成仏
デートがしたい、という乙女な願いをかなえるべく、俺は彼女と夜桜を楽しんだ。
「アイドル時代はパパラッチを警戒しまくって、おうちデートしかしたことなかったから、こうやって外で堂々と男の人とデートできるのが幸せ」
無邪気に喜んでくれると、悪い気はしない。しかも、相手はべっぴんさんだ。この事実を知れば、羨む人は多いだろう。どこかでキスでもしてやろうか。
邪なことを考えていると、彼女に腕を引っ張られた。
「ねえ、あのカフェ可愛いっ」
「じゃあ、入ろうか」
川沿いから抜けて、細道に入ったところのレトロな外観のカフェに入る。
「何名様ですか?」
「二、いや、一人で」
「かしこまりました~お席の方開いてるところにどうぞ」
彼女は子供のように窓際の席をめがけて走る。
メニュー表を吟味している彼女に、酷な質問だと分かりながらも聞いてみた。
「君、幽霊だから食べられないんじゃない?」
「見て楽しむから大丈夫よ。私、イチゴパフェ」
ウェイトレスにコーヒーとイチゴパフェを注文する。
「アイドルは楽しかったかい?」
ここでも、人目を気にして小声で話す。
幸いにも、後ろの席に騒々しい学生四人がやってきた。
いつもなら深夜のカフェでバカ騒ぎする学生を煙たがるところだが、今日はありがたい。
「ううん、まだ売れる前だったから、つらいことの方が多かったかな。楽しいって思える前に死んじゃったから。今日の朝方には私の死体が見つかるでしょうけど、ニュースとして取り上げられるかどうか、五分五分ってところね」
ウェイトレスが持ってきたイチゴパフェを、彼女の目の前に差し出す。ウェイトレスは怪訝な顔をしながら、俺の前にコーヒーを置いた。
「取り上げられるといいな」
俺はウェイトレスがカウンターに入っていったのを確認してから、よくわからない励ましをしていた。
「どこで死んだの?」
「ダンスのレッスンスタジオ。メンバーたちが第一発見者になるかなって」
「ねえ、君をそこまでさせてるイジメってどんなんだったのか、聞いてもいい?」
「いいわよ。そもそも、グループの顔で、センターだった子が抜けたいって言い始めたの。グループとしてこれからって時に、何考えてるの? って怒ったんだけど、怒ってるのが私だけだったのよ。他のメンバーは、物わかりの良いふりをして、あなたの幸せを願ってる、あなたの好きにしたらいいって、耳障りの良い台詞ばっかり口にしてさ。その子たちのことも怒ってやったの。思った通りのことを言ったわ。そしたら私の味方がいなくなっちゃって、常にボッチよ、ボッチ。女って嫌な生き物よね。誰も言わないから私が嫌われ役を買ってでも、グループのためだと思って言ったのに。だって、どうして辞めたいの? って聞いたら、自分の未来が見えないからって言いだしたのよ? グループの顔として、グループの未来を考えられなかったのかって思わない? センターの自覚が足りないわよねえ?」
よほど溜まっていたのか、彼女はひとしきり話し終えると、俺のコーヒーに口をつけた。
だが、幽霊だからそれが喉を通ることはない。
「色々あるんだな。で、君は自分の未来よりもグループの未来を優先したんだ」
「そう、だから死んだの。命を捨ててでも、グループの未来を繋ぎとめておきたかったのよ」
「まぁ、その子が辞めたとしても、新しい風が入ってくるんじゃないの? 新陳代謝も必要だぞ?」
「分かったようなこと言うじゃない。あなた、オタク?」
「さあ? アイドル研究家だったのかも?」
少しでもカッコいい響きになるようにオタクをアイドル研究家と言い換える。
「そろそろ解散にしようか」
「え? 死因のことしか話してないじゃない」
彼女の言う通りだ。真昼間に町中を練り歩きたいというので、彼女の死体が横たわるスタジオでひと眠りすることにした。いくら美人でも、死体と寝るのはいいものではない。死体からは物凄い異臭がしたが、本人の手前我慢していた。当の本人は、嗅覚が失われているからか、平然としていた。
寝過ごしたら一巻の終わりだ。そう思うとなかなか寝付けなかった。
人が来る前にスタジオを出る。鍵は、もとあった場所に返しておいた。
死体を発見したメンバーたちがどんな反応をするのか見てみたい、という彼女を引っ張って、町中に繰り出した。
「こんな昼間っから男の人とデートできてるなんて夢みたい」
「でも、慎重なんだね。売れてなかったんなら、パパラッチも狙ってないんじゃないの?」
この発言が余計だったらしく、機嫌を損ねた彼女が、服を買ってとせがんできた。
女性ものの服を一人で見るなんて、そういう店に入るだけで変な目で見られるのに、とんでもないと拒否すると、あなたも幽霊にするなどと脅してきた。本当に彼女にそんな力があるのかは不明だが、従うしかなかった。彼女の要求はヒートアップし、試着をしろと言ってきた。こればかりはどんなに脅されようが無理だと突っぱねる。
「私はしたくてもできないの。だからお願い」
「無理なもんは無理だから。我がままいうな」
だが、最終的に俺は試着室からワンピールを着て出ていた。
ステキ、という彼女の後ろで、店員の顔が引きつっている。
結局試着したものすべて頂いた。
「お金払わなくていいなんて、あなたってすごいのね」
「みたいだな」
「福男ね」
福男? たしかに、そうだな。福男、という言葉が、自分の中でしっくりきた。
信号待ちをしていると、大型テレビジョンに、速報でニュースが入ってきた。
「あれ、君じゃない?」
「本当だ。私が死んだニュースをやってる」
彼女はサオリンという呼び名で活動をしていたようだ。これまでの活動や、メンバーたちの悲しみの様子が流れた。
幽霊になったサオリンは、食い入るようにモニターを見つめていた。
「よう泣くわ。あんなに泣くぐらいなら生前優しくしておきなさいよ。ま、死んで有名になるなら本望だわ」
センターの女の子が、この悲しみを乗り越えて頑張っていきたいと声にならない声でコメントしているのを見て、満足したようだ。
「じゃあ、急ですが成仏します」
「え?」
信号が赤から青に変わる。
サオリンは、ステップを踏みながら、歌を歌った。
彼女が選んだ最後のステージは、この交差点だ。
そして、最後の客には、俺が選ばれた。
サ・オ・リン!
サ・オ・リン!
俺は彼女が消えるまで、精一杯のエールを送った。