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キとラの真実   作者: 海野みうみ
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第五章 ハラへった、は魔法の言葉

ハラへった信号をキャッチしたタニーは、生まれたての赤子を保護する。

イカ絡みの竜宮城で、共に吹き飛ばされたクジラが時空を越えたようである。

さて天上のツルの采配は…?

 ハラへった、は魔法の言葉である。その秘めたる力は凄まじく、めぐりめぐって天をも動かす、命懸けの主義主張である。


 特にこの場合、一目瞭然で無理もないことに、そんなとこでなにしてんの?と問うてくれる通り掛かりの人も誰も来てくれないのは間違いない、深々とした本格的雪山で、何の装備も持たない一人によって叫ばれている「ハラへった」なのである。そんでこの場合の今ってのは一体いつでどこのことなんだよ、という問題もある。


 またしても昔々、辺鄙な島でのことである。戦乱の世に人々は生き生きとして殺し合い、策略を巡らせてバンバン殺しまくったナンバーワンがクニを統一せんとしていたところにあって、そういったことには全く関わらないド田舎の雪山でひっそりこっそり行われた叫びであった。


 そんな状況ではハラへった以外にもっと言いたいことがあるんじゃないの、大丈夫?と思われるだろうが、


 ハラへった


 それがすべてだ。叫びまくっている本人は命懸けで芯からホットであり、ちっさいサカナからえっちらおっちら進化して、やっとこさでっちあがったまだ形ばかりの人間だったため、ハラへった以外のことなんて別に何も浮かばないのだ。母のハラの中ででっちあげた原始の知能でもって、素ッ裸なる赤子は命の限りに叫びまくる、うぎゃ~(ハラへった)っと。


 その声に意味も分からず反応した寝起きの悪い母さん熊は、出合い頭、赤子を引っ連れやって来た父親を一撃でのしてしまった。これでは通り掛かろうとしていた誰かがいたとしても、ちょっと血なぐさい空気に遠慮してしまうものと思われる。残念だ。


 母さん熊も早々に撤退してしまう叫びを行うその赤子は、丸々としてモチモチとして、でっちあがったばかりとは見えぬ巨体である。この赤子が、なぜわざわざ雪山までやって来て「ハラへった」を叫ぶことになったのかという間題は、その前日に明らかになっている。



 足跡一つない一面の真っ白雪の中、ぽつねんとした小屋があった。マッチョな猟師であった赤子の父が、人々が殺し合う喧騒が届かないその地で、ぽつねんと生きねばならない理由はいろいろあった。要は殺されたくないからである。


 貧しくも逞しく根を張って家庭を築き、二人目の子を授かったその妻は、今回のあまりのハラの大きさに、もしかして赤子は一人ではないのでは、と内心気が気ではなかった。同居している夫の母は、頑強な迷信に囚われた旧型人間だ。双子は不吉と、イカクサイ手で何をされるか、想像だに嗚咽を覚える。


 残念ながらバアさんは、年の割に屈強だった。迷信深さはそれ以上だった。大問題だ。子供と祖母、どちらを取るべきかは明らかながら、夫にそのテの行動が起こせるかどうか。口を減らすためとの言い訳が立とうが、あのクソババアめが…しかし、自分が母親であることが、すべてに勝るはずである。母親として、どんな手を使っても戦うべく、覚悟を決めよ。


 その夜は、枕元に短刀を忍ばせ、母なりの臨戦態勢を整えようとしたが、やはり時はやって来た。それはもう、猛烈にハラが痛い。クソ、もう一つの覚悟がいるようだ。


 地響きを呼ぶ母の唸りに、幼い息子は怯えた。夫は密かにタマを縮ませた。バアさんもさすがにキモを冷やしていた。赤子を助けろと嫁に短刀を渡され、決断するしかないとなれば仕方なかろう。


 時は過ぎた。ハラにいたのは一人の丈夫な赤子と確認し、母はカ尽きた。強烈な産声を上げる赤子は、手足をジタバタとさせ、早くも「ハラへった」を唱えている。呆然とする父と祖母は何から片づけるべきか迷ったが、赤子の叫びが耳に痛く、口をふさぐのが先決と思い至り、母が冷たくならない内に乳を含ませた。哺乳類の本能は、一家に安堵を与えた。母の豊かだった乳房が吸いまくられて見る見る萎れ、再び赤子が叫びはじめるまでは。


 おっぱい足りないよ!うぎゃあああああああああああああ!


