たまねぎ
「ただいまー」
彼女の声はいつもより明るかった。最近はいつも暗い顔をして帰ってきていたから、僕は嬉しかった。
おかえりなさい!
ねえ、なにかいいことでもあったの?おいしいものでもみつけたの?
周りをくるくる回ってみると、彼女は僕を両手で抱き上げた。
「今日は、ごちそうだよー」
顔をくしゃっと歪めて笑う。久しぶりに見る彼女の笑顔は、やっぱり素敵だ。
買い物袋はぱんぱんに膨らんで重そうだったが、彼女は袋を振り回すようにして歩いた。僕は落とさないかとハラハラして後ろをついて歩いた。
台所で袋を開けて、中身を取り出していく。野菜がいっぱい、あと果物もいっぱい。
袖を捲り髪を束ねて、彼女は調理しはじめた。
なにをつくってるんだろう。
僕は彼女の楽しそうに野菜を刻む背中を見ていた。鼻歌を歌いながら、リズムに乗って包丁を動かす。
最近彼女はコンビニ弁当とかカップラーメンとか、そういうものばかり食べていた。料理をする姿も久しぶりで、見ているのが楽しかった。それにしても、最近の彼女からは考えられないくらいに機嫌が良かった。
「でーきた!」
いつの間にか寝ていた僕は、彼女の声で起きた。大きなおぼんに大きなお皿を2つ乗せて、小さなテーブルに運ぶ。
彼女1人では食べきれないくらいの量だった。
そんなにたべるの?
「---のぶんもつくったから、食べて!」
ぼくのもあるの?
「うん。食べよう」
彼女が僕の前に大きなお皿の1つを置いた。
やった!とってもおいしそう。
僕と彼女は、一生懸命食べた。最初はすごく美味しかった。けどそれは食べても食べても、無くならなかった。
すぐに僕も彼女もお腹いっぱいになって、進まなくなった。
「デザートにしよっか」
ぼくはもうたべれないよ。
「うん、わたしだけだよ」
彼女は袋から小さな箱を取り出した。
それなあに?
「んー?これはわたし用。---のじゃないよ」
そう言って彼女は箱を僕から遠ざけて開けた。
つまんないなあ。
ふてくされて床に寝そべると、僕は満腹のせいでまた眠ってしまった。
夢を見た。僕は彼女の腕の中にいた。
____ひとりにしてごめんね。
彼女は僕とおでこを合わせた。
____ううん。いつもきみはかえってきてくれるから、ぼくはまってるんだ。
僕がそう言うと、彼女は顔をくしゃっと歪めて笑った。
____もう……た………いい……よ…
最後の彼女の言葉は小さくて苦しそうで、聞き取ることが出来なかった。
起きたら、朝だった。
彼女はまだ起きてなくて、机に突っ伏したままだった。空のコップが彼女の横に倒れていた。
ふとんいらないの?さむくないの?
彼女をつついても、起きない。
もうおきてよ。きょうはおでかけしないの?
鼻を押し付けてみても、起きない。
嫌なかんじ。冷たくて、嫌なにおいがする。
ねえ、おきてよ。おきて、なでて。なんでおきないの、ねえ。
いっぱいたべてうごけないの?さむい?これ、かけて。ぼくがあっためるから。おきてわらってよ。またごはんつくってよ。だっこしてよ。ねえ、おきてよ。
彼女は、眠って、眠ってて。ずーっと眠ってて。
僕はだんだんお腹がすいて、あんなにいっぱい食べたのに、それでもお腹はすいて。
僕のお皿はすぐ空っぽになった。全然無くならなかったはずなのに、すぐになくなっちゃって。
彼女のお皿のごはんも食べた。ちょっとだけ違う味がした。
僕は眠った。眠った。
そして起きたら、彼女も起きてた。
彼女は、僕にわらって、なでて、だっこして、わらった。
暗い顔なんかしなかった。
僕は眠った。彼女も眠った。
そしたら、幸せだった。またわらった。