチじゃないの!?」
「…うん…たぶん…だって…しおちゃん…しおちゃんのブラで妄想しちゃった…ドキドキしちゃって…触りたかったの…」
絶句のシオナ、まだ信じられない。涙目で懇願する乙女ちっくの手は、おっぱいの上で緊張し、ロクに動きもしないのだ。
「ウソでしょ…」
最終確認…!シオナは、乙女ちっくの股間にむんずと手をやって確かめた。
「あ!…しおちゃ…あ…あ!」
決定だ。乙女ちっくのソレは、見事に緊張している。
「ポスティ、ごめんね、今日は1階で寝てね…」
内股になって恥ずかしそうにもじもじする乙女ちっく、この期に及んで、どこまでも乙女ちっくである。何たる首尾一貫か。並んで座って考えるシオナに、どうにもしないものなのか。
「したいの?」
単刀直入なシオナに、上目遣いにうなずいて見せる乙女ちっく。
「…しないの?」
怒られちゃつた…と肩を落とす乙女ちっく。
「男の子なのね?女の子としたいのね?何からしたいの?じゃあキスは?しないの?」
「…したいよ…」
「じゃあ、して。ほら…」
シオナが乙女ちっくの顔を引っ張ってやって、細かくお膳立てし、ようやく接吻成立である。
「…どう?」
「…あ…しおちゃん…もっと…」
「…んふ…ちゅって言っちゃった…あ…しおちゃ…んんんんん…」
シオナの指導は続き、細部に渡って指示が下され、オス乙女ちっくの腰と五感は吹ッ飛んだ。
乙女ちっくの体格は一応あちこち立派なものだったので、シオナとしては肩コリが解消されて疲れが溜まりにくくなったりして、だらしなくポスティとうたた寝をする時間が随分減ったようである。乙女ちっくと二人でソファに並んで、ポスティが二人の膝でゴロ寝するのをつんつく・なでこし合ったり、家族計画についていちゃいちゃ語り合ったり、乙女ちっくにちゅうちゅうマッサージをさせたりして、日々を過ごすようになったのである。
乙女ちっくとしては、シオナをポスティと共有する感があるものの、バラ色の日々である。シオナのおぶら様のホックを外す光栄は、最終目標をも忘れさせる楽しさで、花道をスキップして跳ね回りたいくらいである。四十かそこらにしてようやく絶倫に目覚めた乙女ちっくは、アツアツに今を生きていた。
長いこと頑張っていれば、なんとなくその内に、何らかの結果がでっちあがって来るものである。乙女ちっくがシオナと一緒にいたいがために開発した「キラキラさんだぁ」は、ひっそり静かなる評判を呼び、その量産計画が、世間の荒波の間からプカプカと浮かび上がって来たのである。
乙女ちっくはネクタイを締め、自立したオトコを目指し、荒波をバタフライに進んで行った。その指には、真新しい結婚指輪がキラキラしている。
その後「キラキラさんだぁ」は進化を遂げ、全自動整髪機から全自動犬猫洗浄機、更に全自動介護ロボ、手術ロボ、医師ロボに応用されるに至り、それらを繋ぐ高度の制御機能は、当初の予想よりは、はるかに人類を救う技術へと発展するようである。が、それはまた未来の話なので、会社設立当初の乙女ちっくをもう少し見守ることにしよう。
乙女ちっくが店の下働きとしてエプロンをぴらぴらさせなくなってから、シオナは機械にも強い元同僚を引き抜いて店を切り盛りした。会社は軌道に乗り、店内の「キラキラさんだぁ」も台数が増やされ、導入を検討する大手経営者が名乗りを上げた。
看板ネコの評判は「キラキラさんだぁ」などに負けるはずもなく、しょっちゅう客や通行人に激写されていた。シオナもポスティも互いに忙しくなり、特にシオナは、閉店後にようやく帰って来る乙女ちっくとのらぶに忙しかった。
二人が異変に気づいたのは、ある日の朝食時であった。いつものように早起きの乙女ちっくが、どこを見てもポスティがいないのだ。あれ、おトイレかな…とゴハン皿をカンカンしても、ネコまっしぐらの気配がない。ハラへったと、ドアを引っ掻いて起こしに来る日もあるポスティなのだ、この音を無視できるはずがない。
え…うそうそ…
フトンをめくって、タンスの隙間も上も覗いて、扉という扉を開け放し、一階も二階も這いつくばって見回って、ポストを開けて、外を一周して、ゴハン皿をいくらカンカンしてもやっぱりポスティはどこからも来なくって、乙女ちっくは大いに叫ぶに至った。
「しおちゃん!!ポスティは?いないよ!!どこなの!?」
口が渇いて、耳鳴りがした。自分の鼓動がうるさく、シオナがポスティを呼ぶ声が遠のく。
ポスティはボクたちを見捨てて出て行ったの!?土曜の夜だからボクたち超らぶらぶで部屋から追い出されて一人寝しなきゃいけなくなってヤだったから!?でもでも、もう寒くなったし、ネコちゃんのらぶの時期じゃないし、どっか行っちゃうなんてアリエナイ!どういうこと!?なんで、なんでぇ?!それとも何かの事故!?そんなぁ!!