 この叫びは最強だった。まだ幼い兄は、意味も分からず引きつけの発作を起こした。しばらく痙攣し、ぐったりとなったが、祖母が気づいた時には既に御陀仏であった。これは決定的だった。すなわち、この赤子は魔物である。妻と息子を同時に失って腰を抜かした父は、母親にたき付けられて、赤子を籠に詰め込んだ。


 こけつまろびつ、雪に埋もれつつ、神聖なる山神に魔の赤子を捧げんがため、今世紀新記録にて最速登頂を果たした父は、職業柄持っていたはずの武器も注意力もうっかり忘れ、母さん熊を叩き起こし、素手で戦う暇もなく、イカ落ちと相成った。


 バアさんは、息子が帰らないことを一人悟った。孫と嫁の遺骸を清め、小屋に火を放った。念仏を唱えながら、すべてが焼け落ちるのを見守ると、生まれ故郷の村があった地へ向かって歩き出した。


 敵の手に落ちているのを知りながら、バアさんは出戻った。三日三晩、干物のように漂い歩き、吹雪の村を目の前にして、立ったまま凍りついていた。


 敵に寝返ったかつての隣人は、バアさんの死に様のあまりの恐ろしさに、供養塔を奉った。その後、飢饉と疫病に襲われ壊滅した村だが、バアさんの供養塔は何があろうと立ち続け、妖怪伝説を伴って丁重に寺に移され、安住の地を得たもののようである。


 さて、赤子である。生身の人間としてでっちあがったからには、雪山に置き去りだろうが何だろうが、死すべき運命に立ち向かって行くしかないのであるが、実の祖母によって魔物と称されるほどの逸材であるのは、もちろん魔の力によるものではない。


 マッコウクジラから直行させたもんで、本人の記憶にも混乱があるようである。何しろ、イカ発見のお知らせ波にいち早く馳せ参じて、イカを食いまくっている内に海底火山の噴火爆発に巻き込まれ、マッコウクジラのステキな本能全開のまま人間に転生させられたのだ。食いまくりが不十分なまま気づかず死んで生まれたもんで、「ハラへった」もクジラ級のデカさのままなのである。


 さあ、ショータイム…んん…


 美しい雪と共に舞い降りるのは、うるわしのタンチョウヅルよ…って、ちょっと、ツルですけど、静かにしてくれません?…クソ、生後二日じゃ目も開かねえってか、せっかくタンタンセンパイみたく感動的にキメたかったのに、るせえ…


「ぎゃああ!初列風切羽を食わないでよ!このクソガキ!」


 ぷくぷくベロベロの顔を覗き込んでみると、待ってましたとばかりにやられてしまった。仕方ない、議員のハゴロモで赤子をぐるぐるのイモムシ状態にぎゅうぎゅう縛り付け、母さんおんぶにて連れ帰ることにするか。


 お、重い…あう…ドアは…は、ぎゅうぎゅうだと起動できないってのかしら!ええ!?でもでも、こんなんじゃ飛び上がれなくねえ!?


 しょーがねーな、一回下ろして、こいつ、転がしてほどいてやるか。はっ、それぇ…、赤子は雪の中を転がって行き、再び素ッ裸になって楽しそうにきゃいきゃい笑い転げている。何だ、カワイイところもあるじゃないのと思ったのも束の間、今度はデカい笑いに頭痛がしてくる。議員用どこでも行けちゃうドアを呼び出し、またぐるぐる巻きにしてやるしかない。


 もう、モタモタしちゃった。天下のツルなのに、かの偉大なる議員のアタシが、ちょっと恥ずかしいじゃないの。うっ、くっ、重い、引きずってくしかないワ!


「ホージー!助けてぇ!」


「…センパイ?え、それ、子孫ですか?」


 ホージーは、白井家の御曹司をおんぶしてあやしながら、機織り機をギッコンバッタン、お得意のハゴロモを織っていた。


「クソ重いのよ、このクソガキ!」


「ヤダ、センパイ、半重力転換って念じて下さいよぉ、議員のハゴロモなんですから何でもアリなんですって。」


「ウソ、それだけ?ガキがうっさくてあったま痛くってさ、はっ!ぎゃああああああっっっ、くっさ!!ちょっとおとなしくなったと 思ったら!うんち中だったワケ!?くっさっっっ!!」


