風船の中の宇宙
初投稿小説です!
長編を制作しようとして行き詰まって、「じゃあとりあえず短い話を書いてみよう」と言うことで書いてみました。つめつめに書いてるので読みにくいかも知れません……。
これは僕がまだ小さかった頃の話。夏休みのとある夕暮れ時の話。
その日、僕は知らない場所の知らない公園に来ていた。なぜそんな所にいたのかというと、ちょっとした冒険?とでも言うのだろうか。知らない景色が楽しくて、僕はあちこちキョロキョロしながらずんずんと歩いた。そうしてその公園にたどり着いた。と言っても、滑り台やブランコがあるごく普通の公園だったが、誰にも知られていない何かを発見したような、特別な気分がした。またその公園には他に人がいなかったこともあって、僕はかなり長い時間一人で遊んでいた。やがて太陽が傾き、空が橙色になった頃、そろそろ帰ろうと僕が振り返ると、そこにおじさんが一人立っていた。そのおじさんは、おじさんと言ってもおじいさんと呼んでもいいくらいの年齢に見え、夏だというのにくたびれたコートの様なものを着ていた。今思うとかなり怪しかったが、僕は「面白い話をしてあげよう」というおじさんの言葉に頷き、二人分よりも少し広いくらいのベンチに腰掛けた。その時、出来るだけおじさんと離れるようにベンチの端っこに座った。まあ、さすがに警戒ぐらいはしてたってことさ。しかし、そんな僕の警戒心をよそにおじさんは何か考えるように空を見つめ、やがておもむろに口を開いた。
「宇宙には何があると思う?」
「宇宙?宇宙には……太陽がある。地球が太陽の周りを回ってるんだ」
話をしてやると言いながらいきなり質問をしてきたことに戸惑ったが、取りあえず知っていることを答えた。するとおじさんは驚いたように言った。
「ほう!よく知っているな。この歳で地動説を看破するとは、たいしたものだ」
思いの外褒められたので、僕は得意になってもっと宇宙について何か知っていることはないかと頭をぐるぐる動かした。
「あと、それから……ブラックホール!宇宙にはブラックホールがある!とても黒くて…何でも吸い込む」
「こいつは驚いた。まさかブラックホールも知っているとは。そうだな………では、もう一つ聞こう。宇宙の外には何があると思う?」
「宇宙の外…?」
その瞬間、今までぐるぐると動いていた僕の頭が突然動くのを止めた。宇宙の外…。僕がいるのは宇宙の中、では宇宙の外って一体何だろう?頭の中に遥か先の景色が映し出される。地球を離れ、太陽系を離れ、銀河を離れ、そして宇宙を…………
「こわい」
僕はそう、言っていた。何が、と言うわけではなく、ただなんとなくそう思ったんだ。だけどおじさんはそんな僕を見て満足そうに笑った。
「そうか、こわいか。うん、そうか。それは君が何も知らないからさ。分からないことはこわいものだ。しかし恥ずかしがることはない、宇宙の外に何があるかなんて誰も知らないんだから」
「誰も知らない……?」
「そう誰も……どんなに頭の良い、お偉い科学者だって知らない」
世界中の誰一人として知らないことがこの世にあるなんて。科学者にも分からないことがこの世にあるなんて。そう思うと僕は急に世界が狭くなるのを感じた。いや、僕の体が大きくなったのかも知れない。どちらにせよ、手を伸ばせばどんなに遠い宇宙の果てにも届きそうな、そんな気持ちになった。
「おじさんは…」
僕はふと思ったことがあったので尋ねてみた。
「おじさんは知っているの?」
僕がそう言うとおじさんは「知っているさ」と笑って頷いた。そしておもむろにポケットから青い風船を取り出してこう言ったんだ。
「風船さ」
「風船?」
僕にはおじさんの言っていることがさっぱり分からなかった。でもおじさんはかまわず続けた。
「この風船を膨らませるだろう?」
そう言ってその風船を口に当て、プクーと息を吹き込む。すると風船はみるみるうちに膨らんで、すぐにおじさんの顔くらいの大きさになった。そして口の部分を空気が漏れないように堅く縛るとそれを片手で掴んで僕に見せた。
