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穴の中の福男  作者: つぼっち
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犯人探し

 話をまとめるとこういうことだ。

 日付変わって今日の深夜未明、オバサンが風呂から上がると、下着がぽっかりなくなっていた。

 オバサンが風呂に入っている間、入ってきた客は俺一人。これは、風呂の前のフロントが証言している。そして、このオバサンが風呂に入っている間、更衣室には俺しか入っていないということも、仰々しく報告してきた。


 俺は朝一のコーヒーを飲むことも許されなかった。

 被疑者ではなく、被告人扱いだ。


「本来なら警察を呼ばないといけないところなんだよ?」


 この旅館のオーナーとおぼしき中年男が、温情をかけてやっているのだと言わんばかりの態度で、自白するようほのめかしてくる。


 さっさと呼んでくださいよと言いたいところだったが、警察には近寄ってはいけないと瞼の裏側が警鐘を鳴らしている。


 警察という言葉に萎縮する俺を見て、中年男はさらに大きな態度に出た。


「さあ、言うなら今のうちだよ」 


「でも、俺じゃないんですよ」


「最初は皆そういう」


 中年男は俺と取り合おうとしない。

 それまで黙って見ていた老婆が、口を開いた。


「背中を流して油断させるなんて、卑劣な行為よ? あなたわかってるの?」


 あなたもそっち側なんっすか。

 期待していたわけではないが、少し落胆したのも嘘じゃなかった。

 それを聞いたオバサンが涙を拭う姿を、視界の端で捉えながら、俺は暴言を吐きたくなるのを堪えていた。


「五分時間をやる。それで白状しなけりゃ、警察に引っ張っていくからな」


 一方的にそういうと、中年男は女将を従えて部屋から出ていった。

 部屋には、俺と女将とアカリの三人だけになった。


「なんすか? さっきのは」


 俺は仰向けに倒れこみ、宙を睨んだ。

 老婆は俺の傍に寄り添い、右手を包み込んで言った。


「あれは、あなたのため。ああ言った方が、あなたがあれ以上責められないと思ったのよ」


 俺はどうでもいいといった風に、手を振り払う。

 老婆が一瞬悲しげな目になったのを、気づいていないふりをした。


「何でこんなことになっちまったんだ。こんなとこに来なきゃ良かった」


「あと3分よ」


 アカリがタイムキーパーをして俺の機嫌を悪くさせる。

 その言葉がゴミ箱から外れることなく、すとんと入り込んできたことが憎らしい。


「うっせえな。人にプレッシャーかける暇があるんならドーナツ持ってこいよ」


「落ち着いて? 大丈夫だから。私がなんとかしてあげる」


「おばあちゃん、ここの近くにドーナツ屋なんてないよ?」


 アカリが言うと、老婆は首を横に振った。


「ドーナツのことじゃないわ。サブちゃんが犯人じゃないことにしてあげるのよ」


「犯人じゃないことにって、俺は犯人じゃねえ!!」


 サブちゃん呼びへの違和感を後回しにして、自分の潔白を主張する。


「これは、自暴自棄になってると言ってもいいんじゃないかしら?」


 老婆は、まるで見えない誰かに話しかけているようだった。


「さあさあ、時間だよ」


 デリカシーのかけらも感じさせない態度で中年男が女将を引き連れて戻ってきた。

 さあて、お手並み拝見といくか。どうやって俺の無実を証明するつもりだ?

 俺が老婆の動向を伺っていると、顔を俯いて雰囲気づくりをしていた老婆が、重い口を開いた。


「犯人はサブちゃんじゃない、この私よ」


 俺はあまりの大根芝居に、笑ってしまった。

 その場にいるみんなが唖然とし、中年男は呆れていた。


「おいおい、こんな年寄りに罪をかぶせようなんて、君は恥ずかしくないのかね」


 頼んだ覚えはない。そう言おうとしたとき、頭の中で、オバサンの背中の地図が頭に浮かんできた。

 どうして今まで忘れていたのだろうか。

 あの星マークは、犯人を意味するものだとしたら?