「あら、初うんちバクダンですね。ほんと、くっちゃい!」


「ゲッ、目を開けたワ!コイツ成長してる、キモ!クサ!ヤダ、ホージー、これ洗ってくれる!?機能できない!!」


「あらら、もしかしてもうダメかしら…。ちょっと待って下さい。」


 ホージーは機織り機に戻り、頭のてっぺんのパッキンを抜いて、ハゴロモに織り込んだ。


「ハイ、おむつですよ。これで半重力にできますから。あら、いいねえ、ねー、きもちいいねえ?」


 赤子は、ぽかんとしてよだれをダレダレにしながらホージーを見上げている。


「ほら、よだれ掛けですよー、あーいいなー。」


 ホージーは赤子のホッペをツンツンしたが、初列風切羽は食われなかった。かつてマッコウクジラとして、息継ぎのために海面に浮上して鳥を見たことはあるが、こんなドハデなヤツは初めてなのだ。人間として初めて見たものがツルだとは、DNAの底からびっくらこいている赤子である。ホージーに初だっこされて、お得意のハラへったを忘れているくらいだ。


「ほら、センパイ、だっこ。軽くなりましたよ。」


「…なるほど…」


 軽い。あったかい…。赤子はマッコウクジラの目のままで、まだびっくらと私を見ている。ふん…それなりにカワイイ、かな…?んぶっ…くちばしをひっつかむんじゃねえ!このつるっぱげ!


「ミルク作りますから、おしゃぶりをどうぞ。」


 んまんまんま、おしゃぶりをさせていると、すっかりおとなしく、普通の赤子っぽくなってきたようだ。


「それで、お名前は?」


「ふん、そうね、ほんとにうっさかったから、千のツルにも負けぬ声を持つ人間か、アンタが雪んこ千鶴ってワケね。つるっぺでいいワ。」


「はーい、チヅルちゃん、ゴハンでちゅよ、あーいいねえ、おいちいねえ。」


 そしてホージーは、ミルクを大釜で炊く羽目になった。パッキンもぐったりしなしなである。今後は牛の群れを飼うことも検討すべきだろう。


 私のハゴロモは、千鶴のうんち色に染められ、キラキラなんてどっかにあったっけねと機能不全に陥り、バイオハザード、前代未聞の再生産になってしまった。


 これは、全く信じがたいことである。全宇宙的科学の結晶が、ある特定の遺伝子を持った生まれたての赤子のうんちにだけすっかりヤラれてしまうとは。その遺伝子が何らかの進化に繋がるかは楽しみだが、宇宙屈指の強烈な毒素に負けぬよう研究を重ねることとなったハゴロモである。


 

 当のハゴロモ無し議員の私では、全く仕事にならんてもんだ。ホージー母さん特製おむつでクサくなくなってゴキゲンの千鶴を、旧研修用ハゴロモにて母さんおんぶに、雲の間をひとっ飛びに散歩するのがヒマ議員な私の日課になっていた。


 天上界でっちあげ議会本部は、雲の中にある。どの雲が本部であるかは、選ばれた天上のツルにしか見分けることはできない。ただの鳥や飛行機が偶然にぶち当たったとしても、すっかすかの手応えしか感じられないはずである。全宇宙的科学技術ででっちあげられた雲であって、雲ではないと言っておこう。時間も空間も、ウサんクサ感漂うフワフワのでっちあがったコロモでできているのだ。


 これは、衛星のように常に地球上を巡回して地上を管理し、いのちを導く。人の言う天国とはちと違う。宇宙へ飛び立つ出世ヅルの中継所であり、その存在を知らぬまま、生きるものはすべてここを目指して生きている。地球の歴史と同時に始まり、同時に終わるものである。どちらも、単品でのお取り扱いはございません。


 千鶴は、この雲の散歩にことのほかお喜びだ。本物の雲の中を縦横無尽、人間ならば気絶するはずのアクロバット飛行にきゃいきゃいである。酸欠防止シールドに守られて快適な空の旅だが、風を切って飛ぶのがたまらないと見え、毎日、青ッ鼻じゅるじゅるのきっちゃにゃいお顔になってお楽しみである。まったく、世話かけさせるぜ、ハナちょうちんタレが。


 ニセ雲の中、ウサんクサいドアを開けた本部の中には、ツルのツルによるツルのための理想のツル文明維持発展の必要がすべて揃う、ダダッ広い空間が広がっている。ウマいスシなど、不足分は地上から吸い上げればいい。


 人間の子供は時々顔を出すホージーの養い子他はいないが、教育の場といろいろしてくれる見習いヅルの手羽先はふんだんにある。通常は地上にツルが無い降りて子孫に教育を施すが、今回史上初の試みとして、完全天上教育による人間を地上に帰すこととした。ハゴロモ・カモフラージュ力にて人間に変身したツルが、千鶴に英才教育を授けるのだ。もちろん、らぶもたっぷりと。