「はは、すごいだろ。こう見えても風船を膨らませるのは得意なんだぜ」
そう言うとしばらくの間、おじさんは自分で膨らませた風船のできを確かめるように表面をなで回したり、空に透かしてみたりしていた。最初は黙ってそれを見ていたが、ついに僕はたまりかねて口を開いた。
「ねぇ、どうしてそれが宇宙と関係あるの?」
「そうそう、それだ。つまりな、この中にあるんだよ」
「何が?」
「宇宙がさ」
「宇宙!?」
僕はあまりにも驚いたので頓狂な声を上げてしまった。だって、宇宙が風船の中に入っているだなんてあまりにも馬鹿げてるじゃないか。さらに驚くべき事に、等のおじさんはいたって真面目な顔でそう言ってるのだ。
「そんなの馬鹿げてると思ったろう?」
おじさんは面白そうに笑って言った。僕は心の中を読まれたようで面食らったが、素直に頷く。それから少し遠慮がちに尋ねた。
「それと……風船の中に宇宙が入ってることと、宇宙の外に何があるかはどう関係があるの?」
「この風船の中に宇宙が入ってるとするだろ?そうすると僕らがいる宇宙も誰かが膨らませた風船の中にあるわけだ。そうするとその宇宙もまた風船の中、またまたその宇宙も…………」
最後の方は、この宇宙の外側で同じように風船を膨らませているであろう誰かに語りかけるように空へと目を向けて言った。僕も同じように空を見る。でもそこには夕焼けの橙に夜の藍が混じった空が広がっているだけだった。この空も、沈みゆく太陽も、やがて顔を出す星も月も、鳥も虫も犬も猫も僕もみんなみんな一つの風船の中にいるんだなぁ。そしてその外側にも同じように誰かがいて、さっきおじさんがしたみたいに風船を膨らませているんだなぁ。そう思うとなんだか、合わせ鏡を見ているような、不思議な気分になるのだった。
「どうした?」
しばらくしておじさんが僕の顔を覗き込む。どうやら僕は、いつの間にか考え込んでいたらしい。何を考え込んでいたのかというと、それはとても単純なことで、だけどとても大事なこと。それは風船にとっては当たり前で、同時に僕たちにとっては恐ろしいことだ。つまり……
「もし……もしも風船が割れたら?宇宙は、僕たちはどうなるの?」
「そりゃあ………良い質問だ」
僕がそう尋ねるとおじさんは不敵な笑みを浮かべた。
「風船が割れたらその中にある宇宙もただではすまない。当然この地球も。もちろん風船なんだから割れずにしぼむこともあるが、どちらにせよ今とは違うものになる。今まであったものは跡形もなく消え、今までなかったものが生まれる。言うなればな、そうやって宇宙は繰り返し繰り返してきたわけだ」
今まであったものが跡形もなく消える…つまり死ぬってことかな。僕も、僕以外の生き物も、この地球もそう。生きているものはいつか死ぬってことかな。終りが来るってことかな。終りには音もなくて真っ暗で、時間も流れていないくらい静かな場所なんだろうな……。そこに膝を抱えた僕がいて────
「こわいか?」
突然誰もいない暗闇に声が飛び込んで来た。それはすぐ近くから聞こえてくる、おじさんの声だった。
「うん」
僕は正直に答えた。おじさんは視線を空に向けたまま、「そうか」とだけ言った。おじさんもこわいのかな、そう思ったけど聞かなかった。しばらくの間、沈黙が流れる。この宇宙は巨大な誰かが膨らませた風船の中にあり、その誰かももっと巨大な誰かが膨らませた風船の中にいる。そんな合わせ鏡のような無限の世界で僕らは死んだり生まれたりを繰り返しているのだ。そう考えるとなんだか、自分自身がとてもとてもちっぽけな存在に思えてきた。僕なんか瞬き一つしてる間に消えてしまうんじゃないかしら、と。そんな僕の不安を見透かすようにおじさんは言った。
「大丈夫だ、今すぐに死にやしない。人一人が過ごす時間よりも宇宙が過ごす時間の方が遙かにゆっくり流れてるんだ。宇宙の外はもっともっとゆっくりさ。だから風船もゆっくり膨らむし、ゆっくりしぼむ。風船が割れるなんてのは俺達からすりゃあ遥か先の話なのさ。つまり何が言いたいかって言うとな…………小さな奴は小さな世界だけを見れば良いってことだ。端っこがどうなってるのかも分からないような広い世界を見る必要なこれっぽっちもないってことだ」