「オバサン、背中見せて!」


「まだ見たりないというの?」


 オバサンがヒステリックに拒否反応を示したかと思えば、中年男が「現行犯っ」と高らかに宣言する始末だ。


「違うんだ。オバサンの背中を流した時、地図みたいなものが浮かび上がってたんだ。それが、事件の手掛かりになるかもしれない」


 一同の視線が、オバサンの背中に集められた。


「言いがかりよ、そんなの。身に覚えがないわ」


 オバサンは女将に別室に連れて行かれた。俺は大学の合格発表を待つようにドキドキしながら結果を待った。すぐに戻ってきたが、首を横に振った。


「やっぱりな」


 中年男が俺を見る目がまた変わり、俺は絶対絶命に陥った。

 思い出せ、昨日の地図を。あの区切りが部屋だとしたら、あの星があった位置は・・・・・・ん? 俺の部屋?

 そんなはずない。犯人は俺ってことになるじゃねえか。


「サブちゃんは犯人ではないわ」


「まだ言ってるんですか」


「本当よ。彼女の下着は私のカバンに入ってるわ」


 空気が止まった。

 オバサンが直接確認すると、ひいっ声を上げた。


「あったんですか?」


 オバサンは何度も頷いた。


「ええ、これは私のに間違いないわ」


「どういうことだ」


「だから、言ってるじゃない、私が犯人だって」


「でも、どうやって」


 老婆は、俺が間違えて持って帰った下着を、自分が使おうとして、こっそりカバンの中に入れて持って帰ろうとしたと言い張った。

 俺はどもりながらも話を老婆に合わせた。

 老婆は真摯に謝り、釈然としない空気に包まれたが、現場は解散となった。

 オバサンも、そんなに欲しいならくれてやるといった態度で、新品の下着を請求することで話がついた。


「ったく、余計なことを」


 皆が引き払って俺が最初に口を開いた。


「あんたねえ、口の利き方知らないの?」


 今にも殴りかかりそうなアカリを、老婆が静かに制した。


「いいんだよ。ここにはもう泊まれないだろうけどね」


 俺は胸がキュッと締め付けられるのを感じた。

 本当はありがとうございましたって頭を下げなければならないのに。

 どうして俺はこうなんだ。


 俺はたまらず部屋を出た。

 外の空気を吸ってこよう。


 ここは山だ。

 空気を吸うだけで、生きている喜びを感じる。


 近くを散策しながら、ぼーっと時間の流れを感じていた。

 ベンチに腰掛け、雲の流れを見つめる。


 ポツポツ雨が降ってきた。

 部屋に戻ろうかと思ったその時、人影がした。

 見ると、アカリが傘を差してこっちを見ている。

 俺は背中を震わせた。


 口パクで、逃げなさいと読み取れた。


 俺は、雨の中、旅館を背に走り出した。

 だが、しばらくしてその足が止まった。


 目の前に、老婆がいたからだ。

 老婆は、傘も差さずに、立っていた。

 まるで俺が逃げるのを読んでいたかのように。


「聞いてたの?」


 なんのことだろうか。俺が黙っていると、勝手に老婆が話し始めた。


「あなたが欲しかっただけなの。だから、聞いたことは忘れて、水に流してくれると嬉しいんだけど」


 何を言ったんだろうか。俺はひとまず老婆の要求を呑むふりをすることにした。


「分かった」


「よかった。じゃあ、戻りましょう」


 ニッコリ笑った老婆の手を、俺は咄嗟に振り払った。

 戻ってはいけない。


 俺は、老婆の笑顔より、アカリの口パクを信じることにした。

 老婆を体当たりして、よろけている隙に、俺は一気に駆け出した。


 俺の胸に罪悪感はなかった。





 

 

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