 ホージーは、「人間生活を潤すハゴロモ織り実践講座」、「美味しく食べよう植物学講座」、「男を虜にする家庭料理講座」を受け持った。ゴーティ姉さんも参加してくれて、「すぐに使える局地的宗教学講座」、「温かい家庭を作るための人間社会学講座」を教えてくれた。私としては、「ウマいサカナ学講座」、「雪と天候のヒミツ講座」、「海・山・川でサバイバル学講座」、「ワクワクしちゃう生殖学講座」、「男をトロトロにしちゃう性技実践講座」を受け持った。


「ダー、ダー、んま!きゃっ!!」


 千鶴は、改良型おむつを締め、生きた乳牛の弁当持参で講義に臨み、メキメキと成長した。早期教育のため、体の成長は後回しになるが、魂に直接呼び掛ける教育なのだ。脳を地上の人間の数倍活動させ、すべてを記憶できるようにしている。今はきゃっきゃとおててを叩くだけでも、近い将来、実際にコトに当たれば、学んだことをスルッと実行できるようになるはずである。


 イカのジュッティとの激戦に吹ッ飛ばされて以来、私を取り巻く間軸は、やはり妙なことになっているらしい。ゴーティ師は前々からUFO的タイムマシンによる子孫教育に否定的だったが、今回の千鶴の件では、その機能は故意に起動させてはいない。私はサカナからツルに戻って落ち着いたところで、ようやく千鶴からの信号をキャッチできたのだ。


 その千鶴はというと、激戦に巻き込まれたクジラから転生し、そのままに「ハラへった」信号を発するに至った。どうやら千鶴は、地上の時間軸から浮いてしまったものと思われる。生まれるべき時代から、私と共に吹ッ飛ばされてしまったのだろう。何かに引っ張られるように、時代を溯ってあの山に生まれたのだ。


 しかし、どのようなことになっても、結果として生じた不具合をうまいこと微調整するのが、いのちを導くツルの仕事だ。特にイカと関わってしまったことで大問題が生じることは地球史上、しょっちゅうあったことだ。対処療法であっても、経過をよく観察すれば、解消できる。かわいそうに、浮いてしまった千鶴がどこへ帰るべきか、私は千鶴への講義を行う内に、そのピッタシの答えをようやく見つけた。地上時間のこんがらがりパズルを、でっちあげ回答でくっつける大作戦である。


 さあ、時は来たワ…


 私は千鶴との、最後の雲の散歩を存分にきゃいきゃい楽しみ、母さんおんぶのまま、人知れず地上に舞い降りた。千鶴をその足ではじめて地上に立たせるため、ハゴロモとホージー特製おむつをほどくと、魔法のように、千鶴の体は見る見る大きくなった。例のアニメキャラのような雪んこの格好で、しかし、およそ18才の、十分大人の女性にでっちあがった、元赤子の千鶴がほほ笑んでいる。


 私はハゴロモを身に纏い、千鶴の実の母の体になって向かい合った。人間教育のため、ハゴロモ・カモフラージュカにて使い分けていた姿である。


「おっかさん…」


 千鶴は私にそう呼び掛けた。


「私のかわいい娘、つるっぺや…大きくなって…」


 私は、千鶴を人間として抱き締めた。やわらかくって、あったかくって、おっきい。哺乳類としては、母の姿の私も、生身の千鶴も、たいそう魅力的なおっぱいの持ち主だ。雪肌もちもちの顔を撫で、ほっぺにぶちゅぶちゅキスをして、千鶴をくすくす笑わせた。


「おっかさんのおかげだぁ。ありがとう。」


「つるっぺ、こんないい女になって…おまえは立派だよ、がんばったよ。忘れないで、愛してるよ、何かあったら助けてって空に叫んでいいんだよ。私がいつでも飛んで来るからね。」


「わがってる、わがってる。愛してるよ、 おっかさん。」


 千鶴は、握っていた手を放し、真っ白雪に足跡を付けながら、その小屋に向かった。かわいい顔が、私を見ながら歩き出し、笑って手を振って、やがて前を見据えて行ってしまった。


 ああ、私の娘が、手羽先塩に掛けて育てた赤子のつるっぺが、元イカ食いクジラのつるっぺが、立派に巣立って嫁に行ってしまった!