お散歩コースまで、叫びながらあちこち草むらや物陰を探し回り、おっちゃんちに駆け込んで泣きわめき、おっちゃんの娘まで叩き起こして総動員が徴集された。
全員が闇雲に叫ぶ中、キラリたちは疾走してある地点に向かった。最も冷静で足の早いおっちゃんが追いつくと、そこでポスティは発見された。三匹が寄っても、ポスティはそのままでそこにいた。お気に入りの赤い花の中に横たわり、既に冷たくなっている。跪いたおっちゃんは、やっぱりそうか、と思った。これが野良ネコの死に方なのだ。外傷はない。安らかだったようだ。
「ヤダ!!ポスティ!!」
服を振り乱したシオナが泣き叫ぶ。キラリたちを抱き締め、ポスティの抜け殻に涙を注ぐ。呆然と立ったままグズグズ泣いている乙女ちっくに、おっちゃんは目配せをした。
乙女ちっくは夫としての役割をどうにか思い出し、シオナを立たせ、抱き寄せた。おっちゃんは上着を脱いでポスティを包み、首輪を外して、乙女ちっくにそっと渡した。
「ウチの庭に埋めようか、道がよく見えるように。ね。」
シャキシャキとポスティを運ぶおっちゃんに、他の者は足取り重く導かれた。黙々と穴を掘るおっちゃんに、シオナも慟哭を飲み込んだ。おっちゃんにポスティを渡され、穴にそっと置いてやるシオナである。乙女ちっくは小さいシャベルを渡され、夫婦で土をかけてやった。おっちゃんは大きな石をいくつも用意してくれて、ポスティの墓に丸く並べたのだった。
「ごめんねポスティ、ひとりにしてごめんね…」
しばらく動けないシオナに寄り添い、乙女ちっくは考えた。おっちゃんがいてくれて本当によかったと、熱烈に思った。全く頭が上がらない。世のお父さんはこんなに立派なのかと感動し、自分にできるか不安でもあった。
「ほら、もうゴハンを食べなさい。元気出をして。それが弔いになるんだから。」
おっちゃんが二人に呼び掛けた。
「あ…ありがとうございます…」
おっちゃんは輝いていた。慈悲深い後光が、乙女ちっくの胸に有り難く差し込んだ。そして、おっちゃんちのゴハンはやっぱり、格別においしかった。当たり前にあるものが、当たり前にそこにある。落ち着ける家があって、おいしいゴハンがたっぷりあって、家族みんながいて、今日は日曜日だ。
ポスティはいなくなってしまったけど、こんなかわいい子供たちを残してくれた。こんなにもみんなに愛されて、モリモリゴハンを食べている。スゴいよ、ポスティ…ばいばい…ウチに来てくれてホントにありがとね…
乙女ちっくからすると随分と不思議なことに、数日後、店のポストに、あるはずのないネコが乗っていた。それはキラリの三匹のうちの一匹であって、母の後を継いだと見てもいいのだが、ポスティ以外のネコがそこにいたのは初めてで、誰がしつけた訳でもないのに来てくれて、乙女ちっくのハートは久し振りにほっこりしてしまった。
泣いてばかりで食欲のないシオナを励ましたりなだめたり、最終的に、ゴハン食べないコはだっこしてあげないからね!ガリガリに痩せておっぱいがなくなっちゃったしおちゃんなんか大ッキライ!と叱り付けて、初夫婦喧嘩になっていた乙女ちっくは、シオナを呼んで、ちゅうちゅうにだっこしたものである。
キラリたちはそれから毎日交替で出勤し、おやつをもらってご満悦なようだ。乙女ちっくがポストを改造し、いつでも三匹そろって来てくれてもいいように広くし、店に自由に出入りできるように筒抜けにして、通行人にもよく見えるようになり、寛大にも激写を許すキラリたちである。やん、らぶぅ~。
ちなみにこの夜、らぶな夫婦はちっこい息子を授かった。その魂は、父よりもはるかに立派なもののようである。まんずまんず、めでたしめでたしである。
ちょうとその頃、海の向こうの大国では、かのチャールズ・サンダーソンが産声を上げている。私の愛娘、千鶴と、かのチャールズ・サンダーソンの腰から出た直系子孫である三田知久磨の、その息子が先祖と同じ生年だとは、ややこしくこんがらがった大問題だと思われるだろうが、時々にはあることで、今回の場合は特に事実上五世紀の時を経ての子孫ということなので、二人がばったり出くわしても、らぶな関係にでっちあがってしまっても、天上のツルの目で見て、特に問題はないだろうとのことである。まあご安心を。
あ、安心といえばもう一つ。天上のツルの秘伝の術として、どの種においても、それぞれの生理機能に特化した「気持ちよ~く死ぬ方法」があることを付け加えておこう。
子孫教育のためには、天上のツル自らが何らかの生きものに生まれることが、多くの場合大変有効である。それに伴い、生身の生きものとしてコロッと死んで見せる必要も出てくる訳なのだ。要は、ポスティは全く苦しまず、安らかどころか大変に気持ちよく死んで行ったので、どうかご安心下され。
よく食べ、よく生き、よく死ぬこと、それが生きるものすべてが見せる、キラキラの力となる。それを目の前にしても、見えるかどうかは自分次第、その時が来れば、すべて分かるはずである。
生まれたら、せいぜい食って、できればらぶらぶして、えっちらおっちら死ぬしかないのだ。そうだ、それでいいのだ。
飛べ!輝け!生きものたちよ!らぶぅ~!