「………うん、わかったよ」
時間がどうこうという話はよくわからなかったが、何となく僕の不安を和らげようとしてくれているのは分かったので僕は曖昧に返事をした。おじさんは満足したという様に頷くと「さて、そろそろ行かなくては」と立ち上がった。その言葉に僕ははっとして辺りを見回した。全く意識していなかったが、ずいぶんと長い間おじさんと話していた気がする。近くに時計はない。僕は空を見る。でもそこには、さっきと同じ夕焼けの橙に夜の藍が混じった空が広がっていた。まるで時が止まったかのような静かな夕暮れに少し首をかしげつつ、僕はおじさんの方に目を向ける。するとおじさんは手に持った風船を高く掲げていた。
「何してるの?」
僕が尋ねるとおじさんは掲げた風船を見上げながら言った。
「飛ばそうと思ってな、こいつを」
「そうなんだ」
僕は小さく言った。別に風船が欲しかったとかそういうわけじゃなかったが、宇宙の話を聞いた手前、何となく風船の中が気になったのだ。だが、等のおじさんはそんなこと気にもとめていない様子だったので、僕もそんなものかと思った。やがておじさんが手を離す。青い風船はみるみる遠く小さくなっていく。まっすぐ、まっすぐ上っていく。重力なんて関係ないかのようにぐんぐんと上っていく。そうして小さく、小さく小さくなってそのうちに見えなくなってしまった。もしかするとあの中にも僕と同じように空を見上げている人がいたかも知れない。あるいは風船の膨らませている人がいたかも知れない。彼らはあの風船が割れると同時に死んでしまうのだろうか。そう考えるとなんだか胸がドキドキと不思議な気持ちになるのだった。そうしてしばらく僕は風船の消えていった空を眺めていた。そんなに時間はたっていなかったと思う。いや、実際には僕が思うよりもずっと長い時間僕はそれを見ていたのかも知れないけど。僕が再び視線を戻したときにはもうそこにおじさんはいなかった。まるで最初からそんな人はいなかったみたいに、そこには夕暮れ時の寂しげな公園があるだけだった。
とまあ、僕の昔話はここで終り。呆気ないし、意味が分からないといえばそうなんだけど、本当にそれだけだったんだから仕方がない。一応エピローグ的なものを追加するなら、あの後僕は何度かその公園に行ってみたけど再びおじさんに会うことはなかった。もちろん、『あの公園には謎のおじさんが出没する』だとか、『風船を持ったおかしなおじさんを見かけた』とか、そういう噂話も一切聞かなかった。一体あのおじさんは何者だったのか、そもそもあれは現実だったのか、白昼夢ってやつを見ていたんじゃないか。それからしばらくはそんなことばかり考えていた。しかしそれも、夏休みが終り、また次の夏休みが来て、そんな風に時間を重ねていくうちに、徐々に記憶も薄れていってどうでも良くなっていった。結局その後、僕は宇宙に興味を持つこともなく、ましてや宇宙の研究者になって宇宙の外に本当は何があるのかについて研究することもなく、上京して宇宙とは全く関係のない人生を送っている。でも、今でも、毎年夏になると時々は思い出す。あの橙と藍を混ぜたような空に上ってゆく青い風船の姿を。そしてちょっとだけ、ほんの少しだけこう思うんだ。もしかしたらこの宇宙は、誰かが膨らませた風船の中にあるのかも知れないって。
小さい頃、子供向けの本かなんかに『この宇宙は広がり続けています』って書いてあって、
「え?じゃあその外側には何があるの?」みたいに思ったことがあって。もちろん宇宙の外に何があるかなんて書いてなくて、いやいやそこ気になるじゃん!みたいな(笑)
まあ、その後幾年月が過ぎ、実は宇宙の外についてはまだよく分かってなくて、それを研究している人たちがいるんだってことを知るんですけど。
結局宇宙の外には何があるんですかね-?