 あんなにうぶうぶしてたのに、おっぱいぷりぷりの、男受けするいいオンナになっちゃって!乳飲み子のくせに乳牛丸ごと食っちまいそうなくらい大食いでうっさいばっかのクソガキだったのに、白井家の御曹司をぶん殴って散々泣かせてご満悦だったのに!運命を理解し、受け入れて、自らのかわいい足でどこまでも向かって行こうとするつるっぺよ!


 わあああああああああ!つるっぺぇぇぇぇぇぇえええ!アイシテルわよおおおおおおおおお!



 ハゴロモ・カモフラージュ力により、すっかり哺乳類の情が移ってしまった私は、しばらくホージーの肩で泣き暮らした。まだやり残した仕事があると、ようやくゴーティ姉さんに慰められて立ち直ったが、姉さんの分析によると、議員のハゴロモ欠如症でここまで胸キュンに陥ったもののようだ。これでは特定の子孫との絆が強くなりすぎ、それに執着するようになって、不健全だろう。精神力の消耗もかなり激しい。


 残念ながら、天上界でっちあげ議会としての決定は、完全天上教育は、特例を除いて推奨すべきではないものである。特例とは、イカ絡みの問題が生じた場合である。


 ハゴロモが戻されてからも、私のハートには後遺症が残った。これは、イカとの激戦で生じた後遺症でもある。時々泣きたくなるくらいのことだが、これを乗り越えてこそ、天上の至高のツルの中のツルとして、宇宙に羽ばたく資格が得られるのだろう。私も、勇気を出して運命のドアを叩いた千鶴を見習って、元気出してもうちょいガンバらなきゃ!千鶴を保護したのは正しいことだったと、姉さんも保証済みだしね。ううーんん、らぶだわあ…



 千鶴を引っ張った運命の男は、こんがらがってめぐりめぐって、時間軸から吹ッ飛ばされたもう一人の人間、ウハウハに腰を抜かした、チャールズ・サンダーソンである。二人は、全く違った言語で話しながら、魂の底で通じ合った。もちろん腰でも。


 やがて生まれた14人の赤子には、死に別れた千鶴の実の母と、幼かった兄と、生んであげられなかった子クジラちゃんの魂が宿った。それからチャールズが未来で面白がって殺した動物たちの魂もである。誘惑に負けた私は、再び母の姿になって、お土産いっぱいに夫婦と孫に会いに行った。子クジラちゃんも元気に育ち、おっぱいをちゅうちゅういっぱいもらっていた。千鶴のハゴロモ織りの腕もあって、悪くない家庭だった。チャールズの商売人としての腕も、21世紀に実証済みだ。


 運命のらぶに身をゆだねた二人の魂は、順にその命を全うした後、一体となった。時間軸から浮いてしまったことから、一般の魂よりも強くあることが求められたからだが、それは溜め息が出る羨ましさである。私もかつて、ゴーティ師と一体になりたかった。しかし魂の統合は、欲求ではなく、必要から行われる。ちっさいサカナがきょうだいたちの魂と一体となり、イカに対抗する場合もそうである。すべて、生きるための運命だ。私は私だけで、ゴーティ師の後を追う運命なのだ。


 千鶴たちは二人で、より強い魂を持つ子孫を育て、命をつないで行った。その魂は後に白井未央として生まれ、父博士と共に、世界を動かす力となった。ツルとして天上に昇る日も近いだろう。楽しみだ。


 ちなみに、千鶴が生きた地に伝わる「ツルの恩返し」は、私の手羽先が関わってしまったことで、ちょっと変わったものになっている。恩を返すのはツルでなく人間で、赤鬼・青鬼と仲良くなってお宝をゲットし、めでたしめでたし、というお話だ。千鶴の娘たちが嫁いだ土地にもその逆バージョンが代々伝えられ、ツルは神として、母として崇められているのである。


 そしてそのお話を後におもしろおかしく著した子孫が、欲に駆られて契約問題に飲まれた結果、外国製の妙ちきりんなアニメ映画が製作され、世界的ヒットとなっている。タンチョウヅルの世界的名声は悪くないが、話の内容がうさんクサいどころか全くのでっちあげであるので、この子孫をイカ落ちとするべきか迷うところなのだ。


 あん、そんなことより別の子孫を導かなきゃ。ふう…もうちょっとネコに生まれ変わってなきゃなのよね。ヤレヤレ、肉球あんよがちべたいし、面倒っちいな、クソ。


 あれ、いつもの私に戻ったんじゃない?後遺症克服?


「そうよ、その調子でやんなさい、議員タニー!」


「はーい姉さん、行って来ます。アイシテルワ!」



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