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穴の中の福男  作者: つぼっち
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衝突

 学校があるということは、平日のはずだが、それでも新幹線の自由席は満席で、俺は立つはめになった。

 こんなことなら格好つけずに、素直にグリーン席に案内されればよかった。

 顔パスの俺は、グリーン席を勧められたが、自由席で十分だと言ってしまったのだ。

 そんな自分を殴りたい。


 外からグリーン席を覗き込んでみる。すると、気品の良い老婆と目があい、手招きをされた。

 俺は、おずおずとグリーン車に移動し、席を譲ってもらった。

 後ろの席には、女子高生も乗っていた。

 俺は自分のことはさておき、女子高生の分際でそこに座るとは何事かと怒鳴りつけたくなった。

 この女子高生が、今立っている老婆に席を譲るべきだと、真面目に考え始めた。

 

 俺に席を譲ってくれた心優しい老婆にために、今俺が、後ろの小娘に席を譲れと強く言い出すべきじゃないのか? 

 いつ正義感を振りかざそうかと思っていると、老婆が話しかけてきた。


「どこに行かれるんですか?」


「ええと、ここです」


 俺は、例の写真を老婆に見せた。


「素敵ねぇ。里帰りですか?」


「まぁ、そんなところです」


「親孝行ですね。きっとご馳走を用意して待ってくれているでしょうね」


 老婆が顔をほころばせた。

 俺はだんだん罪悪感にさいなまれ、立ち上がって譲ってもらったばかりの席を、老婆に勧めた。


「いいのいいの、あなたが座ってくれた方が、幸せだから」


 その言葉に、ギュッと胸が締め付けられる。故郷のことなど覚えていないが、まるで故郷の母に触れたような温かい気持ちが沸き上がる。


「お母さんは、どちらに行かれるんですか?」


「孫と一緒に、山口の温泉へ」


 老婆は、後ろの席の女子高生に目をやった。


 女子高生は、自分の話が持ち上げられているのにも関わらず、聞こえていないふりをしてスマホをいじっている。


 落ち着いていた女子高生への気持ちが、高ぶってくる。


 孫だというのに、こいつは自分のおばあちゃんが立たされているのを何とも思わないのか?

 普通、自分が身代わりになって立つんじゃないのか?

 自分が孫だという自覚があるのか?


 俺は、老婆がトイレに行った隙を縫って、女子高生に思った通りのことを、言ってやった。

 すると、女子高生は、めんどくさそうに口を開いた。


「そもそも、老人に席を譲られてるアンタが悪いんじゃないの?」


 俺の怒りは沸点に達した。


「お前、見てたか? 俺が席を立っておばあちゃんに譲っても、ああやって断られちまうんだよ。自分のおばあちゃんが立ってても、お前はなんとも思わないのかよ。普通、身代わりになってやるとか、考えるだろう」


「はあ? まじうざいんだけど」


 その態度はなんだと言いかけたところで、老婆が戻ってきた。


「お母さん、やっぱり俺、席を譲りますんで、座ってください」


「いいって言ったでしょう? こう見えても、まだまだ足腰は丈夫なのよ」


 ほらな。俺は勝ち誇った顔で、女子高生を見た。

 俺がどうあがいたところで、どうにもならないのだ。

 俺はどうしたって親切にされてしまう。こうなった責任は、お前にある。そんな思いを込めて、女子高生を思い切り見下ろす。


「それより、美味しそうだったから買ってきちゃった」


 老婆は、袋から、大阪名物のたこ焼きを取り出した。


「みんなで食べましょう」


 俺たちの衝突など知らない老婆は、そういって、俺と女子校生につまようじを渡してきた。


 猫舌と戦いながら、みんなでつつくたこ焼きは、悪くなかった。

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